交換月誌

Tempp @ぷかぷか

第1話

8年4月26日 

 今日は三日月だ。三日月というとミカヅキモというイメージだな。

 ミカヅキモってどっちかっていうとクロワッサンなイメージなんだけど。

 どうぞ。

 月より


8年4月28日

 今日は生憎、曇っている。とくに何かが憎いわけではないんだけどな。

 生肉なんかどうでもいいんだけど鶏肉より牛肉のほうが好きなんだ。

 それより貴明たかあきの精神を安定させる方法を考えろよ。

 雲



 俺は途方にくれていた。俺がその貴明だからだ。

 これは俺のPCにいつのまにかインストールされていた日記アプリのログ。デスクトップにショートカットもなかった。

 このアプリを見つけたのは1週間ほど前。窓ボタンからアプリを開こうとしてたまたま見つけたんだ。丁度連休前で忙しく、まだ最初と最後しか確認していないけど、日記の起点は3年前に遡る。それから1週間に2~4回程度の割合で記載されているようだ。

 だが俺には書いた記憶がない。

 俺は一人暮らしで、PCを見るにはパスワードが必要だ。なのに、誰かが俺のPCで日記を書いている。意味がわからない。

 3日前にあまりにも気持ち悪かったから、とりあえずパスワードを変えてみた。それは今のパスワードの小文字の1つを大文字にしただけだから、メモも何も残していなかったはずなのに、日記は更新されていた。

 いくつかの可能性が思い浮かぶ。

 1.俺が寝ぼけて書いている

 2.俺が二(三?)重人格で他の人格が書いている

 3.PCがクラックされて誰かが侵入して書いている

 4.俺に幽霊が取り付いて書いている

 5.宇宙人が俺を操って(ry

 まぁ、きりがない。


 結局の所、この不可解な事象は続いている。可能性としては2が高いような気がする。なぜなら書かれていることの中に俺しか知らないはずの内容が含まれていたからだ。だから多分、3はない。

 まあ常時幽霊や宇宙人に取り憑かれているならばこの限りではないが、4と5は非現実的すぎる、多分。1もない、と信じたい。流石に3年も寝ぼけ続けるのはどうなんだろう? 


 害はない。害はないけど気持ちが悪い。

 ともあれPCを捨てるという選択肢は当然ないわけで、そうであれば何らかの対処を取るべきだった。

 なんか気持ち悪いじゃない? 消してみようかとも思ったけれど、たいしたことのなさそうなやりとりだし、タイトルを見ると気が引けた。


『交換月誌 貴明、見つけても消さないでね、マジお願い』


 名指しだよもう。

 でも気持ち悪いんだよな。知らない日記とか。それに他人の日記を消すというのも罪悪感が酷い。

 いい案も思い浮かばなかったから、最初から読んで見ることにした。なにか手がかりがないかと思って。それに丁度連休に入ったところだし。他人の日記ってなんだか気になるし、見られたくないなら人のPCに入れるなっていうんだ。

 そう思ってログを漁った所、どうやら最初は『月』と名乗る人物がぶつぶつと独り言を言うところから始まっている。


6年3月24日

 お邪魔します。ちょっとこれで気が付かないかと思って。

 連絡して、ええと、雲?

 月より


6年4月15日

 雲、認識してるよね、連絡して。

 月です


 そんな感じのログがぽつぽつ続いて、一昨年くらいから『雲』と名乗る存在が参戦した。


7年6月8日

 お前なんのつもりだ。

 雲


7年6月12日

 お、やった! ようやく!

 お前貴明のギャグじゃなくてちゃんと雲?

 月より


7年6月13日

 ムカつく奴だな。連絡は禁止されてないのか?

 雲より


7年6月18日

 冗談か?


7年6月26日

 ごめん、梅雨で連絡できなかった。まじですまん。

 これで信じてくれないか。

 月より


7年6月28日

 貴明じゃないのは信じた。

 どういうつもりだ。なんで人間にいる。

 雲


7年7月2日

 えっと端っこだけちょっと間借りしてて。

 それでこの日記アプリはオフラインなんだ。スタンドアロン。

 アナログに貴明から書いてる。だからばれない。

 亡命したい。

 月


7年7月3日

 亡命?

 雲


7年7月5日

 そう。月は嫌なんだ。窮屈でさ。

 あと、戦争も嫌。雲と戦争になりそうで。

 月


 話の内容はなんだかよくわからない。その後の流れはなんとなく、『月』勢力と『雲』勢力が戦争しているような展開になった。ゲームか何かかと思っていたけど、記録はだんだん妙に深刻になっていった。


7年11月8日

 やばい。月、本気だ。

 -78.32+-2.01の範囲に退避命令が出た。

 そこに雲の拠点がある? 明後日だ。

 月


7年11月14日

 まじで助かった。まじかよ。やばいだろ。なんだこの宣戦布告。

 地球現地にも影響がでてる。協定違反じゃないのか?

 まだ抑えられたけどさ、お前らどいうつもりだ。

 雲


7年11月18日

 どうもこうもないよ。雲が地表面にジャミングかけてるからだろ。

 おかげで晴れてる日にかろうじて降りられるくらいだ。

 月は雲が今、隠れて戦争の準備をしていると思っている。攻撃される前に攻撃する精神。

 月


7年11月24日

 馬鹿な! 雲にそんな技術がないのは十分知ってるだろ。

 どれだけ野蛮なんだよ。

 雲


7年11月26日

 月じゃそんな理屈は通らないんだよ。本当に嫌なんだ。

 どんなに不合理でも駒にはどうしようもない。

 だから俺はそっちに亡命したい。

 今はそっちに技術がないだろうから俺が持ってって提供するから

 月


7年11月27日

 それを雲に言えば検討するだろうけれどもオススメはしない。

 俺も本当は月に亡命したいと思ってたんだけどな。

 雲


7年12月2日

 えっなんで?

 月


7年12月4日

 月にはわからないかもしれないけど雲もすげえ居づらいんだよ。

 そっちは一番上が絶対なんだろ?

 でもなんていうか雲はガチガチの階級社会でさ。

 こないだもらった情報でちょっとだけ報酬出たけど、結局連絡員の立場なんてろくでもない下っ端だ。

 お前が雲にきてもそうそう厚遇されないぞ。亡命しても残念な結果に終わるだけだ。

 雲


7年12月5日

 そうなの? なんかイメージが違うな……。

 どうしよう。

 月


7年12月7日

 もういっそのこと貴明に亡命しないか?

 どうせ月と雲が争ったんじゃいずれ地球が滅ぶ。

 その前に地球拠点の月と雲の兵器と工場を壊滅しよう。

 そうすれば本体は一旦はこの空域を離れるはずだ。遅滞作戦だ。

 雲


7年12月8日

 えっ貴明に?

 ……以外にいいかも。

 月がいなくなるまで身を隠せるなら万々歳だな。

 月



 俺? 俺に隠れる?

 地球が滅ぶ? ちょっと意味がわからなくなってきた。これは俺の多重人格かなにかが書いた小説家なにかなのだろうか。

 そっからしばらく、よくわからない技術的な話が続いた。用語も知らないものばかりだった。多重人格というのは俺の知らない知識をもってるんだろうか。


8年1月3日

 こっちの用意はできた。もう雲に未練はない。

 貴明で会おう。

 雲

 

8年1月4日

 俺もだよ。決行は貴明時間8年1月7日18:00で。

 月


8年1月4日

 了解だ。平和を。

 雲



 8年1月7日18:00? その時間は僕は覚えている。

 太陽のフレアがものすごく大きくなって電磁波がたくさん照射され、同時に地磁気が激しく乱れて、世界で複数の場所で電波障害が起こって地震が起きたり火山が噴火したり異常気象が多発した日。

 ちょっとまってこの月と雲ってなんなの?

 それ以降はなんだかよくわからない今日の天気の話とかどうでもいい話が続いていた。


8年5月1日

 あの、君らなんなの?

 貴明


8年5月2日

 おっ貴明だ、いぇーい。

 雲


8年5月3日

 あ、お邪魔してます。害はないんで、しばらく端っこにおかせてください。

 貴明のおかげで地球は平和になりましたので。

 月



 俺の端っこ?

 どうやら俺の知らない間に宇宙戦争が起こって勝手に解決したらしい。

 予想外の5番エンドだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

交換月誌 Tempp @ぷかぷか @Tempp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ