第5話 甘々な王子様

 ごめんなさい。

 聞き取れなかった訳じゃないんです。ただ理解が追いつかないだけで。

 だったらそのまま適当に流してしまえばいいのに、なぜかその言葉が心に引っかかる。


『青春が終わっちゃう』


 スターズとその言葉に何の因果があるのかはさっぱりわからん。だけど、彼女とってはきっ大事なことで、軽く流してはいけないような気がして。


 しかし、その言葉の後に続ける言葉をみつけられない。何て言おう。

 それを考えあぐねているうち、


「お待たせしました」


 絶好の助け舟。

 注文していたドリンクを渡され、私たちは空いていたテーブル席へと腰掛ける。


 ウィッグを着けた澄衣さんとこうして向き合えば、ただただ綺麗だって思わされる。本来であれば視線が釘付けになってしまうのだろうと思ったけど、今はそういう訳にもいかない。

 原因は澄衣さんが片手に持つもの。魔法の呪文を唱えて出てきた、トンデモすごいダークモカチップクリームフラペチーノのせい。


 唱えた呪文のうち、エクストラというのはトッピングの追加という意味だ。それらはチョコソースだの、キャラメルだの、ホイップクリームだの、単品でも甘々のものなのに、澄衣さんはそれを乗せられるだけ乗せている。しかも、そのベースとなるダークモカチップフラペチーノはチョコレート仕立てのかなり甘い部類のフラペチーノになる。そんな二つを組み合わせたらどうなるか、それは言わずもがな。


 しかし、澄衣さんはそんな見てるだけでも胸焼けしそうな糖分のオーバードーズをうっとりと見つめていた。


「甘いの好きなの?」

「うん。大好き!」


 これまた意外。彼女みたいな人はてっきり甘いものを摂らないのだと思っていた。

 でも、実際はそんなことなく、


「おいひぃ……!」


 澄衣さんは嬉しそうな顔をしながらストローをじゅるじゅる吸っている。一般的にそれが美味しいかは置いておいても、彼女の恍惚とした表情からはとても幸せなのだと分かった。そんなフラペチーノの味も気になるが、私にはもっと気になることがある。


「ねぇ、さっき言ったのってどういうこと?」

「ぁあ、ふぉれふぁね」


 澄衣さんは言葉を返すときもストローから口を離さそうとしなかった。別にそれがどうとか言わないけど、飲んでるのを溢しそうで危なっかしい。


「ちょいちょい。ストロー咥えながら喋らないの」

「ああ、ゴメン。こういうの一度やってみたくて」


 そのやってみたかった、ってのもよく分からないのだけれど。でも、そんな私の疑問もよそに澄衣さんは続けた。


「実は、その……。女子高生のうちに、どうしてもやりたいことがあるんだ」


 彼女はたどたどしく言った。しかし、その中の一つの言葉には強く感情が込められていた。


 ──やりたいこと。


『ラギちゃんはさ、他にやりたいことあるんじゃないかって思う』


 ふと、昼にした友紀との話が頭を過ぎる。


「ボクは昔からずっと、期待に応えるべくこの姿をしてきた。だけど、このままじゃ、したいこともできずにボクの高校生活はそれで終わってしまう。そしたら、絶対に一生後悔する」


 一生後悔する、と澄衣さんは言い切った。そこまで言い切る気持ちに嘘はないんだろう。


 やりたいこと。昔馴染である友紀も知らない、澄衣さんの秘密。


「ねぇ!」


 唐突に、澄衣さんは身を乗り出してこちらに迫った。そして、ジッと私を見た。


「藤原さんって結構遊んでそうだよね?」

「……はぁ?」


 とんでもない言われように困惑する。急にそんなことを言われる意味がわからない。


「だって、鞄にいろいろなグッズ付けてるから、放課後とか休みの日とかいろいろな場所に遊びに行ってるのかなと思って」


 確かに、私のスクールバッグにはゲーセンで取れるプライズやら、遊園地で売ってるキーホルダーやらが付いている。だから、その推察自体は当たらずとも遠からずなのだが。


「まぁ、そうだけど」

「やっぱり!」

「いや、言い方どうにかならない?」


 一応、出かける理由は来てる人たちのファッションを観察したり、流行を追ったりと、情報収集するためだ。それをこう、遊んでそう、だなんて男遊びが過ぎるみたいで心外である。


 しかし、


「そっか……! すごいなぁ」


 澄衣さんは私の言葉を意に介さず、すごいすごいと頷くばかり。


 いや、別に凄くはない。

 いくら人の少ない時間帯とはいえ、こうもあの内容あそんでそうで盛り上がられるといろいろ困る。誤解を招きそうというか、もう招いてる。


 他の席からの視線に居心地も悪いし、飲んでるフラペチーノの味もしなくなってきた。

 私としてはこのへんでそろそろ止めてほしい。

 だが、


「藤原さん」


 どういうわけか、澄衣さんは改まってこちらに向き直った。


「おりいって頼みがあります」


 背筋を正し、私の目をジッと見つめ、まるで付き合ってる人のの両親に結婚の頼み込みでもするかのよう。今にも『娘さんを僕にください』なんて言い出しそう。

 そんな何か大切なことを切り出すような態度に、私の姿勢もしゃんとなる。


「な、なんでしょうか?」

「ボクを……女の子にしてください!!!」

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