終……(7)
あの後、大爆笑の歩と瀕死の紗智が殴り合いを始めて大変だった。なんせ一方的だ。動けないほどの大怪我を負いながらも罵詈雑言をまき散らす紗智を歩が嘲笑いながらマウントポジションで殴る……そんな地獄絵図を重傷の僕が止めた。命を懸けてまで、喧嘩しなくてもいいだろうに。
――まあ、一種の喜びの表現だったのかもしれないが。
結局、学校側は校内で警備員達が謎の不審者に次々と倒された事件として受け止めている。僕達も真相を話すことはしなかった。ただの被害者として誤魔化しただけ……仕方ないだろう、犯人はもういないんだから。
『幻想世界』は警備が薄くなった『世界図書館』にこっそり置いて来た。その後、発見されたという情報が入ってきたため、無事に返すことが出来たはずだ。
そんな面倒の中でも、学校はいつも通りあるわけで……三日が過ぎた。
僕はそっと立て付けの悪い扉を開く。広すぎる空は青くて、柄にもなく爽やかさなんかを感じてしまった。少しだけ風が強い。屋上の左手には、紗智の背中がある。歩が崩した壁は修理中らしいが、他に人の姿はない。僕はゆっくりと進み、紗智の隣に並んだ。
「……」
少女は口を開こうとせずに、ただ校庭を眺めている。
「……どうしたの?」
僕は紗智に屋上まで呼び出されたのだが。疑問に思っていると、小さな声が届いた。
「弱いって、嫌ですね……」
「まあね。でも、紗智は十分強いと思うけど」
「そんなことっ、ないです。自分の身も守れず……挙句、二人に迷惑までかけた」
「でも、アレは……」
ここで、初めて紗智は僕を見た。瞳の真剣さに驚いて、言葉が詰まる。
「実を言うと……サチは屋上から全部見てたんですよ」
確かにここから校庭は見えるのだから、当然か。
「……そっか」
「だから、訂正させてほしいです」
最後まで紗智の瞳が揺らぐことはなく。
「ごめんなさい――あなたは今でも強かった」
挑むように言うと、背中を向けた。僕は少し微笑う……耳が赤かったから。
紗智が扉へと向かう。しかし辿り着くより早く――バタンッ! とお手本のような音を立てながら、扉が開かれた。現れたのは、歩だった。
「ああ! こんなところに。探したんだか――へふぅ」
言い終わる前に、紗智が歩の腹に拳を叩きこんだ。で、一言。
「あと十三発」
この調子だ……三日前のたこ殴りを紗智は相当恨んでるのだった。今日、歩が殴られたのは――五度目だった気がする。
そのまま紗智が立ち去り、歩は地団太を踏む。
「まったく……」
今度は歩が僕の隣までやってきた。僕は一つ訊きたいことがあった。
「あのさ。歩は、あの人のことを」
「許さないわよ。あんな奴はもっと早くに消すべきだったのよ」
即答だった。もう答えがあったのだろう。なら、言葉を続けるのは当然だった。
「……あんたは? 同情するの?」
僕は少し考えて、
「いや、同情はしない。多くの人間を傷つけ、世界の危機まで引き起こそうとした。僕はそれを絶対に許さない」
でも――最後に立ち止まることが出来た。これだけは救いだったと、起こりえない奇跡だったと喜びたいんだ。
声には出さず、哀しい最後を一瞬だけ悼んだ。
「正解よ」
「……え?」
「善人はそう考えるべきだと思う」
――そうなんだろうか。やはり僕には分からない。でも、いつかは必ず。
不意に、歩がくるりと僕を見た。楽しそうな響きが届く。
「昔のあたしのこと、語ってもらうわよ?」
僕は不敵な笑みを浮かべ、自信満々に答えた。
「ああ、分かった。大丈夫だよ、任せて」
――その話だけは、得意なんだ。
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