結……(5-3)

 一人の少女が屋上の隅に座っていた。首を上げ、夕暮れの空を眺めている。

「……サチは説教なんて受けないし」

 ぼんやりと呟いてみたが、どうにも面白くない。しかしなぜ面白くないのかは分からなかった。

「でも……どうすればいいのかは、分ってる」

 そんな自己嫌悪の処理に困っていると、扉が開く音がした。

 彼女が目を向けると――

「ッ!?」

 二回り近く大きなローブを着た異質な存在がこちらを見つめていた。あり得ないことだった。不審者がこの学校の中を自由に歩き回れるはずがない。見付かる見付からない以前に、幻想文学を用いたセキュリティが許さないだろう。

 少女――高音紗智は全速力で立ち上がり、臨戦態勢へと入る。略式の束を左手で軽く握り、右手で手刀を作る。

 ――逃げ場はない。相手の武器は右手の大剣だろうか。容姿は不明。目的は……?

「……二人を呼ぶ餌になってもらう」

 ソレが人語を発したことにも紗智は驚いたが、それ以上に内容が予想外すぎた。つまり狙いはおそらく【刃間静夜】と【飛剣歩】ということ。

 彼女にはどうやっても許容出来ないことだった。

 ――なぜなら、一緒だったから。

 ――静夜さんが《善人》を目指すことはサチが《悪党》を目指すことと変わらなかった。

 ――だから、謝らないといけない。

「ふんっ、これ以上サチは借りなんて作らない」


『春の型――卯月』


 だから紗智はソレに仕掛けた。彼女の幻想文学は技そのものだ。語られた通りの動作を体が再現する。

 通常の倍を超える速度を以って、肉薄した。首の右側へ手刀を落とす振りをして、左の正拳突き。

 ソレは後ろへ退き、拳を逃れる。しかし、春の型は間合いを詰めるための技だった。


『夏の型――水無月』


 その言葉で紗智は右へ跳び、もう一度跳躍した。狙ったのはソレの着地点。略式で語られた以上はすでに動きが決まっている……そこの一点に跳ぶことしか出来ないのだ。自由度を代償にすることで、速度と威力を洗練する……それが彼女の物語だった。


『秋の型――文月』


 着地の一瞬の隙を狙う。

 全霊を以って鍛え上げた手刀にて首の後ろから意識を刈り取ろうとする。気付いた敵はしゃがんでやり過ごそうとするが、さすがにソレも余裕がないらしく避け切れない。ソレのローブを手刀が掠めるが――

 ――避けられた。

 そう理解して、紗智はほくそ笑んだ。ここまでが準備だったのだから。


『冬の型――神無月』


 本来は人間に許されない速度で手刀が折り返す。しゃがんでいくソレの首へちょうど叩き込めるように計算された一撃だった。

 ……倒したと、少女は思った。

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