結……(5-1)
「……暇すぎる」
僕が思わず口にしてしまう。
「やめて。ますます暇になるから」
歩がぼうっとしながら返す。おそらくは自分が何を言ってるのかも定かではないのだろう……僕と同じく。
倉庫での事件を解決して五日。僕の左腕は幻想文学の力も借りて、回復していた。それは喜ぶべきことだ。でもいいことばかりではない。
話が広まっては困ると思いつつも、天野さん辺りが漏らしてしまうのではないかとも考え――それがきっかけに客が来るのではないか。
そんな矛盾した都合のよい願望が現実となるはずもなく、今まで以上に僕達は暇となった。結果としてあまりの退屈からノイローゼと化して、ある意味地獄だった。
僕は椅子に寄りかかり、歩は机に突っ伏している。
ちなみに、紗智は留守だ。そのことに少しだけ安心する自分がいた。
紗智に襲われた件から、微妙にギクシャクした関係になってしまったからだ。三人の時は明るく振る舞うのに、二人きりだと黙りこんでしまう。それを嫌がっているのか、紗智は前ほど僕のそばに来ない。加えて、ふとした瞬間に表情が曇るようになった。何か悩んでるのかもしれないとは思うが――
「ねえ」
「ん? どうしたの」
歩が顔を起こし、沈黙を破った。気を紛らわそうとしているらしい。
「兵藤純一の事件、知ってる?」
「誰だって?」
「……兵藤純一くらいは覚えなさい。騎士隊の中隊長よ」
「へえ……その、兵藤さんがどうしたの?」
「昨日、殺されたそうよ」
……本来なら僕は考えを直すべきなのかもしれないが、どうしても赤の他人が亡くなったところで感情移入が出来ない。頷くくらいしか反応を返せないのだ。
歩は僕のそんな考えを読んだようで、
「話はここからよ。兵藤純一が警備していた図書館から『幻想世界』が盗まれたの」
「……本当に?」
椅子にもたれていた体を慌てて起こした。それは大事件だ。知らなかった僕に問題がある。『幻想世界』とは文字通り、この世界だ。言い換えれば、この世界にあるものは一つ残らずその本の中にある。
――つまり、世界を盗まれた。
「他の街は?」
ただ『幻想世界』はコピーが用意されている……というより、同じものが十五冊あるのだ。一つが書き換えられたとしても、多数決の原理から変更は無効化される。一冊奪われただけなら問題はないのだが――
「ああ、それは大丈夫よ。今のところ、盗まれたのはこの街の『幻想世界』だけ」
とりあえずは安心した。その瞬間に歩は嫌らしい笑みを浮かべた。
「でね、兵藤純一と言えば正式を語ることで有名なのよ」
「……」
「気を付けなさいよぉ、正式を扱う語り部の連続殺人が起こってるかも……」
歩は怖がらせるような顔つきをしてみせた。……正直、まったく怖くはない。
――でも、どうして盗んだんだろうか。まさか八冊も奪えると思っているのか?
歩は少し間を置いて、
「静夜が正式の語り部でよかった」
まるで本当はそれが言いたかったかのように、切り出した。
「だって、天野さんを助けられた」
「そんなことは……」
「いや、静夜の力なんだよ。だって、あたしじゃ出来ないもの」
「違う。元々は君が――」
――君が僕にくれたものなんだ。
言葉には出来ず、俯く。歩は不思議そうに首を傾げた。
「いいや、何でもない」
僕は奥歯を噛み締める。
「……そっか」
この一言こそが歩の優しさなのだろう。そんなことを思った。
だって、気になっていないはずはないから。
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