転……(4-13)
残ったのは、沈黙だった。
テロリストと天野さんはもちろん、歩でさえ口をつぐんでいた。上を見るが、紗智からも声はない。
――なら、僕が言おうかな。
「天野さん」
「え……は、はい!」
この場で自分が呼ばれるとは思っていなかったらしく、慌てた返事だった。ぬいぐるみの頂上から僕は続ける。
「僕はこんな弱い糸しか創れなかったけど……二人が昔に結んだ糸はきっとすごく強かったと思うんだ」
「……」
「こんな糸は僕の妄想で、ただの願望だって分ってるよ」
僕はそっと右手の小指に結ばれた糸を見る。
「でもさ。あんなに辛そうな顔で否定するくらいなら……もう一回だけ、信じてみないかな?」
出来るだけ優しく微笑んでみた。
「まだ結ばれていたら、もったいないじゃないか」
天野さんは俯いたまま、答えなかった。
――キン。
何度も聞いた聖剣の音で歩に目を向けると、一言だけ響いた。
「動くな」
小さな悲鳴。どうやら今の隙に逃げようとした奴らがいたらしい。しかし、すでにその気はなさそうだった。聖剣が鞘に収まる音がトラウマらしく、震えている。
僕も糸を周囲に巡らせることにした。逃げようとしても、糸が邪魔をして逃げられないだろう。
――本題だ。
僕は朝里に訊ねる。
「誘拐した人達はどこだ?」
「それが狙いかよ……クソッ」
さすがに観念しているらしく、朝里は床を指した。
――地下ということか。
入口を探そうと周囲に目を凝らす。床の一角にそれらしき取手があった。
「歩と天野さんで行ってきて」
「……分かった」
歩が声と同時に頷いた。天野さんは心配で仕方ないといった様子だ。
僕が行くと瓦田君を緊張させるかもしれないし、こいつらを見張るのは僕が適任だろう。もうしばらくは『信じる者は結ばれる』も保つだろうし。
二人が倉庫の地下へと消えるのを見届ける……テロリスト達は誰も動かなかった。さっきの戦闘が功を奏したみたいだ。
だが――
「まったく……」
朝里だけが口を開いた。
「……」
「こんな所でガキに負けるとは思ってなかった」
僕に返す言葉はなく、ただ注意を怠らないように二人を待つだけだ。
「こうなるくらいだったら、あんな奴の口車に乗るんじゃなかったなぁ」
「……あんな奴?」
つい、口をついて出た。
「おう。汚いローブを被った奴で、この作戦を提案してきたんだよ」
「……」
「語り部誘拐って作戦が秀逸だったから乗ったんだけどよー、ハメられたのか?」
僕達がソイツと繋がってるのかを確かめているようだが、僕は答えない。
「――ちくしょうが」
無駄と分かったようで、朝里も黙った。
やがて、人質は解放された。彼らに騎士隊が来るまで待機するように告げると、地下に山ほどあった木製の枷でテロリストを拘束した。
「アンタも一緒に帰っちゃえばいいじゃない」
「そうはいかない。騎士隊の調べは受けるべきだ」
泣き腫らした目で拗ねた天野さんに瓦田君は実直な対応をする。
そして騎士隊が近付く姿を確認するなり……僕達は退散した。見付かったら退学の可能性すらあるんだから。後始末の方は瓦田君に任せることになったけど、大丈夫だろう。
「左腕痛い……」
「馬鹿ね、どうして飛び降りなんてしたのよ」
夕暮れに僕の弱音と歩の文句だけが響く。紗智と天野さんは何も言わなかった。
でも大通りまで出ると、
「……じゃあ、私の家はあっちなので」
天野さんが図書館を指して、告げた。
「本当に――本当にありがとうございました」
そのまま膝に額が付きそうなくらい、頭を下げる。
「うん」
「でも――私」
「うん?」
天野さんが居心地悪そうに目を逸らした。
「ごめんなさい……あんなにすごい物語を語ってもらったんですけど――」
「……どうかしたの?」
「私はやっぱり、あの時の赤い糸はもうないんだと思ってしまいます」
その言葉に僅かばかりの衝撃を受けた。
――そうか。結局は偽物の善意なんかじゃ誰も救えないんだろう。
僕は……
「――だから、今度は私が自分で結んでみせます」
恥ずかしさからか、真っ赤になる天野さん。そのまま僕が答える前に走り去ってしまった。
「よかったわね」
その歩の声でやっと気付いた。
「……っ」
僕が初めて自力で他人を助けた瞬間だった。それが嬉しくて、嬉しくて。
いくつか残った不安を、一瞬だけ忘れてしまったんだ。
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