転……(4-12)

 派手な音が倉庫に響いた。

「うぅ……きっつー」

 体の……主に左腕の痛みに呻いた。周りを眺める。ブサイクなぬいぐるみが見えた。ていうより、ブサイクなぬいぐるみしか見えなかった。

「痛たたた……」

 ぬいぐるみの山から頭を出し、体を起こした。

「……静夜?」

 歩が見えた。天野さんもいる。他にもぐるりと二人を囲むようにテロリストが群がっていた。圧倒的な力を持つ歩に対して、物量作戦を仕掛けていたらしい。それでも歩優勢だと分かる。一人残らず、今は驚愕で動けずに固まったままだけど。

 どうやら、うまくぬいぐるみの木箱に落下出来たみたいだ。

 ――いや【トイトイ】がぬいぐるみだけ生産していて本当によかった。

 このぬいぐるみ――ポチャゴリ? がクッションにならなかったら死んでただろう。……まあ、左腕は折れたっぽいけど。

「しかしブサイクなぬいぐるみだ……ポチャゴリって【ぽっちゃりしたゴリラ】だったんだな。売れるわけないよ」

「何者だ……お前?」

「何がどうなって天井から降ってくるわけ?」

 歩の声に返事をする気にすらならない。

「……歩。少しだけ時間を稼いで」

「はあ? 何を言って……?」

 僕は応じずに、相手を変えるともう一言。

「天野さん」

「は……はい?」

「拙い話だけど、ちょっと聞いてみてね」

 倉庫全体が混乱で溢れかえっているようだった。

 僕はぬいぐるみの山に立ち、告げる。


『はじまりはじまり』


 まずは枕。自分と世界を結ぶ、固有の言葉だ。

 そして、本編。僕は右手を胸に添えて、大きく息を吸った。


『少女は小指を眺めながら、泣き止まない。

 ――赤い糸が消えちゃった』


「……正式?」

 歩の呆然とした声が聞こえた気がした。周囲は静かで、誰も僕の邪魔をしない。

 決してステージとは言えない場所だけど、声高に語ろう。

 ――いつかの歩の真似を出来てるかな?


『それを聞いた【彼女】は必死に訴える。

 ――そんなことはない。よく見て、目の前にあるでしょう。ちゃんと結ばれているでしょう』


 そこで初めて、テロリストのリーダー格――朝里が声を荒らげた。

「おいコラ! 早くその二人をブチ殺せ」

 我に返った何人もの男達がその声で突っ込んできた。

 ――キン。

 しかし、歩が夢想剣を鞘に納める音で突撃は終了する。一人残らず、殴り飛ばされたからだ。さらに相手の武装は次々と斬られていく。


『少女はそんな声も聞こえずに、顔を覆った。

 ――あの少年も、消えちゃった』


 目的の少女が、やっと感情を表した。

「私の……話?」

 そう。これは君を……天野夢を表現した物語だ。

 僕の幻想文学は酷く変わっている。僕が普通に物語を創ったとしても、幻想文学は発動すらしないだろう。適性も存在しない。だが、まったく使えないわけでもない。簡単だ。僕に語れる物語が限られているだけの話。

 僕は――実在する誰かを語る。

 僕の物語に、想像上の主人公は許されない。


『もしも【彼女】に声があったなら、どれだけよかったか。

 ――馬鹿なことを言わないで。せめて、その糸の先を確かめてからにして。

 ――もう、何も残ってない。

 ――あんなに強く結んだのに。アレほど嬉しそうに微笑んだのに。

 ――何を希望に、生きていけば。

 ――信じてくれないの? 運命を……私を。もしそうだと言うのなら』


「クソが! こうなったら……」

 追い詰められた朝里が略式を取り出す。何かの兵器だろうか。

「でも朝里さん! それを使ったら今回の利益がなくなりますよ!」


『そして【彼女】は……赤い糸は告げる。

 ――もう一度、私を見て』


「同じことをやればいいだろうがッ! こんな所でガキ共にやられてたまるかよ……!」


『鎧兜』『撃鉄』『鋼拳』


「これは……!」

 歩の驚いた声。無理もないか。まさかSFの世界を持ってくるとは僕も思わなかった。

 朝里が発動させた三枚の略式で現れたのは、三体の機械人形だった。

 ――キン、と。鞘に小剣が収まる音が響いた。即座に具現化した斬撃が幾度と無く人形を襲う。

 やがて聖剣の連撃は止むが……三体とも、無傷だった。今までの武器とは桁が違う兵器だ。小隊程度とは同等の兵力を持つだろう。

 僕は冷め切った心で一瞥し、小指を向けた。


『信じる者は結ばれる(レッド・ビリーブ)』


 題名を告げると、僕の小指に赤い糸が結ばれた。変化はそれだけ。

「……は?」

 朝里は僕の武装を見て、拍子抜けしたような声を上げた。

 だが、すぐに怒りを露に喚き散らした。

「馬鹿にしてんじゃねえよッ!」

 おそらくは、彼らの切り札を使ってしまったことが許せないのだろう。なるほど。確かにあの機械人形三体ならば、騎士隊でも無傷じゃ済まない。……こんな糸とは釣り合わないように見える。

「クソがッ! 行け! そのガキをブチ殺すんだ!」

 朝里の号令で三体が僕を敵と認識する。即座に排除しようと動き出した。二メートルを優に超える巨体が三輪駆動で僕を殺しに来る。

 対する僕は、頭に軌跡を描く。

 ――まずは、左の『鎧兜』からにしようか。

 想像の速度で赤い糸は奔った。

 その名の通り、相手は超科学の力で生み出されたであろう鎧を全身に纏っている。だが、そんなものに意味はない。

 赤い糸が伸び、下腹部を一閃する。鎧の継ぎ目を寸分違わず貫いたのだ。しかし、所詮は糸。威力などないに等しい。倒せるはずがない。

 ――一撃で終われば。

 糸は折り返し、折り返し、折り返し、鎧の隙間を縫っていく。

 一瞬で千度近く『鎧兜』を串刺しにすると、標的は呆気なく爆発した。動力部が耐えられなかったのだろう。

「!! ……何だッ?」

 命令直後に起こった爆発で朝里が狼狽する。だが、興味はない。

「……次」

 腕を右に伸ばす。糸が応え、右へ跳ねた。見れば、さすがは機械人形。当然だが動揺など微塵も見せていない。『撃鉄』が両腕の機関銃を僕に向けようとしている。

 撃ち出すより速く、赤い糸を両肩と首の細い関節部分に緩く巻き付けた。

 ――描くのは、糸がピンと張り詰めた姿。

 想像は現実となり、代わりに敵の両肩と首の関節は切り落とされた。残ったのは、両手も頭脳も失った哀れな胴体だけ。

「最後……っ?」

 影が差した。見上げれば、残った一体――『鋼拳』は予想より速く、僕の後ろへと回りこんでいたらしい。ぬいぐるみの山を踏みつけ、ほぼ直上から巨大な右拳で僕を叩き潰そうとしていた。

 僕は上へと小指を向ける。淀みなく糸を伸ばして、拳に絡み付けた。下ろされる豪腕。それをあらぬ方向へと引っ張る。僕を殺すはずだった一撃は大きく左に空振った。『鋼拳』は体勢を立て直そうとするが、僕はその隙を逃さない。

 赤い糸で『鋼拳』の身体に螺旋を描く。自慢の両腕を縛り上げられた怒りに唸る機械人形。

「お、おい! そんな糸なんか引き千切れよッ! 機械人形だろうが!」

 喚きが聞こえる。僕は気にも留めないが『鋼拳』はそうではないらしく、命令に従おうと両腕に力を込める。

 ――ああ、やってみろ。出来るならな。

 うっすらと煙が上がるほどの出力を試みるが、糸は切れるどころか緩みもしない。

 ――二人の描いた赤い糸が、そんな薄汚れた暴力で切れるはずはない。

 それどころか、糸は徐々に『鋼拳』を締め付ける。やがて腕をひき潰し、装甲がひび割れ、ジタバタと暴れだした。それでも糸は締まり、やがて。

 ギィー……!

 そんな断末魔を上げながら動きを止めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る