転……(4-10)

 騒ぎが収まったのを確かめてから、僕と紗智はこっそりと梯子を登っていった。十メートル近く上へ行くと、小さな扉があった。音を立てないように、中へと体を滑らせる。

 そこは、天井下を縦横に走る梁の上だった。

「……高いな」

 当然ながら、登った十メートルの高さはあるわけで……落ちたら死ぬと思った瞬間に、体が少しだけ強張った。

「見てください……あの女、倉庫の中まで入ったみたいですね」

「は?」

 僕も紗智の隣から下を覗いてみる。倉庫はところどころに木箱が積まれていた。その中心で大勢の武装した男達に囲まれながら、一振りの剣を握った歩が周囲を牽制しているようだった。すぐ後ろで、天野さんが身を縮めているのも見える。

「……何で逃げてないの?」

「さあ? 馬鹿なんじゃないですかね? いや、間違いなく馬鹿でしょうね」

 どうりで見張りがいなくなったわけだ。内部に敵がいるんだから、外の警戒をしてる場合じゃないよな。

 僕は溜息を吐いて、言う。

「様子を見るしかないね……」

 下手に動いて、歩の邪魔をしちゃまずい。僕は敵側を観察することにした。

 ――あれがリーダー格かな?

 特に体格のいい男が三人、守るように囲んでいる男がいた。

「さっきのチンピラが言ってた……朝里? ですかね」

 よく覚えてるなー、なんて思っていたら、歩が口を開いた。

「……騎士隊が来るわよ? 観念しなさい」

 緊張感が漂う倉庫に、歩の声はよく響いた。

「観念しねぇよ、逃げるから心配すんな」

 間髪入れずに朝里が応じる。しかし歩も負けてはいない。

「心配なんてしてないわよ? まあ、逃がさないけど?」

「ははッ! 逃げられないのはお前ェだよ? もう死んでるわけだ」

「……まあ、半分は合ってるかも。性格的に逃げられないから」

 歩の口が減らないことに苛ついたらしい朝里は、右手の親指の爪を齧っているようだ。

「で、お前……誰?」

「あんたらを潰しに来ただけなんだけど……テロなんて楽しい?」

 一番の疑問に対して、おそらく歩はカマをかけた。

「楽しくはねぇよ、現状が嫌なだけだ」

 あっさりと正体をバラしたテロリスト達に、紗智は一言零す。

「……三流」

 世界がどんなに変わろうと、テロリストそのものが消えることはないだろう。事実……この世界に人類が移住しても、テロは減らなかった。むしろ増えたとすら言える。

 彼らの主張は大半が世界創作の際に、自分達の意見がまったく採用されなかったことに対する不満だ。……中には、旧世界へ戻せと要求するテログループも存在するほど。しかし、騎士隊はテロリストと交渉しないという対応を貫いている。

「テロリストだとすれば……強硬な手段も辞さないでしょうね」

 ――やばいな。正直、小規模なチンピラ集団程度だと考えていた。

 相手の数は五十人近くいるだろう。戦闘になったら助けに入るべきか……?

「さて。そろそろ死ぬかぁ?」

 武装したテロリスト達が殺気立つのを見て、歩は――

 ぽい、と握っていた剣を投げ捨てた。

 皆がその行動に疑問を抱く隙に、略式を唱える。


『聖剣――夢想剣』


 次の瞬間に、その右手が握っていたのは小剣。すでに鞘から放たれていて、歩に似合わない無骨さをシンプルな形状で表している。左手は鞘を構え、まるで二刀流だなんて思ってしまった。

「コイツ……語り部だったのか!」

 さすがにこれほどの名剣となると、市販品とは思わないらしい。テロリスト達は目の色を変え、歩に飛び掛かる。相手は五人。手には西洋の剣が一振りずつ。

 歩は一瞥し、夢想剣を……鞘に納めた。

 ――キン。

 え? 声が出そうになった……その時、敵の剣が全て柄から折れた。否、斬られた? さらに男達は五人とも、二メートルほど吹っ飛ぶ。

「……何が?」

 隣で紗智が歯を鳴らした。見れば、好戦的に笑っている。すぐに気付いた。戦いたいのだろう。さらに告げる。

「――斬撃具現化」

 その言葉で思い至る。アレは、視界にあるものを斬ったという結果だけ具現化したのだと。右手が握る小剣で斬れるものなら、即座に斬ることが出来る。敵が飛ばされたのは、剣の腹で殴る……そういう具現化をしたのだろう。

 ――聖剣物語。

 驚きが隠せない。この世界はファンタジー……剣と魔法の世界だ。幻想文学なしで実装出来なかったこの世界観は、結局ごく一部の人間にしか扱えないものとなった。つまり、世界のメイン設定が少数に独占されるという事態に陥ったわけだ。特に聖剣魔剣はファンタジーの代名詞でもある以上、圧倒的な力を誇る。

「すごいなぁ……」

 法律の関係上、記憶を失った歩は養子に出されたはずだ。その先で、これほどの力を手に入れたのだ。その圧倒的な才能に、感服せざるを得ない。

 ――でも。

「甘すぎですね。あの剣なら一瞬あれば全員を戦闘不能に出来たはずです」

 頷いた……思ったより、誇らしげになったことは意外だが。

「勝負あったな」

「ですね。さすがにここから負けるとしたら、よほどの物語が必要です」

 僕がほっと息を吐く――その瞬間、命に直結する寒気を感じた。全力を以って屈む。

「っ!」

 頬を何かが掠めていく。とっさに首を曲げなければ、無傷とはいかなかっただろう。

「避けましたか……さすがです」

 紗智の貫手が僕の首があった場所に刺さっていた。

「こっちも始めましょうか」

 状況が理解出来ない僕へ、紗智はいつも通りに笑いかけた。

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