転……(4-6)

「……起き、なさい……」

 誰かの声が聞こえた気がした。よく分からないけど懐かしい声だった。

「歩ぃ……」

「……な、なによ」

 幻聴が返ってきた。それは嬉しいのだが……なんで幻聴は返ってきたのだろう? ああそうか、これは夢だ。なら、許されるかも知れない。

「ずっと……ずっと、一緒に」

「へ……今、えとその。ひぇ?」

 急に騒がしくなった。ガタガタと何かが動きまわる音と、囁き? が聞こえる。

「えっとねっ。気持ちは、嬉しい……かな? でもほら! 知り合ったばかりとかなんとか……色々あって。嫌じゃないんだけどね。とりあえず……急に告白とか困るのよ!」

 机を叩く音で目を覚ました。

「寝てた……」

 周囲を見回す。活動室の机に突っ伏してうとうとしていたようだ。

「今何時……うぉ!」

「……」

 反射的に立ち上がる。まるで悪鬼の微笑みとでも言うようなぎこちない笑顔を歩が浮かべていた。

 ――怒ってる! そして僕達二人きり……つまりこれから殴られる!

 寝起きながらも高速な思考の末、僕の自己防衛戦が始まった。

「僕……何かした?」

「別に」

「そ、そっか……」

「別に嬉しくなんてなかったし! 予想してたし! むしろ想定通りだったんだからっ」

 今までにないくらい激しい地団駄が繰り出される。床に同情を禁じ得ないが……正直に言えば、僕のほうが可哀想だろう。

 ――何か嬉しいことがあったのだろうか?

「で! 覚えてることは!? 隠したら殴り埋めるわよ!」

「殴り埋めるって何! ……いや、何も覚えてないよ? 僕はただ寝てただけじゃないの?」

「そう……それならいい、けど」

 何だか微妙な表情を浮かべる。

 ――どうやら、乗り切ったらしい。

「あ……」

「どうしたの? 静夜」

「さっき言ってた……告白って?」

 スパパパーンと右ジャブ二発からの左アッパーを顔面に受けて、僕は気を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る