転……(4-4)
この世界……ファンタジアは物語だが、一体どのような形式で描かれているのか。もちろん全て公開されているわけではないが、それは『群像劇』だ。時間軸に沿ったまま、全ての人間を語る。そのためには視点を次々と変えていく群像劇の手法が必要だったのだ。
そして、群像劇の視点に当たるものが……この世界で言う、街に相当する。
街は全部で百都市創られ、その全てが一千万人を超える大都市だ。全ての街は物語的に区切られているが、跳躍は出来る。街の中にいくつもある装置の中で端末を操作すればいいだけだ。唯一の例外が零番街でファンタジアの管理を行っている。修正者が住む街でもあり、ここだけは権限がなければ入れない。
この街は二十八番街。学術に長け、その研究成果を他の街に提供することで成り立っている。よってこの街自体は潤っているが、同時に学力による格差が大きい。数多くある教育施設の内側、あるいは周辺だけ治安がいいなんてことが地元の常識だったりする。
「さて、天野さん。通学路は?」
正門を出るなり放射状に広がる五つの石畳を示して訊いた。
「こっちです」
天野さんは正面を指して歩き出した。一般に大通りと呼ばれる、街の中心をぶった切る流通の生命線だ。道の左右にはレンガ造りの商店と露店が見渡す限りに続いている。このまま真っ直ぐ進めば図書館に着くはずだ。
「人混みうざい……」
紗智が漏らす。大通りはいつでも混んでいて、昼間に人が途切れることはない。
「……うん」
つい頷いてしまった。歩が僕のこめかみを小突く。無神経だと言いたいのだろう。
それにしても、いつもこの道を通っている天野さんや瓦田君を尊敬しそうだ。前に進むのには困らないが、人とぶつかる心配があるし……スリも多い。
「行こうか」
四人で歩きながら、ところどころの露店で聞き込みを繰り返した。幻想文学屋、服屋、武器屋……しかし、有益な情報がすぐに出てくるはずもない。
そのまま商店区画を抜け、倉庫区画に入ってしまう。
「やっぱり倉庫区画は雰囲気が違うわね。どうしてだろう?」
歩が見回しながら呟いた。大型の倉庫が両脇に並んでいる姿は確かに違うイメージを受ける。露店はなくなったけど、それだけが理由じゃないような気がする。
「……建物が違うからじゃないですか?」
「建物?」
天野さんの声で僕達三人が周囲に目を向ける。大型小型に関わらず、目に入った倉庫は全て金属を薄く加工して造られていた。道自体は石畳なだけに、気付いてしまえば違和感が拭えない。
「確かに……なんでここだけ金属なんだろう?」
僕達三人が首を傾げると、天野さんが解説してくれた。
「単に金属が貴重なだけです。本来ならもっと金属を使用したいのですが、街同士での取引量は決まってるので要所だけ金属製なんですよ。……なんか、もったいないですよね? 旧世界で得た金属加工の知識は残ってるのに、金属自体がないなんて」
「へえ、そういう理屈なのか。普通科だとそういう勉強をしてるの?」
「ええ、でも幻想文学とかに比べるとつまらないですよ」
天野さんは自虐的な笑みを浮かべる。
「そんなことないわよ。幻想文学なんて、別に自分で語らなくても使えるし」
歩が軽く笑いながら言った。正直、もっともだと思う。略式は題名を語ればいいだけ。加えて非常に安く買える。自分で創るより利益があるだろう。
だが、天野さんは大きく首を横に振った。
「いいえ。物語を具現化出来るなんて、素晴らしい力です。正直言って羨ましいですよ」
……あんな奇跡が起こせるなんて。
付け加えた一瞬の表情は、昨日見せた表情だった。簡単に言えば【恋する乙女】ってやつ。なんとも分かりやすい。だからこそ僕が反応に困っていると……
「どんな奇跡?」
今まで黙っていた紗智が割って入った。天野さんをからかう気が見え見えだった。
――まあ、ここは聞き込みも出来ないから構わないだろう。
結果として、紗智と僕が期待した表情で天野さんを見つめる……いや、歩もチラチラと窺っている。
「えぇ? どんなって……特には」
「ひょっとして、昨日言ってた【赤い糸】って奴?」
紗智の無駄な洞察力に、天野さんは顔を真っ赤に染める。
「あー、図星! どんな物語なの?」
「えと、そのですね? 普通の話で……」
天野さんは誤魔化そうとするが、三人が話の続きを待つ形になる。……話さないわけにはいかない空気が出来上がっていた。
「……で?」
そこに紗智の追い打ちだった。
天野さんは溜息を吐くと、観念したらしく話し始めた。
「昔……ずっと昔の、小さな子供の頃ですよ? アイツ……赤い糸の伝説を知って、それを元に幻想文学を語ったんですよ。あの頃は単純バカだったから。
私の小指とアイツの小指が赤い糸で繋がって……幻想文学ってすごいですよね。どこまでも伸びて、絶対に切れなくて、なのに他の誰にも見えなくて。
白状すると、私……すごく嬉しかったんです。嬉しくて、嬉しくて……」
懐かしむように、天野さんは「嬉しくて」を繰り返し、
「でも……もう、消えちゃったんですよね」
そこはきっと、僕達が軽い冗談半分で踏み込むべき場所じゃなかった。
結局。儚く零した笑顔に、僕達は何も言えず――倉庫区画を抜け、そのまま終点である【第三世界図書館】に着いてしまった。
大通りは図書館の向こう側も続く。しかし天野さんの自宅はこの辺りらしいので、行く必要はないだろう。最後に図書館内で聞き込みだけ済ませ、今日は終わることにした。結局は収穫なしだった。
「引き受けてくださって、ありがとうございました。明日以降もお願いします」
感謝を述べると、天野さんは去ろうとする。
僕は【赤い糸】の話が忘れられず、
「ぁ、その、天野さん」
気付けば呼び止めていた。
「……はい?」
「僕は、赤い糸が……っ」
でも、僕の中に言葉が用意出来ていなくて、時間を目一杯使った挙句。
「……ごめん、何でもない。気にしなくていいよ」
取り繕うことしか出来なかった。
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