転……(4-2)

 翌日の午後になると大急ぎで教室を飛び出し、僕は活動室で二人を待った。しばらく経つと扉が開き、まずは歩が入ってくる。一人らしい。

「……あれ? 静夜、早いわね……珍しい」

 感心感心と頷く。僕は部屋へ入った歩に、がばっと頭を下げた。

「お願いがあるんだ!」

「……何よ」

 一転して、気に食わないと言わんばかりの声だった。分かった上で、僕は続ける。

「昨日の、天野さんの依頼を引き受けたいんだ」

「どうしてよ。対抗戦は運がよかったけど、次は退学になるわよ?」

 チラリと見れば、歩は奥歯を噛み締めて悔しそうだ。

 ――その顔は卑怯だ。嘘を吐きたくないと思ってしまう。

「……恥ずかしい話だけど、僕は《善人》になりたいんだ」

「善人?」

 恥ずかしさから顔が熱くなるのが分かった。

「うん。昔から悪い奴だったからね、憧れてるんだ」

「へえ、そうは見えないけど……」

 今度は歩の目を真っ直ぐ見据えて、もう一度頭を下げた。嘘のない、本心だった。

「……」

 数秒が経って、溜息が聞こえた。

「ずるい」

「え?」

「あたしだって助けたいわよ。でも学校の方針だから、諦めたのに……」

 う、と言葉に詰まった。考えてみれば当然だ。あの状況で、歩が助けたくないはずはないのだ。それでも頷けない時の感情くらいは推し量れる。それでも、断ると決めた。

 だとしたら、歩は賛成出来ない――

「でも、そうやって頭を下げられたら助けるしかないじゃない」

 ゆっくりと顔を上げると、歩は視線を下げて膨れていた。

「い、いいの?」

「……いいって言ってるじゃないのっ」

「ありがとう!」

 その言葉が嬉しくて、走り寄って歩の手を握って振り回す――ド派手に扉が開かれた。

「静夜さん! なんで教室飛び出しちゃうんですか! サチのこと待っててくださいよー」

 僕と歩が握手をし、すぐ横に紗智が立っていた。

 妙な沈黙が流れる。僕達にとっては珍しい種類の気まずさ。

 数秒後。破ったのは紗智の混乱が臨界に達した声からだった。

「……えっと?」

 こんな時に、僕が何かを言えるはずはない。頼るべき歩は――

「なんでもない! ちょっと話の流れで? 手を握る感じに……いや、握るというよりこれは――静夜からの感謝の表れっていうかその。突然! 突然静夜が手を握ってきたのよ。まったく困るじゃない……別に触るなとかそういうんじゃないけど!」

 ――何故か壊れていた。

 五分も待つと、歩も僕も平静を取り戻した。いや、紗智が煽らなければもっと早かっただろうけど。

「紗智……お願いがあるんだけど」

 そして本題を切り出そうとして――

「嫌です」

 切り出すまでもなく断られる。だが、ここで引き下がるわけにもいかない。

「いや、話だけでも……」

「昨日の迷惑女を助けたいんですよね? 絶対に嫌です」

「う……な、なんで駄目なの?」

「学校からの懲罰なんてごめんですし、サチがやる義理ないですし、なにより静夜さんみたいな《悪党》はそんなことしちゃ駄目です」

 グサリとくる。たまらず、そうか……と呟いた僕を見て、歩が口を開く。僕が《善人》になりたいなんて言ったからだろうか。

「じゃあ、あんたはいなくていいわ。あたしと静夜だけで行く」

「はあ? 活動は班単位を義務付けられてる。知らないわけ?」

「あんたこそ考えが浅いわよ。あたし達は許可されていない活動をするつもりなんだから、義務も何もないわよ」

「……それは」

「じゃあ、あたし達は行ってくるわね。あんたはお留守番をよろしく」

「……」

「大変な仕事だけど頑張ってね。校則を破れない《悪党》の紗智さん?」

 バンッと紗智が机をぶっ叩いた。

「分かりました、分かりましたよ!」

「ほ、本当に?」

「ええ。この偽善者の挑発に乗ってやります。ただし学校に見付かったら、サチは二人に強制されたって言いますよ。それでよければ手伝いましょう」

 歩は不満そうな顔を見せるが、僕にとっては嬉しいことだ。頷かない理由はない。

 これで、十三班の活動が出来る――学校側に見付かったら終わりだけど。

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