転……(4-1)
《人助け代行》を始めてから一週間が経った。歩を筆頭に毎日宣伝を繰り返したが、ここを訪れた生徒は一人もいない。歩は落ち込み、紗智はその姿にほくそ笑んだわけだが……僕はどうなのだろう。残念に思っているつもりだが……自分でもよく分からなかった。
というわけで三人共諦めて、コの字に並べたテーブルでダレていたが――午後二時のことだ。二回、扉を叩く音が聞こえた。僕達三人に緊張が走る。
「だ、誰か来たわよ……えっと、どうすればいいの?」
「僕に訊かないでよ。とりあえずは飲み物……? 置いてないか」
「静夜さん静夜さん、部屋が汚くないですか?」
何故か全員が小声で囁いてから、急いで部屋を片付ける。だが、コンコンッと心なしか大きくなったノックで我に返り、
「……はい。どうぞ」
歩が応じた。慌てて全員が席に着く。
「失礼します……」
ゆっくりと入ってきたのは女の子だった。青と黒の制服だから普通科だろう。赤いリボンでポニーテールを作っている。目が大きくて、活発そうな娘という印象だ。しかし、その表情は暗く曇っていた。
女の子は席にも着かず、切羽詰まった様子で訊ねてきた。
「あのっ……ここで人助けをしてもらえるって聞いたんですけど」
歩が上ずった声で答える。
「は、はい。あたし達は《人助け代行》をしてますよ」
「代行……ですか」
「君の代わりに誰かを助けるってことだね。まずは座って、名前を教えてくれるかな?」
女の子は小さく頷いて、入口正面に置かれた椅子へと腰を下ろした。
「天野夢(あまのゆめ)、と言います」
「えっと天野さん……何か困ってるんだよね?」
僕が訊くと、女の子は俯いて唇を噛み締めた。
「私の幼馴染……ここの生徒なんですけど、行方不明になっちゃったんです」
「それは……」
紗智が口を開こうとする。言いたいことは分かった。そこまで事件性のある事柄に僕達が首を突っ込むべきじゃないということだろう。
「分かってるんです! ちゃんと騎士隊にも捜索依頼は出てますし……ここでお願いすることじゃないのは重々承知してます」
騎士隊は街の治安を守るための組織だ。そこに依頼を出したのなら……
「どうして僕達に?」
天野さんは視線を逸らして、僅かに頬を赤らめた。
「えっと、その……それは――」
その様子だけで十分だった。十分すぎた。
「……」
だからこそ、言葉が出ない。人助け代行とは言ったが、恋愛相談なんて予想していない。見れば歩と紗智も同様の表情をしていた。
だが天野さんは気付かれていないと思ったらしく、
「お願いします。アイツを一緒に探して下さい。私、何も出来ないのが嫌で……」
大きく頭を下げた。
予想こそしてなかったが……僕としては引き受けたい。だが――
「探して、くれますか?」
二人を見る。歩は苦い顔を、紗智は白けた表情を浮かべていた。無理もない。学生の領分じゃないし……そもそも僕達は学内限定でしか活動出来ない。加えて、幻想文学の使用も許可されていない。それはつまり、たとえ上手く解決したとしても、学校側からの処分を受ける可能性が高いということだ。
僕にとっては一番大きな目的が《善人になる》ことだから、引き受けることは構わない。だが、二人は違うのだろう。
しばらく待っても、表情は崩れなかった。
――仕方ない。僕の一存じゃ決められない。
「悪いけど……」
僕が断ろうと切り出した時、
「そう、ですよね」
天野さんが自嘲気味に呟いた。
「いきなりやって来て、こんな犯罪と関係がありそうな事件に協力しろなんてどうかしてますよね。でも――」
天野さんの瞳いっぱいに涙が溜まる。さらに涙声になりながらも、続けた。
「私、心配で心配で……夜も寝れなくて……相談も出来なくて。ここの話を聞いて、興奮して飛び込んできて……馬鹿ですよね?」
やがて嗚咽と一緒に絞り出した。
「……やっぱり赤い糸なんてなかったんだ」
最後に「ごめんなさい」と囁くと天野さんは立ち上がり、部屋から走り去ってしまう。
僕は天野さんの涙を溜めた表情が、どうしても脳裏を離れなかった。きっと同情しているのだろう。
――同情くらいは、僕にだって出来るはずだ。
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