承……(3-12)

 母親が、矛盾症候群で他界した。春を目前に控えたはずなのに、やけに肌寒い朝だった。

 視力を失い、呼吸が弱くなって、脆くなった骨を折りながら逝った。指が折れるのも構わずに喉を掻き毟ったんだ。苦しくなかったはずはない。

 父親は辛そうに涙を堪えていた。しかし僕は、抑え切れない笑みを浮かべながら悲しむ振りをするという高度なことをやってのけた。母親の死は、とにかく楽しかった。

 そんな――歩と出会い、季節が一つ過ぎた頃だった。

「私、三日後に記憶なくなっちゃうんだってー」

 相変わらずのベンチで、足を遊ばせながら歩は告げた。

 その様子は何ら緊張感がなくて、苦しみや悲しみなんて見当たらない。やっと訪れた瞬間だというのに、望んだ歩の絶望は手に入らない。それが、気に食わない。

「ごめんね、お母さんが死んじゃったばかりなのに……って、どうしたのさ静夜っ。見たことない表情してるよ?」

「……別に」

「えぇ? 何か……こう。後悔してるみたいな感じ」

 おそらくはもっと、歩を追い詰めるべきだったという後悔だろう。ただ、もっと早く僕に伝えてもよかったとは思う。

「ごめんごめん――だけど、私も今日知ったんだ。でもね、もう少しだけ保つかもしれないんだって」

「……そうなのか?」

 口をついて出た言葉に少し驚いた。これだとまるで、僕が期待してるみたいだ。

「うん。正確にはあと三回寝たら、記憶を失うみたい。……三回眠って、次起きたら別人ってことだね」

「なるほど……眠らなければ記憶はなくならないってことか」

「そうだねー、えへへ……ずっと起きてようかなー?」

「笑い事じゃないだろう」

 母親の死を笑う人間が、何を言ってるんだろうか?

 ……何かが、おかしかった。

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