承……(3-9)

 夕方……日が沈みかけた病院の広場で、

「今日はここまでかなぁ」

「……うん」

 ベンチを机代わりに使い、安物の紙に下書きを済ませたところで終了が告げられた。

「結ちゃんも帰らないとね」

「そうだね……分かった。本当にありがとう、お姉ちゃん!」

 結は歩に抱きつく。やがて名残惜しそうに離れ、俯いた。

「でも……あたし、明日は来れないの。学校の授業で別の街まで行くから……」

「じゃあ、この手紙は私が預かっててあげる。なくしたら大変だからね!」

 その言葉に結は安心した様子を見せて、

「また、明後日にね。お姉ちゃん! お兄ちゃん!」

 歩は結が見えなくなるまで手を振り続けてから、隣に座る僕へと呟いた。

「私は手紙って好き。想いが形になった感じがするから」

「僕はあまり興味がないな」

「酷いっ。極悪非道の冷徹人間!」

 ――事実だった。

「結ちゃんには言わなかったけど、おじいちゃんが明日に亡くなっちゃう可能性ってあるよね?」

 ……気付いてはいたらしい。三日後の予定で二日以内の誤差があるのだから当然だ。

「その時君はどうするつもりなの?」

「亡くなる前に下書きだけでも渡したいなって……」

「そうか、頑張って」

 僕は軽い気持ちで応じた。

「いや実は――」

 だが歩は気まずそうに視線を泳がして、

「……明日、定期検査なんだよね」

 わけの分からないことを言い出した。

 矛盾症候群患者は定期検査を義務付けられている。どんな症状が出ているのかを確認することが目的なのだが……問題は、

「つまり君は明日一日、検査を受けると」

「……はい」

「どうやって下書きを渡すのかな?」

「お願いします! 明日、おじいちゃんに不幸があったら……」

「嫌だ」

「そんなぁ……」

 今度は歩が涙目で肩を落とす。今にも泣き出しそうだった。僕はその姿を楽しんでいたのだが、

「分かったよ! 明日の検査は逃げるっ」

「……は?」

 耳を疑う言葉を口にした。検査は患者の義務だ。そんなことをしたら、今後は自由に歩き回ることなど許されない。しばらくは軟禁されるだろう。

「くそ……っ」

 それは困る。そう、それは困るのだ。僕が歩に会えない。コイツの苦しむ姿を見ることが出来ない。それはここまでの労力が無駄になるということだ。

「……分かった」

「これで問題ない! ……え、何が分かったの?」

「明日祖父さんが死にそうになったら、僕がその手紙を渡してくるよ」

「ほんと?」

 歩の笑顔が、ぱあぁと光を放つ。

「ありがとう! 明日だけでいいからっ。お願いするよ!」

 そうは言っても、予想は三日後だ。祖父さんも粘るだろうし、気にしすぎる必要はないはず……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る