起……(2-2)

 幻想文学(テイル)。

 前の世界には存在しなかったらしいが、今の世界では非常に重要な技術だ。簡単に言うなら物語を現実で再現するものらしいが……。

「信じられない。幻想文学で花が咲くはずないだろう」

 僕がそう言うと、少女は目を細めて拗ねた。

「本当だよ。実際は……花を咲かせたというよりは書き換えているんだけどね」

 少しだけ頬を膨らませながらも解説する様子から考えるに、相当律儀な性格だと見た。……何を言っているのかは僕にはまったく分からないけど。

 それでも、目の前にある以上は信じるしかない。今現在も進行形で花々は咲き誇っていて、今が秋だとは思えない。

 状況を創り出した少女はあの珍妙な質問の後、唐突に僕の隣へと腰掛けたのだ。曖昧に頷くしか出来なかった僕だが、何故か会話が続いている。

 ……殺す機会は逸したようだった。

「まあ、いいか。でも僕の知る幻想文学は紙に書かれた題名を読み上げるものだけど」

 一般に幻想文学と言えば、僕の認識が正しいはずだ。書かれた物語を一度読んだ後で、題名を口にして簡単な奇跡を起こすもの。中身まで口にするなんて聞いたことがないし、林に桜を咲かせるなんて想像したことすらない。

「それは略式……なんて言っても分からないよね。今は正式を扱う語り部(テラー)も少ないし」

 でも次に続けた言葉には誇りが含まれている気がした。

「……適正が必要だからね」

 照れた様子で微笑む姿はあどけないが……小学生だろうか。

「ところで君、何年生? 名前は?」

 僕は自分が年上だと踏んで訊ねてみた。上下関係はハッキリした方がいい。ナメられるのは気に食わない。

「え……えぇ、私? えと、ええと、何年生かな……しばらく学校行ってないから」

 尻すぼみに声が縮んでいき、消えた。

「……」

「じゅ、十三歳……だよ。名前は常無歩(とこなしあゆみ)」

 中一、常無歩。中二である可能性は僕が排除する。

「学年を訊かれるなんて久しぶりだから……なんだかドキドキするね」

「チ」

「舌打ちされたよ! なんで? なんで舌打ちしたの……」

「してない」

「えぇ、どうして嘘吐くんだろう……?」

 目に涙を溜めて、まさにシュンとしている。だが次の瞬間。

「そうだ! ねえねえ、あなたの名前は? あと学年」

 キラキラなんて擬音が聞こえそうな笑顔を向けてきた……なんという切り替えの速さだろうか。正直答えたくないが、訊いておいて答えないのは負けな気がする。

「優月静夜(ゆうづきせいや)……同学年だよ」

 僕も小柄だけど、更に小さなコイツが中学生だとは思わなかった。非常に面白くない。年下だったら、そこから主導権でも握ろうと思ったんだけど……。

「そっか。同学年かぁ、同い年ってことだよね。いいなぁ、そういうの。憧れだなー」

 歩は自分の世界に入ってしまったようで、幸せそうに笑っている。

 ――何がそんなに嬉しいのだろうか。

 訊いてみようかと思ったが、その前に小さな声が届いた。誰かが歩を呼んでいる。

「あ、お父さんが探してるみたい。そろそろ行かないと」

「……そうか」

「うん。それじゃ、またね静夜」

 へへへ……と、だらしない笑みを浮かべてから歩は立ち上がった。

 今の言葉は、また会おうということだろうか。待てよ? 病院にいるってことは、コイツも……。

 歩き始めた背中に、僕は声を掛けた。

「君はどうしてここに?」

 病院で、病院服を着ている相手に訊ねた。

「……私、矛盾症候群なんだ」

 すぐ振り返ることはせずに、声だけが返ってきた。今まで通りの声だったが、少しだけ小さい。一拍置いて、歩が振り向く。

「……もう少しで、全ての記憶を忘れちゃうんだってさ」

 微笑んでいた。まるで、褒められた時の子供みたいに。……やはり、同学年とは思えなかった。きっと純粋だからだ。僕みたいな存在とは違うんだろう。

「僕の母さんも矛盾症候群でね。毎日見舞いに来てる。また明日、ここで。いいよね? 歩」

 歩は目を瞬かせて、やがて笑みを深めた。

「本当!? 本当に、明日も会ってくれるの?」

 僕が小さく頷く。歩は三度ガッツポーズをして、

「約束だよっ。待ってるから、絶対来てよ!」

「……ああ、分かったよ」

 何度も振り返っては「また明日」と手を振る少女が今度こそ遠くなっていく。やがて最後まで見送ってから、僕は呟いた。

「矛盾症候群か。辛そうだな」

 だから僕は思う。

 ――何もせずとも、苦悶の表情なら見れそうだ。

 題名『桜の英雄』はゆっくりと消え、枯れ葉の海とただの裸木に戻っていく。

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