第6話 帰れないよ?
「あの子は、なんの妖怪……」
「それは本人にもわかんないってさ。ほとんどの人がそうらしいけどね。メジャーな妖怪? 名前の知れた? そういうのは強いからあんまり封印されてなかったらしいよ」
ごそごそと私のバックパックを漁ってる。
「……リリスさん?」
「この辺の洗濯物が杜民を集めてたね。ここじゃ清潔なことは大事だよ。幸いなことに水はどこでも綺麗だから、こまめに」
「リリス。私の荷物なんだけど」
私は言う。
「あたしの、だけど? レーション食べる?」
節約してきた支給品の携帯食料を躊躇なく開封して、これ見よがしに一口食べながら、リリスはニヤニヤと言う。からかってる。
わざとだ。
「そういう新人いびりは軍隊チックだよ」
怒る気力はなかった。
「ルールを教えてあげてるの。あたしが拾ってこなかったら回収できなかったでしょ? 全部奪われたくなかったら最初からお礼を渡す。ここではすべてが労働で、対価を求められるから。そのつもりで他人とは接した方がいい」
リリスは先輩風を吹かせている。
「……ご親切にどうも」
人間の後輩が出来て嬉しいのかも?
「食べ物は欲しいだけあげる。だからバックパックと服は返して。水は要らないでしょう?」
私は交渉する。
人が住んでるなら食べ物は入手できるだろう。食べられる野草とか、そうした知識はそこそこ頭に入れてある。水が貴重でないなら、そこまで心配することはない。
「オッケー」
リリスは食べかけのレーションだけを取って、バックパックはすべて渡してくれた。取られたのは拳銃だけ。鉈をなくしたのは痛いけど、サバイバルナイフは残っていた。
「気前いいのね」
不用心?
「これマズいから。美味しいなら物々交換にも使えるけど。別に面白いものもないし。実用品ばっかり。本とか音楽とか娯楽ないの? ここじゃそういうのが価値あるんだけど」
もそもそと食べながら不満げだ。
美味しくないのは事実ではある。それは支給品の質が悪いとかではなく、長期間の保存を目的としている以上、うっかり食べ過ぎないための味覚的な調整だという話は聞いたことがある。
「岐阜から東京まで徒歩。持ち物は最低限」
「うええ。楽しいのそれ?」
「任務。そう言うリリスは、なんで東京に?」
「……女にモテ過ぎて?」
少し考えて、頷きながら言う。
「なにそれ」
男にモテるならわかるけど。
「説明すると長いんだけど。幸せな生活に疲れちゃった? 満たされててさ? あたしの人生には冒険が足りないんだって思って、滅びた東京を一回見に行こうって軽い気持ちで、帰れなくなって二年。みんな心配してるだろうな」
「待って、帰れないの?」
それは聞き流せない。
「帰れないよ? マコトも」
ニッコリと言った。
「さっき、日本軍と取引してるって」
つまり人の行き来があるってことでは。
「そういう窓口はある。でも、私たちが利用できる訳じゃない。ただの人間だからね」
「……」
区別があるってことか。
「強引に突っ切ろうにもミツハがいなかったら杜民が溢れてる森を自由に移動できないし、逆に妖怪が混ざってる人はあっちの世界の空気から離れすぎると生きられない。入ったら最後、杜民に食われるか、骨を埋めて杜民の肥料になるか」
さらっと言うが終わっている。
「どうやって『お宝』を持ち帰れと?」
まず達成不可能な任務だった。
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