第5話 リリス
「ん、よっし。リリス」
セーフティをかけて、ミツハは拳銃を渡す。
「見張ってろってことね」
「オレは杜民を引き離してくる」
「いってらっしゃい」
二人のやりとりは早く、そしてミツハの裸足が走って行くのも一瞬だった。とんでもない脚力なのか、風が起こって焚き火が大きくなる。
「人間じゃ、ない?」
「どう見たってそうでしょ」
つなぎの前チャックを下げ、抑え込まれていた胸のボリュームも露わに、拳銃を胸元にしまい込みながら女性は私の隣に座る。油断は感じない。奪い返されることを想定して、私がそうするつもりなら対処できる自信があるのだろう。
視線が鋭い。
「それは、どういう……」
「軍からはなにも聞かされてないの?」
「人を食う木がいるとは」
「捨て駒なのかな? あたしはその点であんたのお宝話が信じられないけど。しかも都庁? なんで? 霞ヶ関とか皇居じゃなく?」
質問が矢継ぎ早だ。疑われている。
「リリス、さん?」
さっきからミツハはそう呼んでいた。
「そう。リリス。バカな親が名付けたの」
「リリスさんの疑問は、私も上司に尋ねました。答えとしては『海外から日本に持ち込まれたもので、薩摩藩が徳川幕府に献上しており、明治政府は存在を把握しておらず、第二次世界大戦後の東京の開発の中で再発見され、結果的に都知事が地図を管理した』ということのようです」
私は説明する。
機密だが隠しても仕方がない。二人の案内がなければ東京で捜し物などできないだろう。明確にしておくことで少しは信用を得たい。
「動かせない状態で再発見された?」
リリスさんは理解が早かった。
「簡単には動かせない大きさだったのか、土地の所有者が動かすことを拒否したのか。わかることは、重要性が理解されたのはさらに後の時代だったのだろうということです」
「核で壊されたとは考えてないの?」
当然の疑問だった。
「壊れるようなものではない、と」
私もそれは気になっている。
「上司はなんか隠してるね。東京のことも知ってたんじゃない? でも、壊れてないって点はたぶん正しいと思う。都心の原型は残ってる」
「それなんですが、どうやって生き残ったんですか? えっと、リリスさんは二十歳ぐらい? ですよね? 生まれたか生まれる直前かぐらいで核攻撃を受けてるはずじゃ……」
「あたし? あたしは外の人間だよ?」
「え?」
「あんたと同じ」
リリスさんは悪戯っぽく笑った。
「東京に入り込んで、杜民に追われて、ミツハに助けられた。もう二年前かな。そんで殺されかけるところまで同じ。ミツハの仕事を手伝うってことで生かされてる。東京の人たちは外の人間を信じないから、あの女好きが庇わなきゃ殺されてた。こればっかりはエッチな身体に産んでくれたバカ親に感謝ってところかな」
胸を自分で寄せて持ち上げてみせる。
「……」
私は自分の薄い胸を見る。
「お宝がなきゃ死んでたね。マコト」
「女だとは思われてました」
性的魅力がない自覚はある。
「まー、それはともかく。東京の人間が生き残ったと言えるかどうかは微妙なとこ。あたしも細かいことは聞かせてもらってないけど、なんでも核兵器が落ちたときに、なんかの封印が解けて、あっちの世界とこっちの世界が繋がっちゃって、人と妖怪が混ざっちゃったんだってさ?」
軽い調子で言った。
「妖怪? あの妖怪ですか?」
あっちの世界とこっちの世界?
「どの妖怪のことを言ってるかは知らないけど。ミツハもそうだし、二十年前から東京にいる人で純粋に人間として生きてる人はいないよ。だから、銃で武装したってあんまり意味ない。どう? ホラーは得意?」
クスクスとチャーミングに笑う。
彼女もいやらしい妖怪なのでは?
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