第4話 島原真琴

「難しいことはオレにはわからんが、市長なら教えてくれるだろ。とりあえず日が落ちるまでここで休んで夜になったら……」


 困った顔をしながらミツハは答えてくれる。


 幼い顔立ち。パワーは凄いけど小学生ぐらいだろうか、筋肉質には見えるが、細い腕と脚のどこにそんな力があるのかはわからない。


 素足。靴も履いてない。


 よくあんな場所を走って傷ひとつなく。


「その必要ないよ、ミツハ」


 コツ。


 見るとすぐ近くまでその女性は近付いていた。しっかりとしたアウトドア用のブーツを履き、丈夫な素材なのがわかる作業着のようなつなぎを着ていながら、その内側のメリハリのあるスタイルを隠せていない。


「だ……」


 足音を消して。


「軍人だ。こいつ。日本軍の下士官」


「……本当か?」


「島原真琴、二十四歳」


 女性は私のIDカードを投げる。


「ふうん……」


 ミツハがじろりとこちらを見た。


 思わず両手を挙げていた。


「どうする。あたしが殺す?」


 その背中には私のバックパックを背負っていて、肩には私が知らないタイプのライフルを担いでいる。鋭く切れ長の大きな目は冷たくこちらを見つめている。


 敵だと思われた。


「いい。リリス。外から争いを持ち込む人間を殺すのもオレの仕事だ。こんなものも持ってたしな。山登りみたいな格好して隠してたのか」


 ミツハは拳銃を私の頭につきつける。


 迷いなくセーフティを外した。


「……待って」


 懐を探って、ホルスターから抜かれていることを確かめる。目を覚ますまでに調べられていたのだ。確かに自分のことを喋らなかったけど、隠すつもりがあった訳でもない。


「生きてる人がいるなんて知らなかった」


 私は言う。


「日本軍に所属しているのは事実で、その命令で東京に来たけど、争いを持ち込むつもりはない。むしろ、ここで争わないために」


「知らなかった? 日本軍とは取引あるはずだけど? 命乞いならもっとまともな」


「上のことは、知らない。私は下っ端だから。でも、私たちは、上とは対立的。次の戦争を起こさないために、行動してる」


「興味ないな」


 ミツハは引き金に指をかけていた。


「新宿の! 都庁! 東京都知事が管理していた金庫に! 地図があるの! それは色んな国が狙ってる『お宝』の在処を示していて! 私もなにかは知らないんだけど! それを手に入れるために何人も送り込まれてる! これまでに同じ事を言った人間はいなかった!? それがある限り、本当に争いを持ち込む人間もやってくる!」


 私は必死に叫ぶ。


 日本にも、軍にも、忠誠心はない。姉を救うための危ない橋だった。目的を失って、自棄になって東京まで来てしまったけど、こうなって、私は私の行動が正しいのか考えてる。


 ここで死んでしまっていいのか。


「おたから」


 ミツハの顔が笑顔になっていた。


 目を輝かせるという表現はこういう時につかうのだろう。嬉しさを隠し切れていない。正直に言って私はそれが少年の喜ぶような『お宝』だとは思えないのだが、そのことは口にしない。


 生きるためだ。


「ちょっと。ここまで聞き出したらあたしたちだけで探しに行けばいいじゃん。こいつを生かす意味ないよミツハ。殺しなよ」


 女性は溜め息を吐いた。


 忠告はしているが諦めている風である。


「金庫の、暗証番号を知ってます」


 これだけは私の頭の中にしかない情報だ。


 荷物を探っても出てこない。


「おたから、本当にあるんだな?」


 銃口を上に向けて、ミツハは見つめてくる。


「探すのに協力します」


 私は頷く。


 なにが隠されているのか確かめて、命をかけることになった仕事の意味を知らなければいけない。それまでは死ぬ訳にはいかないのだ。

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