第4話 握手
ライブ終了後、長々と話していた男性は思い出した様に僕にチェキ券を手渡してきた。これがあれば好きな子と二分の会話と、ツーショットを撮れるのだとか。僕は予想外の出来事で彼女と話すチャンスを得られた。
チェキ券を持って列に並ぼうと辺りを見渡すと、他のメンバーと差がつく程、彼女の列は多くのファンで溢れかえっていた。僕は最後尾に立って、彼女を遠くから眺める。好きでいるのは今日までだ。そう決心したものの、あの頃のままの仕草や笑顔の彼女を見ると、少し怖くなった。
三十分程待って僕の番が来ると、彼女は僕の方を見るや否や、僕の名前を高らかに呼んだ。
「
他のファンがいるというのに、平気で僕の胸に飛び込む彼女。周りの視線が痛くて、僕は思わず彼女の手を振り解いた。
「ちょっ、勘違いされるだろ!」
「いいじゃん。元々付き合ってたんだし」
そう言って、彼女は僕の手をぎゅっと握り、細い指を一本一本絡ませてくる。ゾッとする様な、ドキッとする様な不思議な感覚。交わした手の温みは、最後に彼女と手を繋いだ温かさとよく似ている。
「今日はなんで来てくれたの?」
「……あ……その」
今日言わなければ、きっと一生言えない。憎めないその笑顔に僕の心は揺さぶられながらも、僕は呼吸を整え、彼女の目を真っ直ぐと見る。
「…………僕、
僕が喋りだした途端、彼女の唇が僕の耳元へやってきた。そして一言。
「大好き」
たった二秒、僕の耳元で囁かれた言葉に、痛むほど僕の胸は高鳴った。
僕が驚いて彼女の顔を見ると、あの頃よりも格段に美しくなった彼女がそこにはいた。
"大好き"。それは偽りだと分かっていても、別れてからもずっと僕が求めていた言葉だった。心の隙間が少しずつ埋まってく感覚を覚え、僕は安堵した。
「私のこと、好きじゃないなんて言わないでね」
悪魔の様な囁きに、僕は心臓が握り潰されそうで、まるで、今でも君が好きだと、心を見透かされている様だった。
「……また、来ます」
きっとどんなに金を積んでも、どんなに愛を届けても、僕達はもう友達にすら戻れない。この好きは、形にはならないんだとそう分かっていたのに、僕は結局、彼女を好きでいることを辞められなかった。
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