第2話 アイドル
高校を卒業したと同時に彼女はアイドルになった。僕がそれを知ったのは、卒業旅行と題した、八回目のデートをした時だった。幽霊と呼ばれていた彼女からは想像も出来ない職種で、僕は驚きのあまり話を理解するのに随分と時間を要した。
アイドルとは、僕にとって別世界の様な存在だった。空や海の底よりも遠い、どんなに願っても届かない、まるで仮想空間の様な存在。
僕はこの話を聞いた時から頭の中にモヤがかかり、焦りを感じていた。
彼女がそちら側へ行くという事は、僕は――。
「あのさ、アイドルって恋愛出来ないんだよね」
給料はちゃんと貰えるのか、メンバーとは仲良く出来てるのか。まるで保護者の様な質問をした後、僕はそんな在り来りを彼女に投げかけた。
「うん。恋愛禁止」
淡々と答えるその姿に、僕の心に不安が募った。昼食の為入ったファミレスの座席越し。たった六十センチの僕らの間にとてつもなく重い沈黙が流れた。
「えっと……僕達は、どうなるの?」
言葉に詰まりながら、僕は彼女を見つめた。
「私はアイドルをするよ」
それが、彼女の出した答えだった。言葉を濁されたけれど、それは終わりを告げられたも同然だった。
彼女は僕よりも、自分の人生を選んだ。それの何が悪いのか。そんなこと、頭では理解出来ていた。だからこそ彼女を責められ無かった。初めからこうなるなら、好きなんて言わないで欲しかった、なんて口が裂けても言えなかった。
「……そっか、そうだよな。せっかくアイドルになれたんだもんな! ごめん」
僕を選んでくれるなんて、馬鹿な妄想だった。
「応援してる。頑張れよ」
最後の強がりを口にしたら、思わず涙が込み上げてきて僕は金を置いて逃げる様にその場を去った。
これから僕らは彼氏と彼女でもなく、仲のいいクラスメイトでもなく、アイドルとファンと言う関係になる。たったそれだけのことに僕は宇宙空間規模の距離を感じ、ただただ、胸が張り裂けそうだった。
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