第二十二談
『それでですね、実はちょっと気になることがありまして、先ほどの話に出てきた“白い人”についてもう少し詳しい話を聞いてもらえませんか?』
心の重荷から開放されすっかり脱力していた真昼は、そんなことならお安い御用とばかりに話しを切り出した。
「そういえば、しおちゃんを襲った白い人ってのは結局誰だったの?」
「私にも分からない……ただ、姉さん達の話では地球の人じゃないって」
「え?」
驚いた真昼はとっさにローアの方を向いた。
[死体を後で調べたところ、地球人に似ていたが、皮膚は暗赤色で、骨格や筋肉は大きく異なっていた。特に、頭は長く後方に伸びており、両手の指は 4 本しかありませんでした]
[しかも彼が身につけているものは地球人の技術水準をはるかに超えており、その技術も私たちにはなじみのないものでした]
[とりあえず着ていたものと死体はペタルネスカに送ったので、近日中に調査結果が届くと思います]
「何のためにしおちゃんを襲ったんでしょうか?」
[私たちも知りません。ただ、その時はシオンを威嚇して何かを聞こうとしているような気がした]
「うん、確かに何かを話していたようだったけど、私、もう痛くて怖くて、その時のことはよく覚えてないの――ごめんね。」
「そっか、いいよいいよ」
白衣の宇宙人の目的は何だったのだろうか?相手が死んでしまった以上、分かるはずもない疑問が真昼の心に新たな不安の苗を植え付けた。
『ありがとうございます。あとは私のほうでも調べてみますね』
真昼は一仕事を終えたように大きなため息を洩らしながら、握りっぱなしだった勾玉を上着のポケットにしまった。
「どうしたの?」
「あ、いや、なんかどっと疲れちゃったよ。だって、突然へんな場所に飛ばされたと思ったら人間の解体現場に出くわしたわけでしょ?そりゃーパニックにもなるよ。でもって、散々怖がった挙句に実はただの勘違いでしたとか、ねぇ……」
[冷静に考えれば無理もない。培養がうまくいっていなかったとき、クオッタは私にとっても恐怖でした]
[私はとても怖かったですか?]
クオッタはローアを見ながら恥ずかしそうに言った。
それからしばらくは異星間の女性4人による和やかな雑談会が進行していった。
話によると、クオッタとローアはペタルネスカの研究機関に所属する研究員とのことだった。上司から地球環境下における生物と地質に関する深堀調査を言い渡され、地球に出張してきたのは4年ほど前だそうだ。
当初は地球へ向かうことにあまり乗り気ではなかったらしいが、今ではすっかりこの環境が気に入り、つい先日も研究期間の延長を申請したとのことだった。
詩音と出会ったのは到着後間もないころで、まだ小学生だった詩音が神社の裏を探検していたところ、偶然ここに迷い込んだらしい。
出合った当初から2人の優しさに惹かれ、外見上の違いに臆することなくその後も度々1人で遊びに来ていたらしかった。
2人のことは義理の姉のように慕っており、出合った当時に言われた「このことは誰にも内緒だよ」という約束を愚直に守り続けているそうだ。
真昼はずっと気になっていた首元の異物についても聞いてみたが、どうやらそれは複数の触手のようで、手足ほどではないがある程度自由に動かせるようだった。
普段ならば首に触手が生えているという事実にドン引きしていただろうが、この時の真昼は不思議と(そっか、触手だったのか)と、妙に納得してしまい、別段それ以上の感情を抱くことはなかった。
さらに、いつもは邪魔なので首元に巻きつけているが、熱いときは放射状に広げることで放熱効果があり、寒いときはマフラー代わりとしても使えるという触手プチ情報を知ることもできた。
[早く帰らないと家族が心配しませんか?]
クオッタの言葉を受けスマホを確認すると時刻は18時3分であった。
「本当だ、もうこんな時間だ」
「また花音に怒られちゃう」
真昼と詩音は同時に席を立った。真昼は急に真剣な表情を作り異星人2人の方を向くと、芝居がかった小声で話しかけた。
「やっぱり、帰る前に記憶とか消されたりするんですか?」
僅かな間を置いて、クオッタとローアは顔を向き合わせて笑い出した。そしてローアは真顔で真昼に告げた。
[そのようなSF的なことをすることはできません]
そのやり取りに、今度は詩音が笑い出した。
真昼はテーブル上で丸くなっているちゃぼ子を抱き上げると、3人の後を追って部屋を出た。エレベーターを使い出口のある階に到着すると、通路を歩きながらクオッタが詩音に話しかけた。
[2日後に戻ってきてください。その後、彼をどうするかはあなたに任せます]
詩音はタブレットを見てから大きくうなずいた。
4人は小部屋を抜け、出口のある部屋へと到着した。
真昼がクオッタとローアに向かい「お騒がせしました」と頭を下げると同時にタブレットから聞き覚えのある「ポポポン」という音が鳴り響いた。
ローアがタブレットを操作すると、4分割された画面にそれぞれ場所の異なる映像が映し出される。ローアはその中の一つを選択し、画面全体へ拡大表示させた。
「(あれ?この子またきてるよ)」
「(最近よく見かけますね。今、詩音達が出ていったら鉢合わせになってしまうかしら?)」
クオッタとローアは画面を見ながら何事かを話し始めた。気になった真昼が横からタブレットをのぞき込むと、そこには本殿裏の藪に分け入ろうとしている義丸の姿があった。
「大野君?」
「(オオノクン?知ってる子かな?)」
「(ちょっと聞いてみましょう)」
ローアが魔術師のような手つきで画面を押したり撫でたりすると、既に見慣れた翻訳アプリの画面が表示された。
[この子を知っていますか?]
「えっと、この前、私と一緒にここに迷い込んでしまった大野君です」
[あ、入船履歴に載っていた別の人ですね]
「そういえば大野君もこの場所を勘違いしたままなんです。ちょうどいい機会だから2人への誤解を解いておきたいんですけど」
「(だって。どうする?私は別に構わないけど)」
「(もう知られているならいいんじゃないですか?――私、いつまでも殺人鬼扱いされたくないですし)」
「(引っ張るねー)」
2人の会話はタブレット上に表示されなかったが、その様子から、じきに肯定的な返事が表示されるだろうと真昼は思っていた。
「しおちゃんもいいかな?」
「そうだね、きちんと説明しておいた方がいいかもね」
[クオッタは殺人者としての汚名を晴らしたい]
満面の笑みでタブレットを差し出すローアを見て真昼は苦笑いを浮かべた。
「私、ちょっと呼んできます。みんなはここで待ってて」
真昼はちゃぼ子を床に降ろすと、義丸にちょっとしたサプライズを仕掛けるつもりで一人出口へと走って行った。
「(精一杯の笑顔を用意しときなよ)」
「(わかってます。生涯最高の笑顔をお見せしますよ)」
真昼はクスノキの裏に出ると、幹を左回りに祠の前まで歩いた。広場の先を見ると「ガサガサ」という音と共に薮の奥の草木が大きく揺れているのが分かった。
(さて、なんて言おうかな)
沸き上がる悪戯心を抑えつつ、真昼は義丸が薮から姿を現すのを待った。
「(なんだぁこいつ?)」
近くから男性の声のようなものが耳に入った。真昼は音の聞こえた右側に顔を向けたが、周囲に人影は見当たらず、目に入るのは
何かの音を聞き違えたのだろうかと不審に思いながらも、真昼は再び正面の薮に注意を向けた。
次の瞬間、左側に何かの気配を感じた真昼は反射的に顔を左に向けた。
真昼のすぐ隣には背の高い白い人物が立っていた。その人物はフード付きの白いコートを羽織り、見慣れない形の白い服と白いズボンに身を包んでいた。
白さへの執着は末端部にまで及び、手には当然のように白い手袋をはめ、足には登山靴のように厳つい白のブーツ、顔までもが真っ白なマスクに覆われている。
真昼はその人物が突然現れたことよりも、その徹底した白さ自体にぼんやりと驚いていた。
(まっしろ……)
その直後、衝撃と共に喉元を締め付けられるような痛みと息苦しさが真昼を襲った。白い人物は右手で真昼の首を締め付けながら話しかけた。
「(言え、どこから出てきた?)」
白い人物の腕は握力を増し、真昼のか細い喉を締め上げていく。理解できない相手の言葉を聞きながら真昼はただもがくことしかできなかった。
真昼の苦痛は長くは続かなかった。突然、喉を締め上げていた手が離れたかと思うと、白い人物は背後に飛び退いた。そして真昼と白い人物の間には、奇声を上げながら勢い良く割り込んできた義丸の姿があった。
「(おうおう、今度はなんだ?)」
嘲笑じみた声が義丸に投げかけられる。
「日向さん?大丈夫?!」
義丸はそのまま2人の間に立ち真昼に背を向けると、震える顔で白い人物をにらみつけた。
「(なんのつもりか知らんが、どけ)」
白い人物はドスの効いた声で意味不明な言葉を発しながら、ゆっくりと義丸に左手を伸ばした。
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