第七談

 真昼は桃香と昼食をとりながら昨日の出来事を思い返していた。


(結局あの人の話に流されたままで何も掴むことはできなかったけど、なんだろう、悪い人には思えないんだよね。――まぁ悪い人なんだろうけど)


 きれいに盛り付けられた夕食の残り物を食べながら真昼はぼんやりと考えていた。しかし桃香が週末に聞いた歌い手の楽曲について何か話しているようなので、話の合間にうなずく事だけは欠かさなかった。


(でも、神様なんているわけ無いし……一体何が目的なんだろう)


「ハロー!」


 花音は勢いよく恒美の椅子を引き寄せながら2人の間に座ると、机上に弁当包みを割り込ませた。


「あれ、詩音ちゃんは?」


 桃香が尋ねると、花音は複雑な顔をしながら「今日は1人で食べたい気分なんだとさ」と答えた。


「絶対何か隠してるはずなんだけど、なかなか口を割らないんだよね」


「そんなに心配する事ないんじゃないかな」


 真昼と桃香は授業開始前に詩音と会話をしていた。「土曜日はごめんね」と照れくさそうに謝る詩音を前に、2人は何ら異常性を感じることは無かった。長時間道に迷っていたというのは確かにおかしな話ではあるが、誰だって話したくないことぐらいあるだろうと思っていた。


「きっと時間が経てば自分から話してくれるって」


「だといいんだけど・・」


 花音は軽いため息をつくと自分の弁当を食べ始めた。


「まひるんはどう思う?」


「――え?」


 突然話を振られ慌てて顔を上げた真昼は、記憶の隅で書類のように平積みされていた会話記録を引っ張り出すと、直近の会話だけを読み返し「今は見守るしかないよね」と無難に答えた。


 桃香が静かに何度もうなずく横で、花音は唸るようにため息を吐いた。


「まぁ、とりあえずは帰ってきたからいいけどさ……そういえばこのクラスの栄谷君って子はまだ見つからないの?」


「え?」


 真昼は花音が何を言っているのか理解できなかった。正面に座っている桃香も箸を止めて花音を見つめている。


「あれ、聞いてない?」


「何が?」


「ここの栄谷って人も土曜から家に帰ってないらしいじゃん」


「確かに今日休んでるみたいだけど、それ初耳だよ」


 真昼は左隣にある吾藍の席を見た。


「マジで?私、昨日恒美から聞いたんだけど」


「え、どういう事、それ……」


 困惑した面持ちの桃香が花音に問いかけた時、花音は誰かと食事をしている恒美に向かって手を振りながら呼びかけた。


「おーい、恒美ー」


 呼びかけに気付いた恒美は席を立つと、こちらに向かって歩いてきた。


「どしたー?」


「栄谷って人、まだ家に戻ってないん?」


「ばっ!――その話はすんなって!」


「なんで?」


「昨日、ランちゃんの母ちゃんからあまり人に話すなって言われたんだよ」


「なんで?」


「知らねぇよそんな事、あんま大ごとにしたくねぇんじゃねぇの?」


 花音と恒美が小声で話していると、突然桃香が真剣な面持ちで2人の会話に割り込んできた。


「大綱君、本当に栄谷君って行方不明なの?」


「――あぁ、でも内緒な」


「お願い、詳しく教えて!」


「詳しくっていってもなぁ……一昨日の夜にランちゃんの母ちゃんから突然電話があってさ、吾藍が帰ってこないんだけど知らないかって」


 そう言うと恒美はそばにあった空いている椅子を引き寄せて座った。


「それで?」


「いや、土曜は俺もランちゃんに会ってねぇから、知らないって」


「それだけ?」


「椿から妹がまだ帰らないって聞いたすぐ後だったからさ、一体どうなってんだこれ?みたいな。まぁ一応知り合いには連絡とってみたけど、やっぱり誰も知らなくてな」


 食事をしながら何となく恒美の話を聞いている2人とは対照的に、桃香は時折相づちを打ちながら食い入るように恒美の言葉に耳を傾けていた。


「そんで、昨日の夜にランちゃんの母ちゃんからまた電話があって、警察に捜索願い

は出したけど、あまり他人にはこの事を話さないでほしいって、でも何か知ってる友達がいたら話を聞いておいて欲しいって言ってたよ」


 花音は自分の弁当を食べながら「警察に頼んだんならすぐみつかるんじゃない」と、興味なさげに言った。


「お前なぁ、妹がまだ見つかってなかったら同じこと言えんのか?」


「それは……」


 食事の手が止まり、花音は言葉を詰まらせた。


「とにかく、そんなわけだから日向さんと斉藤さんもこの事は内緒にしといてな」


 真昼が「わかった」と言いかけると、まだ話しは終わっていないと言わんばかりに桃香が口を開いた。


「大綱君は栄谷君が行きそうな場所って分からないの?」


「近所なら分かるけど、でもそんな場所で――」


 そこまで話すと恒美は突然眉をひそめ、険しい顔付きになった。


「いや、ちょっと待て」


 そう言うと首だけを後に向け、先ほどまで一緒に食事をしていた男子生徒に呼びかけた。


「ヨッシー、俺のスマホとってくれねぇ?」


 大野おおの義丸よしまるは恒美を一べつすると、食事の手を止めて机の上に置いてあるスマホを手に取った。目にかかりそうな前髪をかきあげながら勿体ぶったようにゆっくり席を立つと、うつむき気味に恒美達の方へと向かってきた。


 真昼は義丸とあまり面識はなかったが、よく恒美や吾藍と一緒に行動していることは知っていた。取り立てて特徴も無く、無口であまり自分の事を表に出さない生徒であったため、クラスの中でも影の薄い存在ではあった。全てが対照的な恒美となぜ仲が良いのかは不思議であったが、詮索するほどの興味は真昼には無かった。


「――自分で取りにこいよ」


 スマホを差し出しながらつぶやくように義丸が言うと、恒美は片合掌で迎えながら「わりぃ、あんがと」と言った。恒美は受け取ったスマホを見ながら真昼達の方に向き直ると、義丸は何も言わず自分の席へと帰っていった。


「ちょっと待っててな」


 恒美は指先をせわしなく動かし始めた。


「金曜にランちゃんから変なメッセージが届いててさ」


 何度か指を上に弾くような仕草をした後、「これこれ」と言ってスマホの画面を真昼達に向けた。桃香は身を乗り出して画面を覗き込んだ。


 そこには恒美と吾藍がやり取りしていたメッセージの一部と、草木が生い茂る場所の風景写真らしいものが表示されていた。


>「恒美:マジか」


>「吾藍:くわしくはwebで」


>「恒美:はいはい」


>「吾藍:きっとここの神様とかじゃね」


>「恒美:ないない」


>「吾藍:さっきたまたま見えて慌てて撮った」


>「吾藍:アカデミー賞待ったなしだな」


>「恒美:それ映画だろ」


「――それで、送られてきた写真がさ」


 恒美が画面を軽く叩くと、風景写真が拡大表示される。


 それは見たところ何の変哲もない田舎の一風景だった。道路脇にある緑が繁茂した丘が写真の全体を占めており、ふもとに立つ古びた鳥居の存在から、恐らく小さな神社の参道を撮影した写真なのだと予想できる。


 写真の左端に見えるアスファルトの道路から鳥居を潜るように敷かれた石畳は、奥にある急な斜面に切り開かれた石段へと続いている。参拝者への配慮か、石段の脇には近年に据え付けられたと思われる金属製の手すりが見え、それらを挟むように直立する老杉と共に丘の上まで続いているようだった。


 真昼はその光景にどこか見覚えがあった。


「その写真がどうかしたん?」


 花音は写真を横目で見ながら言った。


「何か気付かねぇ?」


「何が?」


 真昼も花音と同じ感想だった。美しい風景ではないがそれなりに趣のある写真だなくらいに見ていると、突然、桃香が「あっ」と小さな声を出した。


「石段の所に……」


「そう」


 恒美は軽くうなずいた。


「ランちゃんが言うにはそこに人くらいの大きさの白いモノが突然現れたらしいんだ。で、急いで写真を撮ったらしいんだけど、スマホを向けてる最中にどんどん姿が透けてって、これ撮った後には完全に見えなくなっちまったんだと」


 真昼と花音はスマホに顔を近づけると、干し草の中から針でも探すかのように写真を精査した。


 桃香が漏らした言葉を頼りに石段の周辺をくまなく調べてみると、確かにおかしなモノが写り込んでいることに気が付いた。一見しただけでは気付きにくいそれは石段の登り口辺りに存在し、背景が妙に屈折した歪みのある楕円形をしていた。


「たまたまレンズに水滴が付いていただけとか?」


 花音が顔をしかめながら言った。


「水滴がついてたってこうは写らんだろ、きっと」


「んー、どうだろ……」


「本当になんでここだけ妙に歪んでるんだろ?」


 真昼もやはり顔をしかめながら言った。


「ランちゃんは異星人の光学迷彩服だって言ってたな」


「異星人の光学、何?」


「光学迷彩服。早い話が透明になれる服ってこと」


 恒美が薄笑いを浮かべながら自嘲気味に答えると、真昼のしかめ面が一層険しくなる。


「なに、それ」


「だよな、ありえないよな。だから俺も編集だろって言ってやったんだけど、あいつ、絶対認めようとしないんだよ」


 真昼はもう一度写真に写った歪みに目を向けてみたが、確かに画像編集という言葉が一番抵抗無く受け入れられるような気がした。


「そしたらアイツ、また調べに行くみたいなこと言っててさ」


「なに、じゃぁその宇宙人とかにさらわれたとでも言いたいわけ?アホらし」


 既に興味の矛先が写真から食事に変わっていた花音は呆れ気味に言い放った。


「いや、そこまでは言わねぇけどさ、なんか急に思い出したから言ってみただけだよ」


 大きく膨れ始めていた風船が一気に萎んでいくように恒美の話は急激に求心力を失い、真昼と花音は箸を持ち直すと、やれやれといった感じで食事に戻った。


 そんな中、ただ一人真顔で話を聞いていた桃香が口を開いた。


 「大網君、それ、諏訪神社だよね?」

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