第三章 参の羽(1〜3)
1 夢を視る少女
昨晩の大雨は今季一番だったらしく、ラジオのニュースでも被害などを伝えていた。そんな天気が嘘の様に、朝から暑い日差しが照りつけて快晴だ。
しかし、車の中は少し空気が淀んでいる。
「昨日、遅くなっちゃいましたけど菜津子さん大丈夫でした?」
笹井の問いかけに冬花は外を見たままだ。
「別に何とも。今日はみとさんの店で、いとちゃん達が見ていてくれているから」
少し不貞腐れた言い方で、笹井は苦笑いをした。
「夢見さんの事、黙っていたのは謝ります。表沙汰には出来ない案件なので、誰にも言えなくて」
「そんな重要案件をべらべら話して、しかも直接会わせちゃっていいわけ?」
笹井はうーんと唸った。信号が赤になったのでブレーキを踏む。
「もう、ここまで関わっちゃってますからね、この事件が終わるまで…終わってもかな?普通の生活は出来なくなっちゃうと思いますけど」
面白おかしく言ってはいるが、その言葉の奥にどれだけ一人で抱え込んで生活してきたのかが見えてしまった気がした。
「私だって、元警視庁の人間よ。馬鹿じゃないわ」
冬花は、警視庁でバリバリ活躍していたエリートだった。
何年か前に突然、深山警察署に来て、影沼係長の下に来たいと言ってきた。理由などは誰も知らないが、笹井が思うに妹の事件が起こった街だったというのもあるんじゃないだろうか。
サバサバとした性格と可愛がられるのが上手いらしく、署内では妬まれたりする所か救世主と呼ばれて人気者だ。
「それより、昨日の事はどう収集つけたのよ。不自然な点がたくさん見つかるはずよ。ニュースにもなっていなかったわよね」
信号が青に変わって動き出す。
「えーと。それは後で詳しく話します」
いつものへらへらした顔で話を終わらせた。不信感が日々着々と増えている。
みとに教えてもらったビルの前に来た。
「ここ・・・よね? みとさんって何者なの?」
見た感じで二十階以上はありそうな立派なビルだ。ここの最上階に、例の能力者がいるらしい。
「いくつかビルとお店を持っているって言ってましたけど、俺はあの喫茶店以外は初めて来ました」
二人は、建物をじっと見ながら車を降りた。最上階を見上げると、自然に口が開いたままになってしまう。
ビルは入り口からすでに綺麗で、入って直ぐのエントランスは、ホテルのラウンジの様だ。
色々な会社が入っている様で、受付のカウンターは人が入れ替わり立ち代わりガヤガヤしている。
「ここのビルは、何社か借りてるらしいんですが、ほとんどが警備会社みたいです」
「それってやっぱり、最上階の安全を考えているって事?」
「最上階とその下の三階は、能力者たちの保護施設になっているって聞きましたから。恐らくそういう事なんでしょうね」
受付に着くと、警察手帳を見せながら最上階へ行きたいと伝えた。
「暫くお待ちください」
受付の女性は、そう言うと電話を繋いで話し始めた。話し終えると、受付の横にある通用口から、男女二人組が出てきた。
「ここからは、この二人がご案内致します」
にこっと笑って頭を下げた。つられて笹井達も頭を下げる。通用口の扉を開けて、中へ案内された。
「お客様なのにこんな道を通っていただいて申し訳ありません」
先頭を歩くショートヘアの女性が、振り向きながら言った。確かに、表向きのエントランスとはかけ離れていて、従業員だけが入れるような狭い道が続いていた。
「最上階に行くには、ここを通って複雑な道を抜けて行かなければならないので、私たちが案内をさせていただいております」
「ここのビルに来るまでにも、言われたルートを通って遠回りしてきましたけど、それにも意味があるってことですか?」
笹井が女性に訊ねたが、それよりも速いスピードで冬花がこちらを見てきた。
「え?」
このビルに来たことは無かったが、そんな遠回りしてきた感じはなかった。目を丸くした冬花を見て、笹井はやっぱりかと思った。
「冬花さんって絶対に方向音痴ですよね」
また嫌な言い方をしてきた。しかし、間違いではないので言い返せなかった。よく道を覚えるのが遅いと言われ、逆方向に行ってしまう事もあって、自分でも自覚はあったからだ。
「わざと複雑な道を通って来ていただきました。もしもその道をずっと後ろからつけてくる車があったら分かりますし、全てオーナーのお考えです」
オーナーとは、恐らくみとの事だろう。ますます何者なのか気になる。
「最上階に関しては、オーナーくらいしか入ることがありません。その下三階もホテルの様に部屋が各階にいくつかあって、ルームサービスなども私共が行っております」
ビルの上にはホテル仕様の部屋がある。全く想像がつかないが、そんな事を考えていると、長い通路を抜けていくつか扉を通った。どうやってここまで来たのかもはや分からなくなってきた頃に、エレベーターがポツンとある部屋に着いた。
「こちらから最上階に向かいます」
四人がエレベーターに乗り込むと、暫く沈黙が続いた。すると、笹井が二人に話しかける。
「あの、不躾な質問なんですが・・・お二人も何かの能力者なんですか?」
「私たちは、能力者とは無関係の人間です。しかし、ビルを管理している人間や受付にいた二人も特殊な訓練を受けています。ビルに入っている企業様は何も知りません」
みとは能力者の保護を昔からしていると言っていたが、これ程までに厳重に管理している事は不自然ではない。
能力者を狙う者たちが、どれ程危険でどれ程他人から信じられないものなのか、実際に能力を目の当たりにしてそう思った。
そんな中でも、警察とのパイプを作って厳重な環境を作るのは容易ではない。
あっという間に最上階に着いた。エレベーターは停まったままで、男性が腕につけているバンドをスイッチの下にあるセンサーにかざすと扉が開いた。
「ほんとに厳重ですね」
冬花はぽつりと言った。静寂の中進むと、ホテルの様に綺麗な道とワンフロアに一つだけ大きな扉があるだけだった。
「私たちはこの先には入れませんので、こちらで失礼致します」
すると二人は、エレベーターに乗って頭を下げた。ゆっくりと扉が閉まり、笹井と冬花だけが扉の前に残された。
「入っていいのかしら・・・ノックはするわよね?」
「チャイムないし、入っちゃっていいんじゃないですか?」
笹井はドアに手をかけると、冬花は手をがっちり掴んで睨みつけた。
「いや、ダメでしょ」
ドアの向こうで声が聞こえた。
「入ってきて~」
女性の声が聞こえたので、二人は顔を見合った。そして笹井はそのままそっと扉を開けて部屋の中を覗いた。
「あ、ごめんなさい。もうちょっとで終わるからこちらに座っててもらえますか?」
何に驚いたらいいのか。二人は部屋の中に入ったまま立ち尽くしてしまった。
広い部屋は見渡すと仕切られる壁がなく、ソファにキッチン、キングサイズのベッドなど高級感のある家具に包まれていた。入ったことは無いが、高級ホテルのスイートルームはこんな感じだろうか。
だだっ広い部屋の真ん中には巨大なテーブルがあり、そこには人形の様に色白で、腰までかかる金髪のロングヘアを揺らして座る少女が目に留まった。
多分、人生の中でこんな綺麗な人を見ることは無いだろう。同じく固まっている笹井を横目で見るが、きっと同じことを考えているのか微動だにしなくなった。
この女性が予知夢の能力者なのか?
テーブルに置いてあるパソコンに向かってずっと誰かと通話している。
座るタイミングを逃した二人はそのまま、電話が終わるまで立っていた。
「お待たせしました。そんな端にいないで、こちらに座ってください」
高い女性らしい声に、ふわりと揺れる髪、花の様ないい香りがした。
「初めまして。深山警察署の下田 冬花と言います。みとさんに話を聞いてきました」
冬花は警察手帳を見せて少し頭を下げた。
「同じく笹井です」
「あ、あなたが笹井さんね。何度か協力していただいたけど、会うのは初めましてよね」
にっこりと笑って手を握って来た。暫く握ったままで、笹井は硬直した。
「あなた・・・深い悲しみと迷いがありますね」
じっと見つめてくる目を逸らせない。
「えっと・・・」
困惑している笹井が新鮮で少し可笑しくなった。
「ふふ。みとさんから聞いてると思うけど、私は占い師をしています。記憶を失う前は何をしていたのか思い出せないけれど、今はこの仕事に誇りを持っています」
真剣な眼差しに、冬花もドキッとした。
「私に会いたいと言っていたのは、何か見えたからなんでしょうか?」
夢見は顔の前でぱんっと手を叩いた。
「そう! そうなの。とても重要な事だったはず」
部屋の奥にあるドレッサーに足早に向かって、引き出しからノートを取り出した。
「私の能力は、眠っている時に見る夢がこれから起きる予知夢なんだけれど、それがいつ起こるかは分からないの。だから必ず視たものはノートに記録しているの」
分厚いノートをペラペラとめくりながら何かを探している。
「その予知夢は、人を限定出来たりしますか?」
「人を限定して視るわけではないの。見た夢の中で出てきた言葉や名前、場所をしっかりと記憶して予知しているわ」
話していると、手を止めてあった! と声を上げた。
「警察署で保護している、近江さん? っていう人いるわよね?」
冬花はびくっとして答えに戸惑った。
「彼女は暫く警察署に近づけない方がいいわね」
「今日は違う所で保護しています。署内に危険な人物がいるって事ですか?」
「署内に危険人物がいるかは分からないけど、夕暮れ時に彼女が連れ去られて、あなた達が見つけられない・・・という夢を視たの」
笹井は咄嗟にスマホを取り出して電話をかけに部屋を出て行った。恐らくみとにかけに行ったのだろう。
「私、あなたに会いたいって言ったのは、この事だけじゃないの。記憶を無くした以前にあなたに会った事がある気がするの・・・夢の中で私の記憶に関わることには、白い靄の様なものがかかってよく視えなくなる。その時に聞こえる声、雰囲気があなたに似ているのよ」
こんな綺麗な人と会ったら二度と忘れるわけがない。確実に会った事は無いはずだ。
「あの、私に似た雰囲気って言いましたよね? 私には妹がいたんですが、もしかして妹に会った事があるとかじゃないですか?」
「妹さん? 写真とかあるかしら?」
冬花は首から下げたネックレスを取り出して、ロケットの中の写真を見せた。
「うーん」
夢見は目を細めながら考えたが、はっきりとしなかったみたいだった。
「るりちゃんは無事です。雪君たちも来ているみたいなので、とりあえず安心です」
笹井が電話を終えて部屋に戻って来た。冬花はネックレスを服の中にしまう。
「近江 るりの件、ありがとうございました。予言の通り署内とは別の場所で保護し、引き締めて守って行きます。私達はこれで失礼します。また何か情報があったら連絡ください」
「分かったわ。もしまた予知夢で関係性のあるものがあれば報告します」
二人は頭を下げて、扉の方へ向かって歩き出した。
「一ついいかしら。これは予知ではなく、占い師として感じた事なんだけど」
「感じた事でも何でも言ってください」
「近江 るりさんの周りの・・・学校の関係者に何か嫌な気を感じるの。くれぐれも気を付けてあげて」
夢見は真剣な顔で言った。
「分かりました。その辺りも調べてみます」
また頭を下げてから早々と部屋を出て行った。
扉が閉まって、夢見は大きなソファに腰を下ろした。開いていた窓から強い風の音が聞こえて振り向くと、一羽の蝶が入って来ていた。
「あら、どうやって入って来たの?」
微笑みながら、蝶を優しく手で包み込んだ。
2 駿河 碧
約束の時間よりも大分早く着いてしまった。古都は待ち合わせ場所の喫茶店“ ヒガンバナ ”でソワソワと時計を何度も確認していた。
店のドアが開くたびに客の顔を見た。
「あっ」
入って来た客が制服を着た少年だったので、つい声を出してしまった。
声が聞こえたのか、古都の方をじっと見てきた。
少し小柄ですらっとした少年は、前髪で目が少し隠れているが、整った顔で若い女性客から視線を集めていた。
目を離すことなくそのまま古都の席の前で止まった。
「静原 古都さんですか?」
近くで見るとより綺麗な顔だと分かる。普段男の人に興味はないが、ドキドキしたのは久しぶりだった。
「あ、駿河 碧くんですか?」
勢いよく立ったせいで手元のコップをひっくり返してしまった。最悪だ。
「大丈夫ですか?」
咄嗟に店員を呼んで、布巾を持って来てくれた。気の利く少年だ。
「来ていただいて早々にすいません」
本気で落ち込んだ様子の古都に、気にしないで下さいと微笑みかけてくれた。
「えーっと、落ち着いた所で。改めまして静原 古都と言います」
向かいに座った少年に名刺を差し出した。
「初めて会うので、念のため制服で来たんです。変に思わないでください」
照れたように笑いながら、学生証をテーブルに置いた。
「深山高校三年四組の駿河 碧です。野山 さきに大体の事は聞いています。事件の後に葉山と仲が良かった事を言わなかったのは、野山に聞いたと思いますが、疑われてしまうと思ったからです。大学受験の事とか色々考えてしまって・・・」
「当時のクラスメイトに聞いた時、誰もあなたと葉山君の仲が良かったと証言した人がいなかったけど、クラスメイトにも口止めしていたの?」
少し俯いた顔を上げて、首を横に振った。
「いいえ、葉山は教室ではいつも本を読んだり勉強をしていたので、昼休みとか教室以外でよく話したりしていました。僕と野山と葉山と、そして近江です」
近江 るりも葉山 せりと接点があったと聞いたが、話せない上筆談も出来ない状態で聞けないままだった。
「あの・・・近江は元気にしていますか? 俺学級委員で、休んでいる間のプリントとかノートとか渡したいんですけど、連絡がつかないので」
一瞬戸惑ったが、彼は情報提供者だし、現状だけ伝えようと口を開いた。
「実は、昨日野山さんには言わなかったけど、近江さんには何度か会っているの。まだ声が出なかったり塞ぎがちだけど元気よ。警察の人もついているから安心して」
碧はホッとした顔でよかったと声をこぼした。
「静原さんが聞きたい事って、葉山の家の事ですよね?」
「そうなの。葉山くんのお母さんは近所での付き合いもほとんど無かったし、事件の前から行方不明で話が聞けなかったから、なんの情報も無くて」
「葉山は、口数は少ないけど、たまに笑うし冗談も言ういい奴でしたよ。昼休みとか放課後に遊んだり、家にも何度か遊びに行きました」
「その時、お母さんに会った事はあったの?」
「いえ。なんか、研究員をしていて、帰りが遅いからって葉山が夜ご飯をご馳走してくれたことはありましたけど」
古都は息が止まるような衝撃を受けた。自分の取材ノートを勢いよく開いて、何度も見返した。
「どうかしましたか? 大丈夫?」
碧は古都のただならぬ雰囲気に困惑した。
「研究員・・・そう言ったの?」
葉山 せりの母親は、パートの従業員だったはずだ。勤務先にも確認した。もし、その研究が“ 蝶 ”の組織に繋がるものだとしたら、色々な事が推測できる事になる。
「どうもありがとう。また何か聞く事があるかもしれないけど・・・」
「いつでも連絡ください。僕に出来る事なら協力します」
古都はノートを鞄に入れて、財布からお金を出してテーブルに置いた。
「何か食べて帰って。本当にありがとう」
深々と頭を下げて、喫茶店を駆け足で出て行った。
古都の姿が見えなくなってから、碧はメニュー表を手に取った。
しかし、突然後ろからそれを取られた。
「今のって、古都ちゃんでしょ? 何話してたの?」
メニュー表を広げて、碧の向かいの席にどっしりと座り込んだのは、タテハだった。
「ヒメが派手に殺ったそうだな」
碧の表情が変わった。
「俺は何も。ヒメさんの大暴走ですから」
ケタケタと笑うタテハを睨みつけた。
「それをしないようにお前を連れて行かせたんだろ」
「あーすいませんでした。今後は気を付けます」
両手を上げて、碧にメニュー表を返した。
「先日の一件で、田中として古都ちゃんに接触できなくなっちゃったんでね~動向が掴めないんですよ」
「お前は、葉山 せりを見つけて殺すだけでいい。近江 るりはこちらで探す」
「了解です」
緊張感のない返事で席を立った。店を出ると雨が止んでどんよりと湿った風が吹いた。タテハは空を見上げて顔をしかめた。
「うるせえんだよ」
投げ捨てるように言うと、そのまま喫茶店を後にした。
3 接近
昼頃の喫茶店は、平日休日関係なく人で賑わう。店の一番奥の席で居心地が悪そうな顔でアイスティーを飲む、近江 るりが目に入った。
事件以来、声が出せなくなり、家に籠って学校も休みがちになっているという。高校生が、突然バラバラの死体を目のあたりにしたのだからショックなのは当然だ。
いとは店の手伝いをしながら、ぼんやりとるりを見ていた。
「あいつがタイプなの?」
背後から顔を覗かせた雪にビクッとしたが、何のことやら冷めた視線を送った。
「何言ってるの?」
「ずっとあそこの席に座っている男見てるから」
不貞腐れたような顔で雪はその客を睨みつけた。
「何の話よ。るりさんを見てただけ!これ運んでおいて」
いとは料理が乗ったトレイを雪に渡して、カウンターに座った。
雪は納得していないような顔で、話していた男の席に注文の料理を運んだ。
「お待たせしました~」
話をしていた手前、顔を合わせ辛く目を逸らしながら料理を置いた。
「今日は、店員さんが多いね~いとちゃんもいるし」
常連か。四十代くらいの男に、軽く返事をしてさっさと立ち去ろうとした。
「森下さん。こんにちは」
紗凪が明るい声で近づいてきた。アイコンタクトで“ ここは任せてと ”言われている気がして、その場から去った。
「いやあ、昨晩は凄い雨だったねえ。仕事の帰りに寄ったんだけど、お店休みだったでしょう」
「すいません。せっかく来ていただいたのに・・・急用で閉めてしまって。濡れたりしませんでした?」
「僕は傘持ってたから平気だったよ。でも店の前にいた男子学生かな? その子は傘も持たないでビショビショになってたな。なんかちょっと気味が悪い感じでさ。いとちゃんとみとちゃんのファンなんじゃないの?」
にやにやしながら話す男に、雪はくるっと方向転換し、戻ってきて顔を近づけた。
「どんな野郎でした?」
いとは雪の手を掴んで引き離し、やめなさいと言って頭を叩いた。
「どこの制服か分からないけど、真面目そうな感じの子だったな。君と比べたら小柄な男の子だったよ」
クラスメイトがこの喫茶店に来た事はないし、みとの知り合いだろうか。
みとにも聞こうとカウンターに目をやると、じっと窓の外を見ていた。すると店のドアが開いた。
「あ!笹井さん」
いとがいち早く笹井と冬花に気づく。いや、みとは来ることが分かっていたから外を見ていたのか。
「るりちゃんは?」
「奥の席にいますよ。るりさんもお昼まだなので一緒にどうですか?」
キョロキョロと席を見渡してるりを見つけた。少し息を切らしている。冬花と二人で走って来たみたいだ。
「あーうん。もう少ししたら頼もうかな」
冬花も微笑みながらるりのもとへ歩いて行った。るりは、冬花に少し心を開き始めているのか、どこかほっとした表情に見える。
何を話しているのか気になるが、みとに呼ばれてホールの仕事に戻った。
冬花がるりに寄り添って話している内に、笹井は店を出て電話をかけた。喫茶店の中に目を向けながらコソコソと話している。
「どんな感じ?」
『すいません・・・喫茶店を出た所で、巻かれてしまって』
こいつは何をしている。笹井は呆れながら続ける。
「お前何年警察やってるんだよ。接触したときの様子はちゃんと見てたんだろうな」
『それはバッチリです! ギリギリ近くまで寄って話聞いてましたから。でも・・・古都さんが会っていた学生なんですけど、なんかやばそうですよ』
笹井は、古都と接触する人間が気になったので、同じ課の小平に尾行を頼んでいた。
「やばいって何が?」
『話を終えて古都ちゃんが店を出て行った後、若い男がその学生の向かいの席に座ったんですけど、学生の雰囲気が突然変わって・・・』
「若い男・・・」
笹井の脳裏にはタテハの顔が浮かんだ。
『あと、なんか意味不明なこと言ってましたよ。“ ひめが派手にやったみたいだな ”とか“ 葉山 せりを殺せ ”とか・・・葉山 せりって、あの事件の被害者ですよね? もう死んでいる人間を殺せってどういう事っすかね』
確定だ。古都と接触していた男は“ 蝶 ”の人間だ。葉山 せりが生きているかもしれないという情報は、るりちゃんがタテハと接触した日にいた人間しか知らないはず。殺害の命令をしたって事は相手は恐らくタテハだろう。
「写真は?」
『何枚か撮れましたよ。その男子学生がキョロキョロと見渡すので、中々撮れなくて』
気配を感じたからか警戒していたのか?
「助かった。お前はそのまま古都ちゃんを探してくれ。俺も周辺に行くから」
『あ、待ってください! 笹井さん・・・近江 るりさんって近くにいますか?』
小平の声色が変わった気がした。そして微かに、スマホをトントンと指で叩く音。これは、影沼班で決めたSOSのサイン。小平は誰かに脅されていると察知した。
「おいおい、何言ってるんだよ。今日は、午後から警察署でお前が見ていてくれる約束だろ? るりちゃんそろそろ着いた頃じゃないか?」
咄嗟に嘘を言って様子を伺う。誰に脅されている? タテハか?
『あ、そうですよね。じゃ、じゃあ、警察署に戻りますね』
「ああ。ありがとう」
電話を切って笹井は勢いよく走り出した。
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