第20話 心当たり
応接室に到着し、ディランとユリスは詳細について詰めていく。
「先ほどシャルティア様には説明したのですが、温度調節の効果が万が一にでも人体に影響しないようにカバーを取り付ける必要があります」
「効果範囲はどのくらいなんだい?」
「盤を直径とした5cmの円柱になりますね。
なので、その範囲に流水のみが入るような…簡単ですが最低限だとこんな感じでしょうか」
(自分にそういうセンスがないのはわかってるから、デザインはシンプルにして後でいじってもらおう)
ユリスは円柱の側面に穴が開き、そこに蛇口が刺さっているような絵を見せる。
「ふむ…シンプルだがこれなら加工も容易だろうね。
うん、これをベースにするようデザイナーに頼むとしよう」
「それと実験してみて分かったのですが、既存の蛇口では出口が小さすぎて水圧がかなり高くなってしまっています。
これだと固定した時に固定具への負荷がかなり大きいので、蛇口を大きくした方がいいかもしれません」
(STRが高くはないとはいえ、ステータスがある時点でかなり力はあるはずなのに腕が持っていかれそうになったからな。固定具には結構な負荷がかかるはずだ)
「なるほどね、確かにそれは問題だ。口が倍くらいになっていれば問題ないかな?」
「そうですね、それで大丈夫だと思います」
出てきた問題点に対する解決策がサクサクと決まっていく。
「あ、それと温度調節用のつまみについてもありましたね。
あれは構造上1周すると元には戻るのですが、最高温度から最低温度へ一瞬で切り替わることになるので、魔道具…特に盤への負荷が大きく、劣化が早くなります。
それによって耐用年数も短くなるので、1周しないよう途中で止まるような構造をつまみに付けた方がいいと思います」
「確かに耐用年数が短くなるのは問題だね。さっきのカバーに注意点として書いておこうか」
そんなふうに議論をしていると、風呂を堪能したシャルティアが部屋に入ってくる。
「待たせたわね。
それで話はどのくらいまで進んでいるの?」
「お帰りなさい母様。
今は問題点の洗い出しとその解決案について話しているところですね。
内容はシエラがまとめているようなのでそちらを見てもらえますか?」
「分かったわ。ん…ありがと」
シエラがまとめていた議事録にシャルティアが目を通している間、2人はまだ何か問題点がないか確認していた。
「大体はこれで良さそうだけど、カバーのデザインはこれで決定なの?」
「いえ、ベースというか最低でもその範囲は覆うようにという内容ですね。デザインは後で専門家に任せようかと思っています。
誰にするかは決まっていないので、もし腕のいい人を知っているのならば教えていただけると助かりますね」
「そうなのね、なら人選はこっちでやっておくわ。
それとユリスちゃん、この最高温度と最低温度って具体的にはどのくらいなの?」
「あ、そうか。それも表示がないとまずいですね。
今回のものは用途が風呂と生活用水ということだったので、温度幅は広めに、温度帯は低めにしてあります。大体10度から60度くらいかと。
そのままで行くなら火傷の危険があるので、風呂の目安である40度くらいのところにつまみで目印を付ける必要がありますね。
もし幅や温度帯を変更するなら、修正自体は簡単なのですぐに出来ますよ。2度から98度くらいでなら幅も場所も自由です」
「確かに生活用としてはその温度で問題ないかしらね。下をもう少し低くしてもいいかもしれないけれど」
「一応変更する場合の回路図ももらえるかい?業務用として変更することもあるかもしれないからね」
「分かりました」
(確かに料理に使ったりするなら最大幅で調整できた方が便利だな)
ユリスは紙に魔導陣とそれを組み合わせた回路図を描き始め、5分もしないうちに数枚を描き終える。
どうやら最低温度と最高温度、幅の設定が決まる3箇所をどう変更するか示したもののようだ。
「とりあえず、これで分かるでしょうか?」
「ああ、問題ないよ。
私でも理解できるし職人なら問題ないだろう」
そうして詳細が決まったところで外にいたマリーが箱を持って入ってきた。
それを見たディランが中身を確認してから話題を変えてくる。
「さて、魔道具についてはこのくらいで充分だろうね。
身分証についても問題なしと判断して手続きを進めておくよ。
それで今届いた箱だけど、空のスキル石が50個近く入っていたよ。悪いけど話しながらでいいから収納を込めてもらえるかな?」
「はい、分かりました。
ところで、学園の話なんですが身分証が出来るなら試験を受けてみようかと思っています」
「そうか!なら、そちらの手続きも進めておこう。
後で話せる範囲で説明もしておこうか」
(50もあるのか…って事はやっぱりダンジョンでそれなりに手に入るのかな?)
ユリスは話しながらスキル石を作成していき、終了したところで鑑定で1つずつ確認していく。
―――
【名前】『収納』のスキル石
【効果】
使用するとスキル『収納』を覚えることができる。
【詳細】
作成者:ユリス
―――
「全部終わりました。都度鑑定していたので問題ないと思います。
ただ、作成者がバレると厄介なので使う時は鑑定させないようにしてもらえるとありがたいです」
「ありがとう。
ところで、ユリスくんの鑑定ってどのくらい見えるんだい?私以外にも構築盤を確認してもらったんだけど階級まではわからなかったんだよね」
ディランはユリスの鑑定結果が詳細なことに薄々勘付いていたようだが、思わず鑑定結果に作成者が表示される事を言ってしまったせいで確信に変わったようだ。
(おっと…ここでそれを聞かれるとは。
ここの王族なら大丈夫だろうけどどうしようか)
ユリスが黙ったままどうしようかと悩んでいると、気分を害したのかと勘違いしたディランが慌てて弁明してくる。
「ああ、責めているわけじゃないんだよ。
知っているかもしれないけど鑑定を持っている人の間で内容に差異があってね、私は初めは名前だけだったんだけどベースレベルが30を超えた辺りから効果の項目が増えていたんだ。原因を探ってはいるんだけど中々進まなくて困ってるんだよね。
私としてはベースレベルが30から極端に上がりづらくなるし紋章器のレベルも上がるから、その辺に何かしら関係があるんじゃないかと睨んでるんだけどね。もしくはエクストラ技能の有無とかね。
それでもし何か心当たりがあるなら教えて欲しいんだ。もちろん対価は用意するよ」
どうやらディランも鑑定を持ってはいるが詳細を見る事は出来ないようだ。
ちなみに詳細の項目を鑑定できるようにするためには鑑定の発動で発せられる魔力を制御して対象に収束させる必要がある。
(鑑定については研究してるみたいだし殿下が発見したことにして貰えれば教えてもいいか。
にしても、ベースレベルが30から上がりづらい?それってもしかしてあれなんじゃないか…?)
「いえ、心当たりを教えるのは構わないんですが…なら、1つ条件を呑んでいただけますか?」
「条件?…内容は何だい?流石に国家機密を教えろとか国宝をくれとかだと呑めないよ?」
「いやいや、そんな事言いませんよ。
ただ、スキル石を使う際に鑑定をさせないで欲しいというだけです。鑑定の心当たりを広めるとスキル石の作成者がバレるようになりますからね。何となく想像はついていると思いますがあまり多くの人に知られたくは有りませんので」
「なるほどね…うん、それくらいなら構わないよ。
それに、50個も頼んでしまったから実感ないかもしれないけれど、基本的には自身のスキルを込めて他人に渡すという行為は信頼できる者同士しかやらないんだ。どんな立場間でも拒否された事を理由に不当な扱いをすればそれは罪となる。だから大体は余計ないざこざを避けるために結婚が確定している相手とか自身の家族としか行なわれないんだ。
収納についてはユリスくんが快諾してくれたから実現したのであって、もし断られていたら普通に引き下がっていただろうね」
「…え?ああ、そうだったんですね。なら無用の心配だった訳ですか…まあでも交渉される事自体面倒なのでやっぱり条件はそのままでお願いします」
ユリスはシエラとのやり取りでも全く出なかった事実に思わず彼女の方を見て何故教えてくれなかったのかと目で非難するが、シエラはただ微笑むだけで意図が伝わったかは不明である。
「ああそれと、エクストラ技能は関係ありませんよ。確かにそれの有無で鑑定対象は増えますが、鑑定結果は増えません」
「おや、エクストラ技能も持ってるって事はユニークスキルが鑑定なんだね」
ディランの言葉に肯定するかのように微笑むユリスを見て、今度はシエラが非難の視線を向ける。
「ねえ、ユーくん?前にステータスを教えてくれた時はパーソナルスキルで普通の鑑定だったよね」
「ああ、あれは嘘だよ?
その時は初対面だったし珍しいって言ってたからね。咄嗟に誤魔化した」
「なんであれだけ凄い事教えておいて、そんな変なとこで誤魔化すのよ…」
ユリスの返答にもっと隠すところがあるだろうとシエラは微妙な気分になるのであった。
実際はパーソナルスキルでエクストラ技能持ちなのだが嘘である事には変わりない。
「まあ、あの時は何が珍しいのかなんて知らなかったからね。
…ところでディラン様、ベースレベルが上がらない原因にも心当たりがありまして。そちらも提示した方がいいですか?」
「本当かい!?それなら…―」
「そうだわ!
ディラン、内容を聞くのは保留にしてもらえるかしら?」
ユリスの言う原因についてディランが聞こうとすると、シャルティアから待ったがかかる。
「母様?どうされましたか?」
「ディラン、もしユリスちゃんの心当たりが的中していたら確実に王国の利益になるわよね」
「…!!
そうですね、確かにその方がいいかもしれません」
「ええ、だからここで教えてもらうのはやめましょうか」
(一体なんなんだ?
利益になると教えない方がいいって。ここではって事は何か発表の場でも用意されるのか?それはちょっとな…)
ユリスは2人がなんの話をしているのかわからないため、話についていけなくなっている。
「ユリスくん」
「あ、はい」
「さっきの心当たりなんだけど、もし開示する気があるなら入試の論述で書いてもらえないかな?」
「論述ですか?」
「ああ。これは有名な話だから教えてしまうけど入試の内容の1つに“王国の利益となる情報”っていうテーマの論述問題があるんだ。
これは題材のレベルや知識の深さ、文章作成能力を見るためのものなんだけどね。
ここで本当に王国の利益となる未発見情報を提供すると、第1種特待生の条件である“王国発展への寄与”を満たせるんだ」
(特待生か…
おそらく学費免除とかの特典もあるだろうし狙ってみてもいいかもな)
どうやらユリスを特待生として合格させたいらしい。
元々は功績という餌で貴族が秘匿している情報を放出させるための制度なのだが、放出しても合格する保証はなく無為に秘伝を公開する羽目になるとの理由からなかなか挑戦する者が出てこず、学園全体でもここ50年は合格者が出ていない。それでも名誉である事には変わりないため、貴族の間では伝説の称号と化している。
「第1種ですか?特待生に種類があるのでしょうか?」
「そうだね、それも説明しよう。
まず、特待生には第3種から第1種まである。
試験において優秀な成績を修めた者を優遇する制度なんだけど、基本的に成績で分けるのは第2種までなんだ。そして、第2種の中で先ほど言った条件を満たした者だけが第1種になれるというシステムだね」
「なら、論述で条件を満たしても成績が悪ければなれませんね」
「そうなんだけど、その辺はあまり心配はしてないかな。
中級の神造ダンジョンをソロ攻略できるって時点で戦闘力は問題ないだろうし、あれほどの魔道具が作れるなら頭の方も大丈夫だろう」
「特待生になるメリットは何かあるんですか?」
「ああ、それは紙にまとめてあるからこれを見てくれるかい」
ディランから渡された紙を見ると、階級が上がるごとに以下の特典のようなものが追加されていくようだ。
〈第3種〉
・特待生クラスに所属できる(一般生とは別校舎、ダンジョンは共有だが、それ以外の設備は別のものを利用可)
・長期休暇中の課題なし
・校内イベントに参加はしなくても7割分の点数はもらえる(参加した場合はその点数となる)
・入学費用や授業料が3割負担になる
〈第2種〉
・特待生用の寮が使用できる
・入学費用や授業料の全額免除
・食堂の利用料免除
・購買の購入費半額(外部へ注文した商品は除外)
〈第1種〉
・卒業試験免除
・寮の自室が複数部屋になり、使用人を連れる許可が出る
・授業の受講免除
・購買の購入費免除(外部注文では高額過ぎると要相談)
「いや、授業受けなくてもいいし成績関係なく卒業できるって何ですかこれ」
「第1種ともなると国ですら把握していない情報を持っているような人物だからね。
まあ有体に言ってしまえばできるだけ優遇して王都に留まってもらおうということだね」
「そういえばそうでしたね、にしても未発見情報ですか…さっきの心当たりは確実とは言えないんですよね。
ちなみに奥義というのはご存じですか?」
「へえ!奥義も知っているんだね。
確かにほとんど知られてはいないけど、一部の貴族や王族ならある程度は把握しているよ。
内容次第になるから確実とは言えなくてもまださっきのほうがいいかな」
「そうですか、分かりました」
「ねえユーくん?私、奥義ってまだ覚えてないんだけど、どういうものなの?」
奥義の存在はユリスのステータスを見て知っていても詳しい内容までは知らなかったシエラから質問がとぶ。
「そうだね…
奥義は覚えるとステータス画面に表示されるようになる項目なんだけど、複数のスキルを組み合わせるとか特定の動作をするとかの条件を満たすと閃くんだ。アーツの習得条件が難しいやつって認識でいいと思うよ。習得が大変な分強力なのが多いけどね」
(ヴェルに詳細を教えてもらっておいてよかったな)
「複数のスキルを組み合わせた技ね…イメージがあまり湧かないけどちょっと色々考えてみようかな」
「僕が覚えてるのでシエラも出来そうなのは兜割とかかな?初期アーツ3つで覚えられるし、効果もある程度の防御力無視と防御力ダウンのデバフ付与って感じで使いやすいし。
あ、それと攻撃系だけじゃなくて強化系でも出来るから色々試してみると良いよ。両方同時に発動すれば威力が凄いことになるしね。
あれ…?どうしました?」
横にいるシエラに教えていたユリスがふと前を向くと、ディランが唖然としていることに気づく。
「いや…もしかしたら奥義を論述にしてもらった方がよかったのかなって思ってね…
強化系の奥義もあるなんて知らなかったよ…しかも兜割って空想上の物語とかでは人気で有名な技だけど王家に伝わる文献でしか実在が確認されていない物、だったはず…ははっ…」
「え?あー…まあ、お気になさらず?」
(まさかそこが知られてなかったとはな。いや奥義が知られているなら条件自体は何となく予想がつくと思うんだが?攻撃系ができるなら強化系も試すだろう普通。
まあ言ってしまったものは仕方がない、聞かなかったことにしてもらうのも不正っぽいし、別に第1種にこだわる必要もないから鑑定とベースレベルでいこう)
ユリスとしてはただ普通に知っている内容を教えているだけなのだが、いかんせん一般に比べて知識が深すぎた。神から教えてもらっているのだから当たり前ではあるのだが、それは王族であっても太刀打ちできないレベルと言っていい。
シエラあたりは出会ってから散々驚いているせいか多少の事ではもう反応すらしなくなっているが、会って間もないディラン達はそうもいかずに頭を抱えてしまっている。
なお、詳細を聞いてみたら兜割の習得方法であればほぼ確定で第1種に認定されるほど価値としては十分だったようだ。
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