第19話 湯沸かし器の作成
とりあえず話は魔道具を作ってからということで、一旦解散する事になった。
客室に移動してから暇を持て余していたユリスを見てシエラが取引を持ちかけてくる。
「ユーくん、あのね?やっぱり私が白金貨11枚は貰いすぎだと思うの。だって王都に案内しただけだよ?
だから何かないかなって考えてたんだけど、はいこれ」
シエラが収納から取り出したのは空のスキル石だった。
「いいの?
嬉しいけどこれも結構なレアアイテムだよ?構築盤より出にくかった物だし。というかよく3つも持ってたね?」
(構築盤なんて合計で20個近く出てきたのに空石は5個だったぞ)
「うん、今までの戦利品を漁ってたんだけどなんかあったんだよね。多分貴重すぎて当時は売る気になれなかったんだと思うの。
これの代わりなら私もお金を気兼ねなく受け取れそうなのよ」
「うーん…なら貰うけど2つかな。
さっき陛下がこぼしてたけどこれ1つで5億するみたいだから、1つは自分で使ったら?
何だったら欲しいスキルが有ればあげるけど?」
「うぇっ!そんな高いんだぁ…
うーん…ならそれでいいかな。
欲しいスキルねぇ…今回ので分かったけど鑑定ってあると便利なんだよね。名前だけでも読み取れる情報はあるし」
結局ユリスがスキル石を2つ受け取り、1つはシエラが使う事になった。
シエラがどのスキルを覚えるか悩んでいるようだったため、今後覚えるスキルまで把握しているユリスがアドバイスを送る。
「僕的には操作がいいんじゃないかなと思うよ。
夜魔の剣盾で覚えた魔装は魔力を装備に纏わせる必要があるし、レベル3で覚える影の手は文字通り影で出来た手を操作するスキルだから持ってると色々便利になるだろうね。
まあでもいつ紋章器レベルが上がるか分からないし、魔力操作は修行すれば上達するから鑑定にしておいた方が無難か?鑑定結果を増やす方法はあるから慣ればかなり有用だし」
「えっ!?鑑定結果って増やす方法があるの?」
(ん?ああそう言えば、技能習得の研究は進んでいないんだったっけか?まあ、シエラならいいか)
「…まあユーくんだもんね。知っててもおかしくないか。そういう事ならユーくんの言う通り鑑定にしておこうかな。
ユーくんも欲しいスキルがあったら言ってくれればあげるからね。今後覚えるスキルが欲しいならそれまで待っててね。
あ、どうせすぐには鑑定しても分かるようにはならないだろうし、後でどの紋章で何のスキルを覚えるのか教えてね?」
「はいはい。なら後で紙にまとめておこうかな。
にしても他に欲しいスキルねぇ…魔装は欲しいけど、その前にちょっと試したい事があるんだよね」
「試したい事?
なになに?なんか面白そうだしなんでも手伝うよ?」
「まず確認なんだけど、空のスキル石で込められないスキルって種族紋章のスキルとユニークスキルで合ってる?」
「そうだね、学園の授業ではその内容で習ったよ」
「じゃあさ…紋章効果のスキルってどうなんだろう?自分のだと成功した時に勿体無くて」
「え?…あっ…」
ユリスの疑問を受けてある事実に思い至ったのだろう。シエラの動きがピシッっと固まると、小声でブツブツと何かを言い始めた。
「え…いやいや、まさかね?もしそれが出来るなら紋章を探してた私の十年間は何だったのってなるよ?
だって、お父さんもそうだけど他にも進化してる人は何人も知ってるし?流石に誰か試してるでしょ?絶対出来ないって…―」
「シエラー、戻ってこーい。
ほら1回だけやってくれればいいから、1回だけ。さっきなんでもやるって言ったでしょ?はいこれ握って入れるのは耐性ねー」
「うー…いつになくユーくんが強引だよぉ
分かったわよ、やればいいんでしょやればぁ…」
笑顔のユリスに半ば無理やり持たされた空のスキル石を恐る恐る握り直し、紋章効果にある状態異常完全耐性を込めようと意識すると…石が一瞬光ってから水晶のように透き通っていく。成功してしまったようだ。
「…出来ちゃったね。鑑定してもちゃんと出来てる」
ユリスの宣告を聞いた途端シエラは膝から崩れ落ち、見るからに落ち込み始めた。
「んー…そうなると空のスキル石の価値がさらに上がるなぁ。それともこの事実があった上で5億なのかな?
手持ちにそんなに数がある訳じゃないし、褒賞で選んで今のうちに確保しておいた方がいいか?でも、シエラが手に入れてるって事は学園のダンジョンでまだ手に入るかもしれないし…どうしよ?」
そんなシエラの姿にはあえて触れず、実験結果や今後の方針について考えを巡らせている。
そんな状態がしばらく続いたのち流石にスルーしきれなくなったユリスが声をかけ、シエラもなんとか復活する。
「シエラ、そろそろ落ち着いた?」
「うん、大丈夫だよ。
何で誰も気づかなかったのか疑問ではあるけど過ぎた事だし、何より覚えてたらユーくんにも会えなかったかもしれないしね。
あ、もうご飯の時間だから持ってくるね」
翌々日…
昼過ぎに魔道具の材料が用意できたようでシエラが部屋まで持ってきた。どうやら蛇口などの外側の部品は既存のものを使用させるようだ。
ユリスは早速作成に取り掛かろうとするがここで1つ問題が浮上する。
「銀鉱石は準備してもらったけど、ここじゃ加工ができないな。流石にここで炉を出して使うわけにもいかないし…
シエラ、どこかいい場所を知らない?手持ちの魔道具を使うから耐火性能が高い部屋ならどこでもいいんだけど」
「うーん、離宮の中で耐火性が高いって条件だと調理場くらいしかないかな?いつでも使うことはできるけど行く?」
「とりあえず見てみようかな。
大丈夫そうならそのまま始めよっか」
シエラに案内されて調理場へ向かう。
途中、どこからか話を聞きつけてきたシャルティアに見つかり、見学を認める事になった。
「大丈夫そうだね…さて、始めようか」
そう宣言したユリスがまず取り出した魔道具はまるで濾過装置のようなものだった。
上部に鉱石を全て入れ、起動させると下にある容器に液体状の銀が抽出されていく。
ちなみに容器は断熱仕様のため普通に持てるが、液体銀はちゃんと高温状態なので周囲の耐火性能が必要だったのだ。
その液体銀を自前で用意してあった型に流し込み、冷やしてからの出来上がった3つの銀盤を取り出す。
水道用に1つ、温度調整用に2つである。
「まずは水道用。とは言っても出力部分を書き換えるだけだし簡単だけど」
独り言を言いながら直径5cmの銀盤に回路作成用の魔力ペンで魔導陣をスラスラと描いていく。
描き終わるのに10分もかからなかった。
「あんなに細かいのを描いているはずなのにすごいスピードね…
というか結構複雑そうなのに覚えてるのかしら?」
シャルティアが感心して言葉をこぼすが、集中しているのか特に反応せずに次の作業に移っていった。
温度調節用の銀盤は2種類あり、温度変化の銀盤が水道と同じ大きさで、出力調整の銀盤が直径2cmくらいの大きさだった。
温度変化の魔導陣は水道と同じように描いていったが、よく見ると一部に2cmの大きめの円が描かれていたためそこに出力調整用の銀盤を重ねて回路とするのだろう。
次の銀盤作成に取り掛かるとなった時にユリスは裁縫に使うようなサイズの針を取り出した。
どうやら専用の魔力ペンのようだ。
「うわ…あれは細かすぎでしょ。
え?これ一般の職人もできるレベルなの?
簡単って言ってたけどユーくんの技量がかなりすごいレベルなだけなんじゃ…」
「分からないわね。後でディランに聞いてみないとね。
もし厳しいならその解決案を考えないといけないわ」
ユリスのしている作業内容を見てシエラが普及への懸念を示すと、それにシャルティアも同意をする。
「ふう…よし、出来た。
次はこれを合わせてから水道に固定してっと…カバーはないから剥き出しだけどこれでいいかな。
出来ましたけど、どこで使用しますか?」
「もう出来たの?
まだ1時間もたってないけど、このくらいで出来るものなのかしら…?
設置する場所は本来お風呂場だけど…ディランを呼ばなくちゃね。
シエラちゃん、マリーに頼んできてくれるかしら?多分自室待機してるからすぐ来ると思うし、場所はここでいいわ。
そういえばユリスちゃん、ここの水道に温度調整って付けられるのかしら?」
「あ、そういえばそうでしたね。
なら温度調整器はこっちに取り付けておきましょうか」
一旦温度調節器を取り外してから調理場の水道に合うように固定していき、シエラが戻ってきた段階で取り付けが完了する。
「これで大丈夫なはずです。
原理としてはこの銀盤の効果範囲の流水の温度を変化させるというもので、こっちの小さい銀盤を回す事で調節できます。
こんな感じで…うん、大丈夫そうですね。」
銀盤を重ねただけなのに軸を通したようにずれることなく回転する。
どうやら両方の盤の中心に描かれている魔導陣が軸の代わりをしているようだ。
「あら!本当に温かくなってるわ!
これだけ取り付けも簡単で既存の水道にも取り付け可能となると、値段次第では普及は一瞬でしょうね」
「わ!水道でこの温度がでるなら食器洗いとか楽になりそう」
温水に触れながらはしゃいでいるシャルティアとシエラとそれを注意深く見守るユリス。
ある程度堪能したところでシャルティアから質問が挙がる。
「心配そうに見ていたけど、この魔道具って使用時の注意事項は何かあるのかしら?」
「そうですね…今は銀盤が剥き出しの状態ですが、効果範囲が銀盤の裏側5cmとなっているので、念のためその範囲に体が入らないようなカバーを作る必要があると思います。
流水を指定してはいますが、動作不良や破損で万が一体内の温度を上げてしまったら一大事ですから」
(60度の血液とか一瞬で脳がダメになりそうだな。あ、でもHPが減るだけで済むか?)
「効果範囲を狭くする事は出来るの?」
「今回の場合、効果範囲は基本的に盤のサイズに比例するので現在の水道の技術レベルではこれくらいになるかと。
狭くするのも出来ない訳ではありませんが、方法が小さい盤を何枚も重ねて1つの回路にするやり方なので、重ねた時に各魔導陣がずれないようにするために要求される精度が段違いに上がります。さらに銀では性能不足になるので、価格も上がることになりますね。
新しい魔導陣や回路を考案すれば解決しますが、師匠のレシピをまだ使用しているということはその方向での研究は進んでいないのでしょうし」
(身内という訳でもないのにそこまで面倒をみる義理はないしな)
シャルティアの要望に対して、ユリスはあくまでも普及している魔道具のレベルとあまり変わらないものをと薦める。
「そう…これがベストなのね。
さっきシエラちゃんと話していたんだけどね。見ていてかなり細かい作業だったように思ったから、今回の作業でも一般の職人にもできるレベルなのか気になっていたのよ」
「正直なところ、王都の職人のレベルが分からないので何ともいえません。私は師匠のところで3歳から修行していましたので、通常とは感覚が少し違うかもしれないんですよね。
ただ、現在普及している空調やコンロなどの魔道具から流用した部分を多くしているので何とかなるとは思っています」
(というかコピペが大半なこれに手も足もでないレベルなら、そいつは魔道具作成に向いてないからやめたほうがいい)
ユリスの能力はチートとユニークスキルも相まって常人からはかけ離れているため、一般には無理なレベルがよく分からないのだろう。
そのため、今回の依頼でも他の魔道具から一部を流用して組み合わせた魔導回路を作成している。
「流用ってことは一般の職人でもあのレベルを作っているんだ…」
「小さい盤はちょっと難易度上がるけどね。
ただ今回の場合は調整時に回転する部分だから、位置関係さえしっかりしていれば多少歪んだりしていても機能はするはずだよ。調整の精度は落ちるけど」
説明をしているとディランが部屋に入ってくる。
「すまない、待たせたかな?
おや、もう水道への取り付けは出来たんだね」
そう言って取り付けられた温度調整器を確認する。
「ふむ、どうやら既存の技術レベルからそこまで高くはなっていないようだね。水量増加の方もそんなに変わらないな…
この小さいやつは専用の器具を作成する必要はありそうだけど…全体的に内容自体は難しくはないし、まあ問題はなさそうだね」
「これで問題ないんだ…
王都の職人って器用だったのね…」
ディランの感想を聞き、自分には到底無理だと考えていたシエラから驚きの声が挙がる。
「はは、魔導陣を使わない人間からしたら細かすぎてよく分からないかもしれないね。既存のを学ぶ人は居ても研究を大真面目にやっている人は私くらいしか居ないし。
さて、次は風呂場の方で実験かな?」
「ええ、そうよ♪
それじゃあ行きましょうか」
よっぽど楽しみにしていたのか、シャルティアが自分で先導して風呂場に向かっていく。
ユリスが作成した湯沸かし器(蛇口)を浴槽の上に持った状態で起動すると、結構な勢いでお湯が注がれていく。そして5分程度で大人1人が入れる浴槽が一杯になった。
「ちなみに、今回の魔道具なんですがコストを削減するために、温度変化させた水を出す機能しか付けていません。
冷めたお湯を温めなおすことは出来ないので、温かい状態に保ちたい場合は別の魔道具を作る必要があります」
「ああ、そんな話もしていたね。でも5分でこのくらいのお湯が張れるなら、張り直せばいいだけだし大丈夫だろう。
魔石の値段もそこまで高いというものではないしね。
ちなみに、この湯量で1回だとするとその『魔石(小)』で何回くらい使えそうかな?」
「んー…そうですね。
おそらく残量から見るに水道は30回前後で交換って感じになりそうですね。改良すれば効率は上がりますが難易度も上がりますし。
温度調整の方は正直見てもよくわかりませんが確実に100回は保つでしょう」
「なるほど。
確かに他のものよりも消費は激しいけど、それくらいなら負担もそこまで大きくはないだろう。
よく分かったよ。後で詳しい設計図を見せてもらえるかな?」
「ねえユリスちゃん?
これってこのまま使っていいの?」
シャルティアが期待した目でユリスに問いかけてくる。
「はい、使うだけなら問題ないですよ。
ただ、先ほども言いましたがカバーは早めに作った方がいいでしょう。
それと5分間手で持ち続けるのも結構大変ですので、浴槽の上か縁に固定できるような工夫もあった方がいいかもしれません」
(結構勢いがあったから腕が持っていかれないように力を入れ続ける必要があって腕が疲れるしな)
「それもそうね。取付けはもう少し我慢しましょうか。
だけど、今日はこのまま入るから私は一旦ここで失礼するわね♪
あ、細かい仕様についてはわたしも確認するからね。
フィリス、手伝ってちょうだい」
そう言ってユリス達を追い出してしまった。
最後の言葉から後で戻ってくるつもりのようだったので、仕方なく応接室に戻って待つことになったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます