第18話 サラの伝説

「師匠が絶大な功績をあげた…ですか?」


(サラは一体何をしてきたんだ?

 自分の修行でいっぱいだったし聞いてなかったな)


ユリスは改めて振り返ってみると、自分が拾われる前にサラが何をやっていたのか全くと言っていいほど知らなかった。


「ああ、彼女の伝説は数多くあるが1番は魔石型の魔道具を世に広めたことだろう」


魔石型とは魔力を充填させた魔石をセットする事で誰でも使えるようにした魔道具…いわば電池式の機械である。


「それまでは起動が容易な魔石型の魔道具はダンジョンからしか手に入らず数が限られていた。

 当然価値が高いからそれらは貴族や商会主などが独占して使用していたんだ。

 それ以外の魔道具は起動に多くの魔力が必要だからそちらも使用できる人が限られる」

「なるほど、平民のほとんどは使用できなかった訳ですね」

「そう。そして、そんな状況を変えたのがサラなんだ。

 彼女はダンジョン産魔道具の解析に成功し、魔石型の魔道具を作り始めた。

 現在に至るまで解析できたのは彼女だけだ。

 しかも戦闘用のものは一切作ろうとせず、生活魔道具のみを作り続けていたんだよ。おそらく一部の人間だけでなく全ての人が使うようなものを目指していたんだろう。

 さらにある程度作ったところで、その知識を無償で提供し始めたんだ」


(多分、文明発展の促進が目的かな?無償提供については途中で1人で作り続けるのが面倒になったんだろうな)


「それで一般にも魔道具が行き渡るようになったんですね」

「ああ、今王都で使用されている空調や水道、時計、コンロに水洗トイレまでサラの設計図を元に作られているんだ。

 しかも設計図が無償のため技術料も比較的安く、使用する素材も安価なものが多いために魔道具自体の価格は平民でも手が出るレベルになっている。

 最近は鉱石の価格高騰のせいで高くなってきてはいるけど、一回買ってしまえば壊れるまでは魔石代だけで済むしね」


ここでも鉱石の高騰が効いているようだが、それでも事業主の努力のおかげで買えなくはないレベルになっているらしい。


(へー、ファンタジー世界の割には設備水準が高めだと思ってたがサラの仕業だったか。

 でも微妙にどれも改善の余地があるんだよな)


「サラの伝説はまだある。

 王都近くで複数のスタンピードが突然発生した『大災害』と呼ばれる事件があったんだけど、騎士団の手が回らなくなってきた時にたまたま居合わせていたサラが善意から1人で複数箇所のスタンピードを止めてしまったんだ。

 どうやら高威力の魔法を駆使して瞬く間にダンジョンを制圧したらしい」

「ああ、それは少し聞いた事が有りましたね。素材集めって言ってましたけど…」


(大災害ねぇ…スタンピードの同時複数発生とかほぼ確実に人為的だろうな。サラが居合わせたのはヴェルの指示だろうし…って事は何か?僕もそのうち似たような事をやらされるのか?)


いくつかの伝説を聞くが、サラをよく知るユリスには本人が大した事してないと言う様が目に浮かび何とも言えない表情になってしまう。自分の役目の事も思い出したが故に余計である。


「その功績もあって陞爵されるという話になったんだけど、本人が固辞してね。

 ただ何もしないというのはあり得ないということで、せめてもの褒美にと家名を持つことは了承してもらったんだ。ちなみにそれが工房の名前になったようだけど受け継ぐ人が居なくて潰れたようだね。

 当時の王族…と言っても先々代だけど、随分と頭を悩ませたようだよ。何を提示してもいらないの一点張りだったそうだから」


暗にユリスへ褒美をしっかりと受け取れと言っているのだろう。

その時のディランの目はしっかりとユリスを見据えていた。


「ただ、ここからが問題だった。

 とある貴族が私欲に駆られて、サラへ専属の職人になるように何度も言い寄ったらしい。

 もちろん断っていたそうだが、それによって貴族は素材の買い占めなどで嫌がらせを始めたようなんだ。多分、工房を立ち行かなくさせれば自分のところの来るとでも思っていたんだろう。

 だが、結果は知っての通りサラが選んだのは失踪だった」

「まあ師匠は事あるごとに、自分の本質は職人ではなく研究者だと言っていましたからね。

 注文が入れば同じものをいくつも作らなくてはいけない工房は辞めたくなったのでしょう。おそらくちょうどいい口実ができたくらいにしか思っていなかったと思います。まあ、貴族以外にも厄介な人物が居たとも聞いてはいますが」

「そう…なのか」


どうやら王族が過剰に職人として持ち上げたせいで彼女の意にそぐわない結果になっていたのだと知り、ショックを受けているようだ。


「…そこからは足取りが全く掴めず、いつしか歴史上の伝説の人として扱われるようになったんだ」

「そんな中弟子を名乗る人物が現れたと…胡散臭いですね」

「自分で言っちゃうんだ…」


(本人の偽物も含めて多かったんだろうな)


「まあ言ってしまえばそうだね。本人なら姿を知っている人も少ないながら生きてはいるけど弟子となるとね…

 世に出回っていない画期的な魔道具でも作れるとかなら、それで証明ということにはできると思うんだけどね」

「画期的な魔道具ですか?

 師匠からは大体叩き込まれていますから色々作れますが…何かあるかな?」


(タルミからの輸送に難があるみたいだし、収納系か?

 いや、あまり一足飛びに発展させるのもなぁ…

 となると冷蔵庫みたいなやつなら…)


「魔道具……あっ!

 ユーくん!あれは?あのお風呂沸かすやつ!」


ユリスがなんの魔道具ならいいか悩んでいると、後ろからシエラの声があがった。

ユリスの家にあった全自動湯沸かし器が忘れられなかったようだ。


「え?あれでいいの?

 あれって結構簡単だし、さっき言ってた水道の亜種みたいな物だよ?」

「充分だよ!だってお風呂にお湯張るのって凄く大変なんだよ?それがスイッチ押すだけで10分とかからずにできるようになるんだから絶対みんな欲しがるって!」

「シエラちゃん、そんなものがあったの?

 それなら毎日入れるようになるかしら…今までは準備が大変だろうからって人と会う前日くらいしか頼まなかったのよね」


シエラの説明にシャルティアがすぐに食いつき、とても欲しそうにユリスを見つめ続ける。

その様子を見てディランが思案し始めた。


「ふむ…その魔道具の素材は簡単に手に入るものなのかい?」

「はい、基本は水道の魔道具と同じですから違うのは2点ですね。

 1つ目は水量を増やすのに出力の増加…これは水道の回路に修正を加えるだけで大丈夫です。当然ですが出力を上げる分魔石の消耗が激しくなります。

 2つ目は温度調整のための装置の追加…これは水道の口にくっつける物なのでそこまで大きくはないのですが、火属性魔力への変換と出力の調整を両方行う関係で、どうしても銀以上の魔力親和性が高い金属で制御盤と操作盤を作る必要がありますね。といっても合わせて10g位の量で足りますが」

「え、そんなものなのかい?

 それなら鉱石の高騰がネックではあるが何とかなりそうだ。

 ちなみに温度で出力の調整が必要なのは何故だい?一定の温度を保つだけなら別に必要なさそうだけど。」


具体的な説明を聞いたディランからの質問にユリスは目を逸らし、少し言いづらそうにしながら答える。


「えーっと…ほら、運動後とか暑い時ってぬるめの水の方が気持ちいいじゃないですか。でも上がる時は温まった状態でいたいじゃないですか。…そういうことです、はい。

 おっしゃる通り一定温度のお湯にするだけなら、属性変換だけなので銅で十分です」

「あらあら、ユリスちゃんったらそんな贅沢なことをしてたのね。

 でも人によって好みの温度は違うから製品化するなら調整できた方がいいのは確かね」

「確かに自身で調整できないとなると熱かったら水を追加する等の手間が増えるので少し不便になりそうですね」


見かねたシャルティアがフォローを入れ、そのままディランと今後の展開について議論を続ける。


「それに温度調節器だけでも、今普及している水道のアタッチメントとして販売できそうじゃない?

 冬場の水仕事とか楽になりそうよ?」

「既存のものにつけるなら固定する構造を考える必要はありそうですが、確かに需要は高そうですね。

 そしてこの機能の魔道具を作っているところは私の知る限りでは在りません。

 後で専門家に確認はしてみますが、そもそも新しい魔道具が開発されたなんて話自体聞かないので、弟子の証明としては十分過ぎるくらいでしょう」


最終的な結論として湯沸かし器を作れれば弟子としては認められるようだ。ユリス的には内心そんなレベルで認めていいの?と拍子抜けしているが、言ったら呆れられるか他に追加されるか、とにかく自身にとって不都合な展開にしかなりそうにないので意見を求められるまで絶対に口を開かない。

そもそも師匠であるサラが世界最高の魔道具職人なのだ。そんな人物から数年前には後継として認められている上に前世の記憶で生活家電の知識を有するユリスは既に生活魔道具の分野ではサラを超えている可能性すらあるのだが、本人にその自覚はない。


「とりあえず材料は用意するから後で作ってもらえるかな?

 場所は「もちろんここよね?」…はい。母様の指示する場所に取り付けて欲しい。

 母様、取り付けたら起動する時は私も立ち会いますからね」

「それくらい構わないわよ。その時は連絡するわ」

「お願いしますね。

 その魔道具と設計図を見て問題なさそうなら、保護者としてサラを登録できるだろうけど…君の家名をどうするかだね」

「家名を名乗れるのですか?」

「ああ、確か彼女の家名は子に継がせることが出来たはずだよ。

 だから親として届けるなら名乗ること自体は問題ないのだけど、面倒な貴族がいるからなぁ…知ったら確実に絡みに行きそうなのが1人ね」

「アレ以外の貴族は馬鹿じゃないし、表だって引き抜こうとしたりはしないから、私たちがバックにいることを匂わせるだけで引き下がってくれるだろうけど…アレはね」


(散々な言いようだな。

 王族2人から嫌われているってよっぽどだな)


王妃として言葉には気を付けている筈のシャルティアがアレだの馬鹿だの言うのだから相当やばいのがいるのだろう。


「まあ好きにしてくれて構わないけど、そういったリスクがある事は承知しておいてくれ。こちらでも簡単には気付かれないように細工はするけど絶対ではないからね。継ぐ場合でも公言はしないほうがいいよ」

「分かりました。

 家名については継げられるなら継ぎますが、普段は家名なしで通そうと思います」

「うん、それがいいと思うよ」


こうして、ユリスは招かれた王城で何故か湯沸かし器を作成する事になるのであった。

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