第15話 王城へ

「ユーくん、来たよー」

「シエラ、おはよ。準備はできてるよ」

「うん、おはよう。それじゃあ早速行こうか。

 あ、やっぱりちょっと待ってて。

 ハンナさーん、ユーくんの部屋なんだけど戻ってこなくてもとりあえず10日間は空けておいてもらえる?追加で延長する場合は私かフィリスかマリーが言いに来るから」

「別に構わないけど…その面子が世話するってことはそういうことなんだね?」

「え?ああ、ご褒美もらいにいくだけだから心配ないよ?

 気に入られちゃったら滞在期間が伸びるだけで、何もなければ数日で終わるから」

「そうかい。まあ私は口を出せる立場じゃないしね。

 とりあえずわかったよ」

「お願いねー

 お待たせ、今度こそ行こっか」


そうして2人は王城に向けて出発する。


「それでさっきのは?」


(なんか若干心配されてる風だったが。

 それに10日もかかるのか?)


「今のところは素材のお礼だけなんだけどねー…

 滞在中に薬の効果が出たり、それとは別に気に入られちゃったりすると滞在期間が伸びる可能性が高くなるんだよね。

 さっきのはその保険。いざ戻ってみたら部屋がないっていうのは嫌でしょ?」

「まあ確かに」


シエラは重要なところをぼかしつつも説明をする。

そうこうしている間に昨日の服屋の前に着くとシエラに店内へ連れて行かれてしまった。


「テイラー、昨日頼んだやつお願いね」

「はい、かしこまりました。

 ではユリス様こちらにどうぞ」

「え?……ああ、そういうことか。

 それならこれでお願いします」


(確かに王城へ行くなら専門家に任せた方がいいか。

 とりあえず会うのは王族だけだし、身体変化も解いておこう)


30分後、そこには身体変化を解いた状態で髪型から服装までばっちり決まったユリスがいた。


「お待たせー」

「やっぱりユーくんはそっちの色の方がかっこいいわね♪

 テイラーも流石の腕前ね」

「ほっほ、シエラお嬢様のお気に召したようで幸いにございます」

「ええ、とても気に入ったわ。

 それじゃ、また何かあったらよろしくね」

「はい、またのご利用をお待ちしております」


そうして寄り道も終わり、王城の城門前に到着する。

ユリスは持ち物や素性の検査があるのかと思っていたが、衛兵とシエラが少し会話しただけでほとんど素通りだった。


「随分と簡単に入れたね?」

「多分事前に指示があったんだろうね、私が連れてきた人はすぐに通せって。

 あ、ユーくん。ここから合図を出すまで気配を消すことってできる?もし面倒な貴族に見られると絡まれそうだからね」

「ん、わかった。…これでいい?」

「…ごめん、私も声かけられるまで見失っちゃったわ。

 そういえば隠密を持ってたんだっけ。目を逸らしたらまた分からなくなるしどうしようか……ふぁ!?」

「じゃあこれで。案内お願いね?」


そう言ってユリスはシエラの手を握ると悪戯が成功したと言わんばかりに楽しそうに案内を促す。


「え?あ……うん。…こっち」


普段抱きついたりしていたシエラもユリスから手を握ってくるとは思ってなかったようで、今の状況に恥ずかしくなったのか語彙力が低下してしまっている。

そして静かに歩き続け、再度門をくぐるとシエラから合図があった。


「ユーくん、もういいよ」

「はーい、それにしてもまた門があるの?随分厳重というか」

「さっきの場所は文官が働いている場所で貴族とかの出入りも多いところなの。

 この場所は内宮って呼ばれてて基本的に仕事とかで許可を貰った人しか入れないんだ。王族が執務をしている場所でもあるね。

 ちなみにここには王族が生活していて本人から直接許可を貰えないと入れない各王族の離宮っていう所があるんだけど、今日の目的地はそこね。」

「…へ?いや今許可が必要って「貰ってるよ?」……

 ちなみに泊まるのって…」

「うん、第2王妃シャルティア様の離宮にある客室だね」

「………」


(王妃の生活している場所に泊まるって…

 いや、それ警備的に…というか風評とかも大丈夫なのか?)


ユリスは普通の客室あたりを想像していたため、まさかの王族の生活域かつ第2王妃の離宮に泊まることになっていたとは夢にも思わず絶句してしまう。

そうしている間に離宮に到着し、客室に案内される。


「それじゃあ、部屋を出なければ大丈夫だから、好きにゆっくりしてていいよ。

 私はシャルティア様に到着の報告をしてくるからね」

「うん…わかったよ」


ユリスが部屋でしばらく寛いでいると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

そして、返事をするとドレスを着た女性と騎士の格好をした女性2人が入ってきた。


「失礼するわね。

 あなたが提供者さんかしら?」

「え〜と…」


(状況的にこの人が王妃様だよな…多分。

 でももし違ってたら迂闊に情報を渡すのもあれだし…)


「シエラが持ってきた素材の提供者という意味でしたらそうですね」


とりあえず失礼かとは思いつつも少しぼかして返答する。


「あら♪シエラですって!

 フィリス、マリー、呼び捨てよ呼び捨て!

 あの子が男性にそれを許すなんて!」

「そうですね、前に言い寄ろうとして迂闊に呼んだ者なんて殺気を込めて睨まれてましたし珍しいですね」

「ん、あれは横に居るだけで怖かった」


予想外のところに食いついた上、急に3人の雰囲気が変わった。それはまるで恋愛話に花を咲かせる女学生達のようだった。

そしてようやくユリスはシエラを呼び捨てにしていたことに気づくのであった。


「…えーと?」


(そういえば初めはさん付けしてたよな。なんで変えたんだっけ?)


「ああ、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。

 私はシャルティア・フォート・セラーティ、この国の第2王妃よ。

 それでこっちの薄緑色の髪をした子がフィリス、赤い髪の猫獣人の子がマリーよ。

 よろしくね」


3人の自己紹介を受け、慌ててユリスも名乗る。


「失礼致しました。私はユリスと申します。

 月光蘭の提供者としてこちらに参りました。

 どうぞよろしくお願いいたします」


(シエラが報告しに行っているはずなのになんでここにいるんだろうか)


ユリスは自己紹介のついでに先ほどの質問に回答し直すことにした。


「!…あら、外見は子供なのにちゃんとしているのね。

 まあそれはいいとして、あなたからシエラのことを聞きたいわね。

 何かあの子のことで困ったことはない?

 今ならあの子はいないからなんでも言ってちょうだい」


シャルティアのあまりの迫力につい白状してしまう。

森で手に入れた紋章のこと。

野営での一幕から抱き枕にされていたこと。

それから日中でもよく抱きつかれること。

事あるごとに誘惑されること。

などなど、ユリスは言いながら改めてよく理性が保っているものだと感心する。


「まあ、そんな事があったのならあの子がアプローチするのも仕方ないわね。

 というかあなた、あの子の好意に気づいていてスルーしてるの?」


野営での一件を聞き、シャルティアはシエラの言動に納得するも今度はユリスを問い詰めるかのように変化する。


(これは……下手なことを言ったら終わるな。

 まあ取り繕ってもしょうがないし正直に答えるか)


「ええ、まあ…私はまだ子供ですし、身分的にも経済的にも自立安定しているとは言えませんからね。

 流石にそんな責任を負うことができない状態で好意に応えることは私にはできません」

「そう…なるほどね…(そういうタイプの子なのね)

 わかったわ、あなたなら大丈夫そうね。

 それでシエラちゃんのことなんだけどね、実はあの子の恋愛観?っていうのかな、それがかなり変わってるのよね。

 なんでも……………だから、もしシエラちゃんを娶るなら別の好きな人を正妻として先に迎えた方が喜ぶでしょうね」

「えぇー…」


ユリスは聞かされた予想外の情報に頭を抱えるも、今考えても仕方ないとこの場でも結論を先延ばしにする。

そうしてしばらく雑談しているとドアをノックしてから開ける音が聞こえてきた。


「ユーくん、遅くなってごめんねー

 シャルティア様が見つからなくて……あれ?ティア様?」

「あら、シエラちゃん♪遅かったわね」

「いやいや、なんでここにいるんですか。

 かなり探し回りましたよ…」

「待ちきれなくてね、先に色々お話しさせていただいてるわ。

 にしても…『ユーくん』ねぇ……♪」

「なんですか、その何か言いたげな目は」

「ううん、何でもないわ。

 シエラちゃんの幸せそうな姿が見れて良かったと思っただけよ。

 さて、ユリスくん。そろそろ本題に入りましょうかね」


ユリスはその言葉を聞いて佇まいを正す。


「分かりました」

「そんなに畏まらなくてもいいわよ。

 あなたから頂いた月光蘭だけど、既に薬の調合が成功して娘には投与済みよ。

 まだ経過観察の最中だけど明らかによくなってきてるそうよ。

 あなたのおかげで娘は一命を取り留める事ができたの。本当にありがとう」

「いえ、皆さんが諦めずに手を尽くしてきた結果でしょう。私はたまたま素材を持っていただけに過ぎません」


(よくなってるのか。

 なら正常化薬は使わなくても良さそうだな)


「ふふ、あなたならそんな感じのことを言う気はしていたけどね。でも、それではこちらの気が済まないからちゃんと歓待は受けてもらうわ。

 もちろん褒賞も受け取って貰うからね」


ユリスの謙遜に対して、そうはいかないとシャルティアが畳み掛けてくるがシエラの助け船によって話題が変わっていく。


「ティア様、薬が完成したということは献上の話も進むのでしょうか?」

「ええ。そうね、その話をしましょうか。

 まず、物が物だから謁見の間で正式に執り行われることになったわ。日程は明後日ね」

「明後日ですか…随分急ですね。

 作法などもわからないのですが、大丈夫でしょうか?」


(ぶっつけ本番とか勘弁してくれよ…)


ユリスは謁見など初めてのことなので少し不安なようだ。


「謁見の手順については明日陽が落ちて、王城で勤務する文官や貴族が帰ってから実際の場所で説明するわ」

「はい、ありがとうございます」

「それと、ジルバとディラン…国王と第2王子ね、2人が話をしたいそうだから謁見の後はこの部屋じゃなくて一旦応接室に来てもらう流れになるわね」

「…そうですか、分かりました」


(別の部屋で直接か…ここの王族って随分フットワークが軽いんだな。というか何か引っかかるような…?)


ユリスはまさか直接話をすることになるとは思っていなかったため、少し驚くが今の状況とそう変わらないことに思い至る。これまでの話の中に引っかかる点があったような気がしたが何かまでは分からず、王妃の前ということもあって気にしない事にしたようだ。


「そんな感じの予定だから最低でも3日は王城に泊まってもらうことになるわね。

 その間のお世話はシエラちゃんにしてもらうからよろしくね」

「はい、お任せください」

「さてと、あまり長くいても迷惑だろうしそろそろ戻りましょうか」


王妃が退出していった後、ユリスは王城でシエラにお世話をされながら1日を過ごし、翌日はシエラに教わりながら謁見の作法の確認をしたのであった。

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