第14話 登城の準備

ユリスが食堂で朝食を摂っていると、その時は突然やってきた。


「あら、シエラじゃない…ってちょっとどこいくの?」


何かミーナの慌てる声が聞こえたような気がしたが、ユリスは自分には関係ないだろうと今日の予定を立てていた。


「ユーくん♪おっはよー!」


するとシエラが挨拶をしながら後ろからユリスを抱き締める。


「ん…シエラ?おはよう。

 報告は終わったの?というかよく分かったね」

「!…うん、まあ途中なんだけど…その辺の話は部屋でするね」

「途中…?」


(報告が終わってから来るって言ってたはずだが、何か問題が起きたのか?)


ユリスは背後から伝わる柔らかい感触に対する動揺を隠すためにポーカーフェイスを心がけていたのだが、返ってきた曖昧な返答にどういうことかと怪訝な表情を浮かべてしまう。

気になって内容を聞こうとするが、ちょうどそこへミーナが到着する。


「ちょっとシエラ!無視しないでよ!」

「あ、ごめんミーナ。ユーくんが見えたからつい…」

「あなたが大っぴらにそんな風になるなんて相当ね…

 まあいいわ、それで朝食は食べるの?」

「ううん、食べてきたからいらないわ。

 あ、でもアルルジュースだけ貰えるかしら。部屋で飲むからコップは後で返すわ」

「分かったわ、ちょっと待ってなさい」


普通の口調で注文をとったミーナはキッチンの奥に立ち去っていく。

どうやらこの後の予定は決まってしまったようだ。

そしてやはりミーナの口調は接客用に作ったもののようだ。


「それでシエラ?いつまで抱きついてるの?

 それにユーくんって何?」


(この態勢はまずいな…流石に周りの視線が痛い)


「んー…補充が終わるまで?それとユリスくんだからユーくん、いいでしょ?

 あ、後ろからが嫌だったら言ってね。前に移動するから」

「いや…もうそのままでいいよ…」


(さらに状況が悪化するじゃないか!視線に殺意が篭り始めてるぞ。それに…前からは流石に理性が持ちそうにない。

 ……ミーナ早く来てくれないかな…)


どうやらユリスはシエラを呼び捨てにしていることに気づいていないようだが、シエラもそのままがいいのでわざわざ指摘はしない。

ユリスはやけに機嫌のいいシエラからの誘惑に耐えながらミーナが来るのを待つ。

もっとも、ミーナが来たとしても部屋に移動するので特に状況が変化するわけではないことをすぐに知ることになるが。むしろ人目が無いところへ移動するという行動により周囲から感じる嫉妬の感情を含め、事態が悪化する可能性すらある。


「シエラー、お待たせーってまだ抱きついてるの?

 このままだと営業の邪魔だからさっさとユリスくんの部屋にでも行ってなさい」


そう言って、ミーナは2人を食堂から追い出してしまう。

仕方ないのでユリスはシエラを伴って部屋へ向かう。


「さて、とりあえず状況を教えて?」

「ん、分かったわ。

 それにしてもユーくんイメチェンした?」

「今更!?

 なんか街で目立ってたみたいだから偽装してるんだ。そういう種族スキルもあったし。

 ってそんなことはいいから、ほ・う・こ・く!」


(シエラは一体何を見て僕だと判断したんだ?)


「ああ、ごめんごめん。

 構築盤の献上なんだけどね、なんか月光蘭の薬が出来てからって事になったからまだかかりそうなんだ。

 ただ、月光蘭の提供者ってことでお礼はしたいから明日王城に来て欲しいって」

「え、明日?ずいぶん急だね。

 僕王城に着ていけそうなちゃんとした服なんて持ってないんだけど?

 というか月光蘭の依頼人って王城関係者だったんだ?」


(よく考えたら報告に行ってるし当たり前だったか)


「うん、そういえば言ってなかったわね。

 本人には内緒だったから依頼人ではないんだけど、必要としていたのは第2王妃のシャルティア様だよ。

 娘のカレン第4王女の命を救うために必要だったの。

 多分シャルティア様には明日会うことになるから覚えておいてね」


ユリスは初めて知る事実にかなり驚く。

そしてサラから受け継いだ薬のレシピという知識を有するが故に、平和そうに見えた王都にかなりの大事件があったのだとさらに驚嘆する。


「え…王族?というかそんな大事だったのか?」


(ってことは既に王族相手に恩を売っている状態なのか?…ふむ、後ろ盾があった方が何かといいだろうしまあいいか。

 というか構築盤を献上するならもう目立たないようにするのは無理っぽいし、細かいことは気にせずに動いた方がいいかな?)


「まあ、分かったよ。

 にしても王女様が毒で死にかけるなんてよっぽどの事件があったんだね」

「……え?毒…?」

「え?うん。

 月光蘭の花びらは弱い病気には効くらしいけど、命に関わるような重い病気を直せるほどの薬効にはならないし、葉っぱは兎獣人専用の強力な万能解毒薬の材料でしょ?違った?」


(もしかして他にも似たようなレシピがあるのか?

 確かにこの世界全部のレシピを知っている訳でもないし、用途が1つしか無いっていうのは不思議ではあったが)


「ううん、私は王城の文献で存在を知ってただそれが兎獣人に効く薬になるとしか知らなかったから」

「そっか、なら重篤な病気な可能性もあるのか…

 その場合できた薬が解毒薬だと効かないんだよね」

「そうなのね…

 …ねえユーくん、こんなことあまり言いたくないけど何か病気を治すもの持ってたりしない?」


どうやらシエラはというか王城は月光蘭から作る薬の正確な効能を知らないようだ。


「うーん……まあシエラにならいいか…?

 …よし。はい、これ」

「これは?」

「これは『万能正常化薬』っていって、これなら怪我でも毒でも病でも体に不都合な要素を排除して正常に戻す魔法薬だよ。もし月光蘭の薬が効かなかったら使ってみて。

 後、流石にその薬は貴重だからね。そのまま持たせるわけにはいかないしこれも使って」


(材料も潤沢にある訳じゃないし、今まで成功したこともないから迂闊にチャレンジできないんだよなぁ…

 やっぱレシピアイテムが必要なのかなぁ?外傷用の以外はサラの手書きレシピだったし)


そう言ってユリスはその場で空のスキル石から作った収納のスキル石を渡す。

実はこの万能正常化薬は訓練の見本としてサラが作ったもので、未だにユリスは同じものを作ることができないため、ユリスにとっても貴重な薬なのだ。

ちなみに材料さえあれば外傷用の正常化薬は作ることができる。


「それは収納のスキル石だよ。

 使い方は分かるよね?スキルの使い方は後で教えるから」


(意味もなくあの薬が無くなったりなんかしたら発狂しそうだ)


「そんな貴重なもの……ううん、ユーくんありがとう。この恩は絶対に返すわ」


シエラは一旦は返そうとしたが、自分の頼みからくれたものだし拒否するのはあまりに失礼だろうと甘んじて受け取ることに。

そして絶対に恩に報いると決意を新たにする。また、それと同時に絶対に逃さないと気合も入れるのであった。



「さて、収納もできるようになったみたいだしちょっと外に出よっか?

 服を買いに行かないとね。どんなものがいいか分からないから選んでもらえると助かるんだけど」


(前世からそうだけど僕が選ぶと大抵無難なものに行き着くからな)


「そうね、確かにその服だと王城では浮くからね…

 なら、いい場所を知ってるからそこに行きましょうか」


そうしてシエラに連れられて服屋へ向かうが、その場所とはユリスがまだ足を踏み入れていない区画であった。


「ねえ、ここって確か貴族街じゃなかったっけ?

 平民だと入れないって聞いたんだけど大丈夫なの?」

「うん、ちゃんと目的があるなら問題ないよ。

 ただ、この辺の店ってメインの客層がお金持ちだから基本値段が高いんだ。だから平民で利用する人はほとんどいないし、目的もなくふらふら歩いてるだけだと怪しまれるからそういう認識の人が多いんじゃないかな。

 目的の店はここよ」


シエラに連れられてきた店は貴族街にふさわしい、見るからに高級そうな店であった。


「いらっしゃいませ、シエラお嬢様。

 本日はどのような服をお求めでしょうか?」

「今日はこの人の礼服が欲しいのよ。

 王城に着ていく服だからしっかりとお願いね」

「かしこまりました。

 ではお客様、採寸を致しますのでこちらにお越しいただけますか?」

「は、はい」


ユリスはこのレベルの高級店は前世も含めて初めてだったため、かなり緊張しながら店員についていく。

しばらくして、奥から礼装に身を包むユリスがやってきた。


「あら♪いいじゃない!よく似合ってるわよ」

「思ったより動きやすいし肌触りいいんだけど、これかなり高いんじゃないの?」


(鑑定しても知らない素材ばかりだから詳しくは分からないけど、絶対貴重なやつだよな)


「値段のことは気にしなくていいわ。ここの店はそこまで高くはないしね。

 それとテイラー、これもお願いね。支払いはいつものでよろしくね。

 それと全部持ち帰るから包んでもらえるかしら?」


「はい、かしこまりました。少々お待ちください」


シエラは持っていた服を追加して店員に渡す。

どうやら先ほどから対応している店員はテイラーというそうだ。

ユリスも元々着ていた服に着替えにいく。


「さっきのは?男ものだったみたいだけど」


(随分と手慣れてるな。

 お嬢様って言われてたしこの店ってシエラの家と関係あるのかな)


「あら、気になる?」

「え、まあ。やけに量が多かったし」

「(…この反応は手応えなしね)…あれはユーくんのよ。

 王城では何日か泊まってもらうことになるだろうからね。常に礼服なのもあれだし王城内での普段着用に楽そうなのを何着か追加しておいたわ」

「そっか、やっぱり普段着ているのは部屋の中でも王城ではダメかぁ…あれ楽でいいんだけどなぁ」

「まあ、王族の方々は気にしないとは思うんだけど何があるか分からないから一応ね」


そんな話をしている間に服の準備が終わったようで、テイラーがトランクを持ってくる。


「お待せ致しました。

 量が多かったのでトランクに入れさせていただきました。そちらはサービスとしてお持ち帰りください」

「あら、ありがとう。買いに行く手間が省けたわ。

 それじゃあ、ユーくん行きましょうか」

「うん。ありがとうございました」


外に出ると既に昼を大きく過ぎていたようで日が傾き始めていた。


「あれ?思ったより長くいたみたいね」

「そうだね、取りあえすそのトランクは仕舞いたいな。それか宿に置きにいくか」


(僕が持つには大きいしシエラに持たせっぱなしってのはな)


「そうねー…

 周りに人がいないとはいえ、どこから見られてるか分からないし宿に一旦戻ろっか。

 置いたら夕食には少し早いけどご飯でも食べに行きましょ」

「ん、分かった」


宿に戻りトランクを置いてきたのちに貴族街に戻ってくる。ちなみに中の服は収納済みである。


「ここの店が私のおすすめなんだ。

 あの宿も王都の中ではかなり美味しい方なんだけど、夜は当たりハズレが大きいしかなり騒がしくなるからちょっとね」


シエラはそう言って店に入って行く。

店員も慣れた感じの対応で、すんなりと個室に通されていく。注文も「いつもの」ですぐに完了してしまった。

個室は全体的に赤を基調としていて、中央に円卓テーブルが置かれた何処か見覚えのあるような内装だった。


「確かに朝食のパイは結構美味しかったな。

 夜は、まあうん…」


(メインはマシだったけど、他のはな…)


「そうなんだよねー…

 ミーナと学園で親友になった関係であの宿にも結構お世話になってるんだけど、初めはあそこも微妙だったんだよ?

 私が口を出してるうちに朝食で出してるパイのレベルは上がっていったんだよね」

「へー…あの宿の食事ってシエラが指導してたんだ。

 確かに前に作ってくれた料理は美味しかったな」

「ふふ、ありがと。

 王都は食材の種類も少ないし、現状の食事で充分っていう人が多いせいか料理人の中にも今より美味しくしようって思う人がほとんどいないのよ。一部に好奇心の塊みたいな人だったり向上心豊かな人達はいるけど、大体の王都民は保守的だからね」

「一部?」

「あー…好奇心の方は工房区の職人とかね。向上心の方は…歓楽街の人達よ」

「へー…でも客が保守的なら好奇心の向くままに作ってたら破産一直線だね…それで全体的に現状維持の空気が漂ってると」


ユリスは歓楽街の方をスルーして職人についてのみ言及する。


「そういう事。

 この店は数少ない例外でね。料理長の出身がタルミみたいなの。あそこは食材の種類が多すぎるせいで逆に料理人のチャレンジ精神旺盛で常に新しい料理が作り出されているからね。頻繁にメニューが入れ替わったりするわ」

「なるほど、タルミに比べて微妙な料理が多すぎるとは思ってたけどそういう理由があったんだ…

 うーん…やっぱり、自分で作った方がいいかな…?」


(まさか王都全体で食にあまり関心がなかったからだなんて…

 信じられん、美味しい食事は豊かな生活の基本だぞ)


「そこは私が作ってあげるわよ。いつでも作ってあげるって言ったでしょ?

 あ、料理が来たみたいね」


王都の食事事情について話をしていると頼んでいた料理が円卓の上に次々と運ばれてくる。

それらは前世で見た中華料理に似ており、予想外の料理にユリスの期待が膨らんでくる。


(まじか!ここまで中華料理まんまの見た目だなんて。

 やばい、香りもいいし、とにかく早く食べたい!)


「ねえ、もう食べていい?いいよね?」

「(ふふ、かわいい♪普段は大人びてるけどこういう姿は年相応でいいわね)

 ええ、いいわよ」

「やった!それじゃあいただきます!」


ユリスはまず餡のかかった卵焼きのような料理を食べてみる。

まず蟹の風味が一気に通り抜け、後から玉子がやって来る。味もそれぞれが濃厚だが、かかっている餡がさっぱりとした塩ベースなためいくらでも食べられてしまいそうである。

心から美味しいと言える料理に、ここ数日不満が溜まっていたユリスは思わず感動してしまう。


(やばい、美味すぎる。前世も含めて1番美味い蟹玉かもしれん。これは他の料理にも期待だな)


他の料理も水餃子、回鍋肉、麻婆茄子など見覚えのある料理ばかりだ。調味料が違うのか思い描いていた味ではなかったものの記憶にあるそれらを超えてくるくらいの味だった。

何よりも驚いたのは炒飯があったことだ。サラが残した食材に米はあったので、そこまで飢えていたわけではない。だが、あれらの食材はこの世界では知られていないもののようだった。そのため手持ちの分を使い切ってしまうと2度と手に入らない可能性があったのだ。

ここで米が世に出回っていると言う情報が得られたのはユリスにとって大きな収穫だった。


「はあ…美味しかった。

 この料理ってこの辺の食材で作れるのかな?」


(できることならストックしておきたいな)


「それはよかったわ。

 一部の調味料とか穀物類とか比較的保存が効くものはタルミから直接仕入れているみたいね。

 ただ、一般には卸してないみたいだからこの味が出せるのは王都ではこの店だけね」

「そっか…王都にいる間は定期的に食べにこよう」


(毎日だとありがたみが薄れるから、2、3週間に1度くらいがいいかな)


「そうするといいわ。私も一緒に行くからその時は教えてね」


少しゆっくりしてから店を後にする2人。その表情はとても満足げであった。


「さて…明日の予定だけど、同じくらいの時間に迎えに来るから朝食は食べて待っててね」

「わかった。

 服は王城で着替える感じでいい?」


(貴族街ならまだしもメイン通りであの服は絶対目立つ。隣にシエラもいることだし)


徒歩移動なのでユリスは宿から礼服を着て移動するのは遠慮したいようだ。


「王城で着替えられるから大丈夫よ。ただちゃんと今日買った服を着てね?

 それに着替える場合はトランクも持っていかなきゃね」

「了解。まあ、面倒だけどそのくらいは仕方ないかな。

 それじゃあ、おやすみー」

「ええ、おやすみなさい。

 また明日ね」


そう言って店の前で別れた2人は各々の帰路に着くのであった。

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