第13話 騎士の報告

―――sideシエラ


ユリスと別れたシエラは早速王城に戻り報告に向かう。

とある離宮の目的の部屋の前に着くと、そこには警備をしている同僚がいた。


「フィリス、マリー、今戻ったわ」

「あれ、シエラ?随分と早かったわね。

 それで首尾は?」


フィリスと呼ばれた薄緑色の髪をした女性がシエラに問いかける。

どうやらシエラの旅の目的については知っているようだ。


「ええ、ちゃんと見つけて来たわ。

 私の鑑定だと名前だけだけどちゃんと確認もしてあるわよ」


シエラは道中でユリスに頼んで鑑定のある紋章を一時的に宿して貰い、自分でも確認をしていたのであった。


「そう!

 それならこんなとこで話してる場合じゃないわね!

 陛下にはすぐに報告するの?」

「ええ、ティア様に報告してから予定を伺いに行こうと思ってるわ」

「なら、私が行く」


今まで黙っていた赤髪の女性がそう言ってどこかへ行ってしまった。


「もう、マリーったら気が早いんだから…

 ここの警備どうするのよ」

「まあまあ。

 マリーならそんなに時間もかからないと思うし、部屋の中とはいえ私もいるから大丈夫よ」


(私としては行ってくれた方が助かるしね)


「それでフィリス、部屋には入って大丈夫かしら?」

「ええ、シャルティア様も公務は終わっているし大丈夫じゃないかしら。

 ちょっと待っててね」


そう言ってドアをノックし、中の人物に伺いをたてると中から女性の声が聞こえる。


「シエラ、入ってもいいそうよ」

「ありがと。

 …失礼します。シエラ・ヴェルモットただいま戻りました」


シエラはノックをした後、部屋に入っていく。


「あらシエラちゃん、休みはもういいのかしら?」


そう声をかけて来た純白の兎獣人の女性こそシエラの仕える相手であり、この国の第2王妃であるシャルティア・フォート・セラーティであった。

シエラは休みを取って、その間に薬草を探しに行っていたようだ。


「いえ、まだ申請した分の休暇は継続中ですが王都には戻って来たのでそのご報告をしに参りました。

 残りの期間は王都で過ごす予定ですので何か御用があれば遠慮なくお呼びください」

「そう、分かったわ。

 それでいつまでその喋り方なのかしら?」


シャルティアはそう言ってシエラに微笑みかける。


「うぐ…はーい分かりました。

 それで、他にも報告があるんですがいいですか?」


シエラは仕方なく少し丁寧ではあるが素の口調に戻した。

王妃の笑顔には逆らえないのである。


「ええ、いいわよ」

「実は休みの間に魔の森に行っていたんですけど…」

「魔の森!?

 タルミの方に遊びに行くっていうから休みの許可を出したのに、なんでそんな危ないところに行ってるのよ!

 怪我でもしたらどうするの!そのまま死んでしまうかもしれないのよ!?」


(あちゃ〜…話す順番間違えた?月光蘭の名前を先に出せばよかったわね。

 こうなると長いからなんとか落ち着かせないと)


シャルティアはシエラが休みの間に危険を冒していたと聞き怒り始める。今でこそシエラは魔の森と呼ばれている場所が鋼樹の森という神造ダンジョンだと知っているが、王国では危険な天然ダンジョンという認識なのだ。

説明の順番を間違えたと後悔するが、なんとか宥めて話を進める。


「ティア様、落ち着いてくださいね。

 私はちゃんと無事に帰って来てますから」

「…そうね。

 ただ覚えておいてね?私にとってはあなたも娘の1人のようなものなんだから、ちゃんと幸せになってもらわなくては困るわ」

「ええ、分かってますよ。

 …報告が途中でしたね。魔の森に行った理由なんですけど…月光蘭を探すためです。そして、見つけました」

「月光蘭!本当に見つかったの!?」

「ええ、もちろんですよ。流石にこんな冗談は言いません。

 この後陛下へ報告しにいって、鑑定をして貰ってから調薬して貰う流れになるかと思います」

「ほんとうなのね?これでカレンは助かるのよね!?

 こうしてはいられないわ!今すぐジルバのところに行くわよ!…何かしら?」


そこに扉をノックする音が聞こえた。


「シャルティア様、陛下がシエラの報告をすぐに聞きたいとおっしゃっているのですが、よろしいでしょうか?」


どうやらマリーが戻って来たようでフィリスが報告をしてくる。


「ええ、構わないわ。

 ただ、私も一緒に行くからついて来てもらえるかしら?」

「承知いたしました」


(え?一緒にくるの?)


「それじゃあシエラちゃん、行きましょうか」

「あ、はい。

 その前に部屋に荷物を取りに行きますので少々お待ちいただけますか?」

「そうね…往復する時間も勿体無いし部屋まで私も一緒に行くわ」

「…え?」


(帰ってきてから鎧とか放り込んでそのままなんだけど……部屋の状態までは見られないよね?)


少々想定外な展開にはなったものの無事にシャルティアへの報告を終え、国王の執務室へ向かう。

途中、シエラの自室に寄ったが流石に部屋の中までは入って来なかった。


「ジルバ、シャルティアよ。

 シエラちゃんを連れて来たから入ってもいいかしら?」

「む…シャルティアも来たのか?

 まあ別に構わないから入ってくるといい」


シャルティアの呼びかけに応えたのは、この国の王ジルバ・フォート・セラーティである。

入室の許可が降りたのでシエラとシャルティアの2人で中に入っていく。


「さて、シエラだったな。何か重要な報告があるそうだがどうしたのだ?」

「はい、先日魔の森に出向き月光蘭を手に入れて参りましたので、そのご報告と鑑定をお願いしたく」

「何!?月光蘭だと?

 マイス!至急ディランを呼んできてくれ!」


ジルバは報告を聞くとすぐに外の騎士に人を呼びに行かせる。声色から緊急性が高いと判断した騎士は速やかに行動を開始した。


「そうか、それが本物ならカレンの病もようやく治るのか…!

 それでその月光蘭は…まさかシャルティアが持っているやつか?」


カレンと呼ばれている存在はシャルティアの娘であり、この国の第4王女でもある。

しかし、生まれつき病弱な上ここ数年は寝たきりのまま手の施しようがない状態になってしまっている。


「ええそうよ。

 とても大事なものだからね、私が預かっているわ」


シエラが月光蘭を取りに行った時、シャルティアが自分で運ぶと言ってきかなかったため仕方なく1本持たせることにしたのだ。

残りの分や構築盤などはシエラが別の袋に入れて持っている。


「父上、ディランです。お呼びでしょうか?」


すると、外から男性の声が聞こえてきて部屋の扉が開いた。

そこにいたのはこの国の第2王子であるディラン・フォート・セラーティであった。

急いできたためか少し息が上がっている。


「おおディラン、よく来てくれた。

 早速で悪いのだがシャルティアが持っている花を鑑定してくれないか?」

「…?はい、分かりました。

 これは…月光蘭と出てますね…まさか!?」

「ああそのまさかのようだ。

 そこのシエラが手に入れてくれたそうだ。

 それでディラン、すぐに薬は作れそうか?」

「ええ、この時のために可能な限り調べてあります。

 試練で手に入れた文献を全て解読できた訳ではありませんので、兎獣人用の特効薬であることとそのレシピしか分かりませんでしたが…

 月光蘭の葉から作る薬はそれしか記載がないようでしたし間違いないでしょう。

 しかし…分量的には1本分の葉で薬1回分です。

 万が一がありますし予備はあるのでしょうか?」


(ユリスくんから予備でもらってきておいてよかった…)


「発言をよろしいでしょうか」

「うむ、好きに発言して良いぞ」


シエラは発言の許可が出ると、持っている袋から残りの月光蘭を取り出した。


「こちらに4本分ございますのでお使いください」

「おお、そうか!

 ディラン、これで問題ないな?」

「はい、必ずや成功させてみせます!」

「あらあら、シエラちゃんったらまだそんなに隠し持ってたなんてね」


シャルティアから若干非難されているようだが、シエラは目を合わせないようにして話を進める。


「それと…他にもお渡ししたいものがあるのですがよろしいでしょうか?」

「おお、すまんな。

 それで渡したいものとは何だ?」

「はい。

 魔の森で手に入れたのですが、こちらになります」


そう言って『ダンジョン構築盤(森)』を取り出す。


「これは……なっ!!!

 ダンジョン構築盤だって!?」

「何っ!?ディラン!それは本当か?」

「はい、鑑定結果にそう出ています。

 つまり、魔の森は神造ダンジョンだったということになりますね…これはとてつもない情報ですよ」

「何と…!」

「2人とも〜…?

 そんなことはどうでもいいから早く薬を作って貰えないかしら?

 シエラちゃんもその報告は後にしてもらえる?」


(やっぱり魔物よりもティア様の方が怖いよ…)


騒ぐ2人にシャルティアが冷たい目を向けながら声をかける。あまりの恐怖にシエラはただ頷くことしかできないでいる。


「お、おおすまんな。

 ディラン、今から最優先で薬を作ってくれ。この話はその後だ。シエラも後日残りの報告を聞く。ひとまずその構築盤は我が預かっておこう。

 それで良いな?」

「そうですね、では早速始めますので失礼します」

「はっ!承知いたしました!」


(ディラン殿下逃げたわね…)


3人ともシャルティアの剣幕に怯えながら話を進めていき、ディランに至ってはさっさと退出してしまった。


「まったくもう…

 カレンの命がかかってるんだからちゃんとしなさいよね」

「そうだな。

 シャルティア、すまなかった」

「ティア様、申し訳ありませんでした」

「分かればいいのよ。

 それじゃジルバ、私達は離宮のほうに戻るわね。

 薬ができたら真っ先に教えてちょうだい」

「ああ、分かっている。

 シエラ、今回はご苦労だった。下がって良いぞ」

「はっ、失礼いたします」


そうして執務室を退出し、シャルティアの部屋へ戻っていく。



「シエラちゃん、本当にありがとうね。

 休暇はまだあるんだからしっかり休むのよ?」


シャルティアは涙目になりながらシエラを抱き締める。


(やっぱり無理をしてでも行ってよかった。

 いい出会いもあったしね)


「はい。

 ただ…陛下への報告が終わってないのですがどうしましょう?

 まだ渡す物も有りますし、人を待たせてるので早めに終わらせたかったんですけど…」

「あら♪待たせてる人って誰なの?」


(あ……まあティア様なら相談に乗ってくれるし話しちゃおうかな?)


シャルティアはシエラの言葉から恋愛話の可能性を嗅ぎつけ問いただす。

実のところシャルティアはその手の話が大好きで、よく護衛の女性達と花を咲かせているのだ。


「実は…月光蘭を譲ってくれた方なんです。

 さっきの構築盤もその方の持ち物なんですが、話をつけて何とか献上していただけることになったので、王都まで一緒に来てもらってるんですよ。陛下宛らしき手紙も預かっていますし」

「なんてことなの!

 ぜひその方にもお礼をして差し上げないと!

 でもそうね…さっきの感じだとダンジョンの話をすると薬の方が疎かになりそうだし…」


シャルティアは薬を優先させつつも何とか月光蘭の提供者へお礼ができないか考えているようだ。


「そうだわ!

 ジルバには月光蘭の提供者がいたから王城に招いて数日間歓待をしたいって事で頼んでおいてあげる。

 もしダメって言われたらこっちに連れてきて個人的にお礼するわ。

 まあ、どちらにせよまだ大々的には出来ないだろうけどね。日中出歩かないようにして貰えればおそらく数日間は王城に泊められるだろうし、その間に薬ができれば解決するわ!」

「え、ええ。なら明日の朝にそう伝えてきますね。

 いつ登城にするんですか?」


(子供とはいえ男性をティア様の離宮に入れることになるけど、大丈夫なのかしら?

 んー…もしかして私がずっとそばにいる口実になる?)


個人的にだとあらぬ誤解を受ける可能性はあるが、シエラは自分が一緒にいればいいだろうと思い直し、登城をいつにするか尋ねる。


「そうね〜…明日伝えて、明後日登城でいいんじゃない?

 ディランには持ち主から話が聞きたかったら早くするように言ってこようかしら。

 あ、その間のお世話はシエラちゃんにしてもらうから頑張りなさいね」


どうやらダンジョンの情報を餌にディランを急かすようだ。その上、シエラの考えはお見通しである。


「はい。…やっぱり分かりますか?」

「当たり前じゃない。

 大切な娘のことだもの、分かって当然よ。

 変な人じゃなければ応援するわ。あのシエラちゃんがちゃんと選んだ人だし大丈夫だとは思うけど、一応その辺も見るからね」

「色々と規格外な方ですけど、人柄は問題ありませんよ。

 私が色々やってるのに手を出すそぶりすら見せませんし…それどころか気にかけながらもちょっと雑に扱ってくれますし、実に理想的なお方です。

 ……しかも雰囲気と言動はカッコいいのにちっちゃくて可愛いんですよね」

「あなたもそんな変な恋愛観を持っていなければ引く手数多なのにねぇ…」


実はシエラは愛がありながらも自分を雑に扱ってくれる人が好みという王国ではちょっと変わり者に分類される価値観の持ち主である。

そのせいもあってか正室になる事を嫌がっている。略奪愛になるのも嫌なので理想の展開は正室をちゃんと愛している相手が両者納得の上で自分を側室に迎えてくれるというもの。

ちなみにユリスの見た目や性格は可愛いもの好きなシエラ的には理想のタイプど真ん中である。戦闘時の凛々しさも普段とのギャップからポイント高めという評価だ。


「変とは何ですか、その辺の勝手に寄ってくる男には興味が湧かないんだから仕方ないじゃないですか。

 でも理想の相手は見つけましたし、もう行き遅れると愚痴ることは無くなりますよ」


(ちょっと口調も砕けてきてるし順調にいってるからね。今のところは私がそばにいる状態を自然と感じさせる段階だし…でも呼び方くらいは変えてみようかしら?完全に慣れさせちゃってもそれはそれで後々関係を変えるのが大変になりそうだし、少しくらいは変化もあった方が…)


シエラが学園や騎士団にいた頃は容姿を見て告白をしてくる男は多かったが、何もしないうちに言い寄ってくるような男や少し話しただけで落ちるような男には魅力を感じないと振り続けていた。

今では王妃付きの近衛兵という女性しかいない職場にいるため、新しい男性との出会い自体がほとんどなくなっている。そのため、このままだと行き遅れるとよく王妃や友人との会話で愚痴っていたのだ。


「そうね。あれはあれで楽しかったけどやっぱり幸せが1番だものね。

 あなたが選んだ人がどんな人か楽しみに待ってるわ」

「ええ、色々とびっくりすると思うので楽しみにしててくださいね」

「ふふ。楽しみね♪

 あ、それでね、あなたがいなかった間のことなんだけどマリーが……」


そうしてしばらくの間恋愛話に花を咲かせるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る