第12話 王都探索 その2

「あー、ユリスくんおはよー。

 今日は緑イモとベーコンのパイだよー。後はトーストもできるよー」

「ミーナさんおはよう。今日はパイでお願いね」

「はーい!ちょっと待っててねー!」


ユリスは朝食を待っている間に今日の予定を思案する。


「今日は何処に行こうかな?

 あ、そういえばまだ神殿行ってないな。ヴェルと話せるか確認しないと。

 今日はそこと居住区近くにあるっていう市場を見に行くか」


2年間の一人暮らしのせいか、シエラと出会ったおかげか、サラと別れた当初の淋しさは気にならなくなっていたユリス。だが、会えるならやはり会いたいのだ。

神殿に行くと決めたところでちょうど来た朝食を食べ、外へ出かけるのであった。

ちなみに緑イモは緑色のジャガイモだった。前世で緑になったジャガイモは毒であると知っているユリスはその見た目から食べるのに若干の勇気が必要だったが、周囲の人が気にせずに食べているので大丈夫なのだろうと覚悟を決めて食べていた。



ミーナが神殿は王都の西側にあると言っていたので歩いて行くと、お目当ての神殿がいくつも見えてくる。


「着いたー…けど、何処に行けばいいんだ?

 というかこんなに神殿がたくさんあるなんて聞いてないぞ?」


「何かお困りですか?」


声がした方を向くとシスターらしき女性がいた。


「ええと、ヴェr…世界神様の立像がある神殿に行きたいのですけれど」

「世界神様でしたらあちらの1番大きな神殿にいらっしゃいますよ」

「分かりました。ありがとうございます」


(危ない、ヴェルって言うところだった。

 愛称でなければ言っても祝福とは疑われないとは思うけど万が一があるしな)


ユリスは教えてもらった神殿に向かう。

中に入ると中央に立像があり、それを囲むように椅子が置かれていた。

立像の斜め前後方に座り、いつものように目を瞑ってから祈る。


「あら、いらっしゃい」


懐かしい声に目を開けると、そこにはヴェルサロアがいた。

周囲を見渡すと場所もいつのまにか見覚えのある天界に移動しており、ユリスは少し混乱したがすぐに状況を理解する。


「ヴェル、久しぶり。

 声だけ聞こえるのかと思ってたから驚いたよ」

「ちゃんとサラが言ってたわよ?

 まあここに来れるのは1年に1回ってところだけどね。

 それにしても…♪」

「なんだ、その顔は?」


ヴェルサロアは驚いているユリスをにまにまとした表情を隠そうともせず見つめている。


「いや〜、早速女の子をたらし込むなんてやるじゃない♪」

「…は?あー…もしかしてシエラのことか?

 子供へのスキンシップだと思うことにして考えないようにしてきたけど…そうか、やっぱりそう見えるのか…」


どうやらユリスはシエラからの好意をうすうす感じていたようだ。そのために好きなようにさせていたのだろう。もっとも、少し諦めも入っていただろうが。


「当たり前じゃない。

 いくら子供相手って言ってもあなた14歳なんだし、好きでもない相手にあんな風に抱きついたりはしないわよ。

 それにこの世界だと10歳で成人だしその時点で婚約者がいるとか歳の差結婚だとか珍しくもなんともないからね。9歳差なんてフツーよフツウ」


この世界の婚姻に関しては座学でも説明がなかったのでユリスにはその辺の常識も備わっていなかった。そのため子供扱いされていると思い込むことが出来ていたようだ。


「しかも世界的に女性の方が多いせいで経済的に余裕がある人は一夫多妻が推奨されてるから、気にせず手を出しちゃえばいいのよ。サラともやる事やってたんでしょ?」

「いや何いってるんだよお前。サラから聞きでもしたのか…?

 …まあ今後どう生活するか決めてないしな。まだ経済的余裕もないし、この件について考えるのはまたにしよう。

 にしても、この世界って女性の方が多いのか」


ユリスは顔を背けたまま結論を先延ばし宣言を放ち、話を世界の説明へと無理やり転換する。


「あんまり待たせすぎるのも…あー…いや、なんでもないわ。好きにしなさいな」


再度注意をしておこうとしたヴェルサロアであるが、途中で何かに気づき、一瞬ニヤリとしてからユリスの自由にしろと前言を撤回する。顔を背けたままのユリスにはその表情は見えていなかった。


「男性はスタンピードの対応とか開拓に志願する人が多いの。そのせいでどうしても亡くなる人の男性の割合が増えてしまって、結果女性が多い世界になってるのよ。まあ、出生率も4:6くらいで女性多めだし、男女比が解消されるのは厳しいでしょうね。あ、私は特にいじってないわよ?

 他に、あなたの方から何か聞きたいことはある?」

「そうだ、シエラの話で思い出した。

 ダンジョンの攻略報酬ってどうなってるんだ?

 手に入ったものがあまりにも都合が良すぎたんだが、中身弄ったりしてないよな?というかあの紋章のせいでシエラの態度が急変したようなものなんだが」

「えー、あなたのはともかく他の人のは操作したりしないわよ。シエラちゃんのは…まあ、あなたの祝福にある幸運効果が作用した感は否めないわね」


ユリスは紋章のせいだと主張しているが、好意に関してはその前から抱いていた。ちょっと接近が早まっただけで出ていなくとも結果は同じだったことだろう。


「僕のはともかくって、おい……」

「ちなみに攻略報酬はダンジョンによって傾向はあるけど、膨大なアイテムの中からランダムに選ばれる仕様よ。

 ただ、初回報酬の場合はその人の願望や紋章構成とかを参照して、最適なアイテムが10個くらい選ばれた上でその中からランダムで決まるようになってるわね」


ユリスはヴェルサロアをじとーっと見つめているが、ヴェルサロアはにっこりと笑い返して説明を続けるだけだった。どうやら今後も止めるつもりはないようだ。


「はぁ…まあ変なものばかり入れないようにしてくれよ。あと、せめて初回報酬だけにしてくれ」


(というかあの幸運って一緒にいれば他の人にも作用するんだな)


「失敬ね。あの時のも便利なものだったでしょ?合成を多用してるのは知ってるんだからね。

 というか話したかったのはそれじゃないのよ」

 

ユリスが根負けしたところで、ヴェルサロアはポロッと報酬の操作を白状した上に話題を無理やり変えてきた。

しかも先ほど話題を振らせたくせにそうじゃないと言う。横暴である。


「ちょっと前にかなりやばい奥義覚えたでしょ?」

「やばい…過剰充填オーバーロードの事か?覚えてから使ってないんだけど…

 何、これってそんなやばいのか?」


(覚えた時は便利そうだけどそんな大した奥義じゃないと思って気にもしてなかったが…わざわざ言うって事は相当なんだろうな)


「ええ、今のレベルでもあなたのスキル構成なら街ひとつくらいなら簡単に吹き飛ばせるくらいにね」

「はあ!?いやだってこれMP消費して次の攻撃の威力高めるだけの奥義だろ?上限もあるし。

 え?そんな上昇率おかしいのか?」

「同じ系統のレア紋章ばかりって言うのも影響してるけど、おかしいのはあなたのMPよ。しかもあなた魔力還元を使えばMP次第でアビリティ好き勝手に弄れるでしょう?」

「確かにMPは最高ランクになってるがこの紋章…」

「そもそも魔の化身を発動すれば攻撃面は物魔ともに最高ランクになるわ。まあ、今の所耐えられる武器が無いみたいだけど体術なら問題ないでしょ?

 あと、紋章効果のおかげで制限なんか無くなってるわよ。本来の制限域を超えれば制御力は相応に求められるけど、スキルの補助もあって本来より難易度は低下してるしね。

 それと勘違いしているみたいだから訂正しておくけど、上がるのは次に使用するスキルやアーツの効果、又は攻撃の威力だから補助系のやつも対象よ」


大した事ないと思っていた技が実は他の技と組み合わせるととんでもないシナジー効果を生み出すものだった。

そもそも紋章を選んだのはヴェルサロアだった筈だが、そんな事は知りませんと反論すら許さずにユリスの能力の異常性を説いていく。


「まあ、街の耐久性が低いって言うのもあるけどね。

 この世界の平均アビリティがE辺りなのはシエラちゃんのステータスを見て知ってるわよね?HPとMPはもうちょっと高めだけど、強さの基準はその辺なのよ。つまり建物の強度の基準もそれに耐えられるレベルって訳。

 そんな街にそれを遥かに超えた威力の攻撃を向けたらどうなると思う?」

「街の強度ってそんなもんなのか…大丈夫なのか?」

「ちなみに今のあなたのMPなら全アビリティをEXランク相当まで上げた状態でバフかけて上限突破した奥義を使うくらい容易よ。だって表示はEXにはなってるけど内部数値的には上限がないから、貴方のMPって実質さらに数ランク分上だし」

「え…?あーそういうことか。

 確かに魔力還元でアビリティ上げてから魔纒発動した後に過剰充填オーバーロード使って他の奥義使えばやばそうだな。魔纒だけでも通常攻撃でグリズリートレント一撃だしな…」

「でしょ?だから忠告…というか警告よ。

 ダンジョン外ではなるべくその奥義は他のスキル…特に魔の化身に魔力還元、魔纒の3つとは併用しない事。

 むしろ魔の化身だけでもちょっと危険なレベルね。文明を守る手伝いをするはずのあなたが街を全破壊しちゃ本末転倒よ」

「分かった。使わないと街が壊滅するとかでない限りダンジョン外では使わないようにするよ。

 …知られたら危険人物扱いされそうだしダンジョンでもソロ以外では隠しといた方がいいか…?」

「奥義単体かつ通常の上限内で使えばおそらく大丈夫でしょうけど。まあ隠しておいた方が安心でしょうね」


出来れば動きを制限されそうな面倒ごとは勘弁してほしいユリスは警告に従い、緊急時以外での使用を禁止する事に。もっとも、文明崩壊を防ぐ手伝いという内容で全く使わずに対処できるのかどうか、それは全くの不明である。


「ああ、隠すといえば身体変化はしないの?

 あなたの魔力操作の水準なら尻尾の数も毛色も好きに変化させられると思うんだけど?」

「…え!?魔力操作でそんなことできるのか?

 でもそれってかなり大変な気がするぞ。操作した状態を維持し続けられるのか…?」


唐突にそう言ってきたこともそうだが、内容がちょうど昨日悩んでいたことなのでかなり驚いているユリス。

だが、普段から魔力操作の修行をしていたからこそ、操作したままの状態で日常生活を送ることの難易度がわかってしまい二の足を踏んでいるようだ。


「身体変化のスキルで姿を維持しやすくなってるはずだから、激しく動いても1日くらいなら問題ないでしょ。

 それこそ日常生活レベルなら今のレベルでも1週間は変化したままにできるわよ。慣れればさらに楽になっていくしね」

「そうか、そういえばそんなスキルもあったな。

 あれってそういう効果だったのか…帰ったら試してみるか。

 ヴェル、教えてくれてありがとう」


(こんな形で解決策が出てくるとは予想外だったな)


「ふふ、別にお礼なんていいわよ。

 あら?そろそろ時間みたいね。

 あ、そうそう。前にも言ったかもしれないけど、私とかサラがこれまで教えてきた知識を広めるかどうかは好きにしていいからね。

 もし誰かに話すなら、とりあえず継承権を持つ王族と宰相は私が認可した人物だからその辺なら安全よ」

「ああ、わかった。

 それじゃあ、またな」


そして目の前が急に真っ暗になった。

と思ったら目を閉じていただけのようで、ゆっくりと目を開ける。

祈り始めた場所に戻ってきたようだが、周りをみるとさほど時間は経っていないようだ。


『あ、言い忘れてたけど会話だけならここに来ればいつでもできるからね』

「うおっ!?……すみません」


突然頭の中に響いてきたヴェルサロアの声に思わず声を出して驚いてしまう。

近くで祈っていた人が不思議そうに目を向けてきたので反射的に頭を下げてしまった。


『驚かすのはやめてくれ。なんか変な目で見られたじゃないか。

 こんなんで祝福がバレたりしたらどうするんだ』

『あらあら、ごめんなさい。今度からは気をつけるわ♪

 それとちゃんと忘れずに他の神の加護も貰っときなさいよ』

『わかってるよ。今度こそまたな』


ユリスは次も驚かしてくるであろうことを確信し、呆れながらも世界神の神殿を後にする。

…そんな様子を陰から伺っていた人間がいたことにはユリスは全く気づいていなかったのであった。



神殿を出て見えるところには神殿区の案内図や土産物屋、各神殿でもらえる加護の内容が書かれたパンフレットのようなものがある。

ユリスはそこでパンフレットを貰い、それを見つつ目的の神殿に向かっていく。


(にしても、案内図に土産物屋にパンフレットって、ここはテーマパークか何かか?

 常設イベントとかバザーとかもやってるみたいだし、娯楽施設という意味ではあながち間違いでもないかもな。他に娯楽っぽい施設って今のところ見当たらないし)


そんなことを考えてながら歩いていると、目的の神殿に到着する。

ユリスが入って行ったのは魔神の神殿であった。


(『魔神の加護』は魔力親和性の向上と魔力系スキル効果上昇の効果があるみたいだな。

 属性神よりは上昇幅が控えめらしいけど、特定の属性だけを使うわけじゃないし魔力操作を多用する僕のスタイルにはちょうどいいだろう)


無事に加護を手に入れたユリスはヴェルサロアと会うこともできたし神殿区での目的は達成したとして、居住区近くの市場に向かっていくのであった。


「ふーん。

 居住区の市場は道沿いじゃ無くて中心の広場にあるのか。しかも思ってたより大きい。

 ただ、並んでるのは食材がメインか?にしては種類が少ないな…って流石にタルミと比べるのはダメか」


(どうやら素材関連はメイン通りとかにある専門店に行く必要があるようだな)


ユリスはタルミの市場で見た以上の収穫は得られなかったため軽く見て回ったのち帰ることにしたのであった。

途中、帰り道にあった屋台でミニミノ串(固かったが味は牛串だった)を買い、食べながら宿に戻っていった。


「さて、ヴェルに教わった身体変化を試してみるか。

 ただ…うーん、どうすればいいんだ?聞くの忘れたな」


ユリスは取り出した姿見の前でウンウン唸っていた。

少しして、とにかく色々やってみることにしたようだ。




「ふむ…魔力充填のスキルがあるからなんとなく予想はついたけど、やっぱり尻尾から魔力を抜いていくだけでいいのか」


そう言っているユリスの尻尾の内1本が薄くなっていき、ついには消えてしまった。

ちなみにユリスが持っている『魔力充填(尾)』はこんなスキルである。


―――

【名称】魔力充填(尾)

【効果】

尻尾に魔力を予め充填して任意に引き出すことができる。

【詳細】

尻尾1本ごとに【MP】の最大値分充填が可能。

―――


「よし、尻尾はオーケー。後は髪色というか毛色だな」


予想外に簡単に成功した尻尾の数調整。しかし、そこからしばらく試行錯誤の時間が過ぎていき…


「…思ったより時間かかったな。まさかこんな簡単なことだったとは」


属性変換で変わるかと魔力を纏ってから水属性に変換して誤って床を水浸しにしたり(念のため水浴び部屋で行ったためことなきを得た)付与スキルで色々付与していたらいつの間にか全身の毛が強力な武器として扱える性能になっていたり(操作スキルのお陰か魔力を通したら髪を自在に動かせた)と色々失敗(?)はあったが、なんとか答えを見つけ出す。

ただ魔力を魔纒が発動しないくらいに薄く纏わせて変化後の姿をイメージするだけでよかったようだ。


「よし、これで完成だ!

 これならその辺でよく見かける狐獣人だろう」


姿見には街で1番多かった薄めの赤茶色の狐獣人(2尾)が写っていた。

軽く性能も試してみたが、魔纒を発動させても変化は解けそうになかったため、普段と変わらずに戦闘なども出来そうだった。

結果に満足したところで、夕食には少し早かったがちょうどいいのでハンナ達に報告するために食堂へ行く。


「ハンナさーん、成功しましたよ」

「おや、あんたユリスかい?まさか本当に出来ちまうとはね」


実験の前に軽く説明はしておいたので、軽く驚かれるくらいで済んだようだ。

そこにミーナがやって来る。


「いや、まだ本物と決まったわけじゃないわ!

 本物なら私が出す問題に答えてみなさい!」


(なんだ?このノリ。語尾が伸びてないし…普通に喋れるのか。

 まあ、時間あるし付き合うか)


そう言ってミーナは楽しそうに問題を出題してきたが、どうやら遊んで欲しかっただけのようで問題自体はユリスに何の関係もなく、内容も簡単だった。


「くっ…やるわね。いいわ、あなたをユリスくんだと認めてあげましょう!

 …あ、もう夕食の時間だから仕事しなきゃ。

 ユリスくんは何にするー?今日のメインはショートパスタだよー。頼むなら赤ソルかクリームのどっちかのソースから選んでねー」

「ん…ならクリームの方で、後はアルルジュースをお願い」

「はーい!」

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