第10話 王都到着
森を抜けてから9日後の昼、ようやく街が見えてきた。
「やっと着いた…」
「思ってたより時間かかっちゃったね」
「ああうん、そうだね…
ここまでくれば王都まで馬車があるんだっけ?」
道中でユリスが寝不足だったり、シエラが駄々を捏ねて朝なかなか起きなかったりと色々あったせいで予定よりも丸1日遅れてしまったのだ。
そのせいかユリスの言葉遣いも若干崩れ始めている。
「そうだよ。
次の出発がいつなのかは調べないと分からないから、宿をとったらまずは調べに行かないとね」
街の門まで来たところでシエラが衛兵に話しかけられる。
「すみませんが身分証の提示をお願いできますか?」
「ええ、確認をお願いします。
それと帰りの途中でこの子を保護したのですけれど、身分証を持っていないようなので仮の身分証を作成していただけますか?」
「わかりました。
それでは少々お待ちください」
そう言って衛兵の1人が詰所に戻っていく。
戻ってきた時には水晶のようなものを持っていた。
「それでは、念のため犯罪履歴を調べますのでこの水晶に手を乗せて貰えるかな?
それと身分証に載せる名前も教えて欲しい。これは鑑定で照会される場合があるから正直に答えるように」
「わかりました。名前はユリスです」
この水晶は触れた人の犯罪歴があるかどうかを判定できる魔道具のようだ。
ユリスが水晶に手を乗せると青く光りだした。
「はい、大丈夫ですよ。
それでは仮身分証を作りますのでもう少々お待ちください。
…はい、これが仮の身分証になります。
騎士様はご承知だと思いますが、使用できるのはこの街だけで期間は1ヶ月になりますのでお気をつけください。
それでは通っていただいて構いませんよ」
「ええ、わかってるわ。
ありがとうね」
どうやら青く光るのは犯罪歴がない証らしい。身分証も仮のためかすぐに用意されて街の中に入ることができた。
「なんか随分丁寧な対応だったね。いつもあんな感じなの?」
「うーん、騎士の格好をしているからかな?
あまり評判が良くない街でも大体丁寧な対応してくれるよ。
基本的に他の服で街の外に出ないから実際は分からないかな」
街の近くになった時からシエラは元々着ていた騎士鎧に着替えていた。
「そっか」
(シエラのことばかり見てたし門にいた衛兵は男ばっかだったし、まあ多分そういうことだろうな)
そんな話をしながら宿に向かい、到着したユリスの目に入ってきたものは一目で高級だとわかるような旅館だった。
高さこそは3階建くらいだが、庭も含めてかなり広く外観が周りと明らかに違う和風の建物だったのだ。
ちなみに途中で教えてもらったが、この街はシャトル子爵領の街で名前はタルミというらしい。
「え…?ここに泊まるの?」
(こんな高級旅館なんて前世でも泊まったことないぞ)
「うん。前もここだったんだけど、部屋もよかったし対応もしっかりしてたからね。
あ、お金のことは気にしなくていいよ。これでもお金には結構余裕があるからね」
途中に普通そうな宿はいくつもあったが、それらに目もくれず一直線にやってきたのは前にも泊まったことがあるからのようだ。
シエラは部屋の手配を進めるが、なにやら従業員と交渉を始めてしまう。
ユリスはエントランスの休憩スペースで寛いでいるが、正式な身分証を持たない子供だけでは部屋が取れないのでシエラに任せることにしている。
「ユリスくん、部屋とれたよー
ただ、ちょっと時間かかるみたいだから先に馬車の確認をしに行こっか」
「ん、わかった」
(交渉してたし、なんとか部屋を空けてもらったのかな?)
そうして王都行きの馬車乗り場まで行き、次の出発がいつなのかを聞く。
「お客さんちょうどよかったね。
昨日王都からの便が到着したばかりだから、次の出発は2日後だよ。その次は15日後になるね」
「ほんと!?じゃあ次の便で2人分お願いね」
「はいよ、毎度あり。
料金だが半分は前金で2人分3000フォートだよ。残りの3000は王都で降りる時に払ってくれ」
「はい、これでお願いね」
(ふーん、貨幣の名称はフォートっていうのか)
シエラは銀貨を3枚渡していた。
ユリスは貨幣について全く知らなかったためにシエラの取引を見て覚えようとしているが、銀貨1枚で1000フォートになるようで端数がないためにそれ以上のことが分からなかった。
「はい確かに。
王都までは5日かかるけど、野営の準備とかは各自でやってもらうことになってる。準備は忘れないようにね」
「ええ、わかったわ。
それじゃあ、また2日後にね」
そうして馬車の予約も終わり、2人は宿に戻っていく。
宿側の準備も終わったようなのでそのまま部屋に入っていくが、奥に着いたところでユリスが違和感に気づく。
「ねえ…」
「どうしたの?部屋が気に入らなかった?」
「いや、そうじゃないんだけどね?
なんでベッドが1つしかないの?
2人部屋って普通ベッドは2つあると思うんだけど」
「いや〜…なんでかしらね?」
シエラは顔を逸らしながらそう言ってくる。
どうやら確信犯のようだ。
「はぁ…直してもらうのも申し訳ないしもういいや。
…どうせいつものことだし」
(さっき従業員と交渉してたのはこれだったのか)
「そっか♪じゃあこのままね…ふふふ…
あ、そうだ!途中に水浴び用の部屋が有るからそこにお風呂用意して貰える?」
「はいはい。
食事はどうする?」
「そうねえ、気は進まないけど食堂を使う?屋台はもう大体閉まっていたし。他だとお高めの料理店だから予約が必要だし」
「食堂に何かあるの?」
「いや、まあ…ね。とにかく行こっか」
食堂につき、ユリスはメニューを見るが知らない料理ばかりだったので、シエラに任せることにする。
「えーと、アオギのバター焼きにギーラスープ2つずつ、あと黒チーズのサラダをお願いね。あと飲み物はアルルの果汁2つね」
「承りましたー!」と店員が下がっていく。
高級な宿のはずなのだが、併設されている食堂はリーズナブルかつ宿泊客以外でも利用できるようで、客の多い酒場のような雰囲気だった。
「おっ、いい女がいるじゃねえか。
おい姉ちゃん!俺たちと一緒に飲もうぜ!」
(なるほど、食堂に来たがらなかった理由はこれか)
食堂ではシエラの容姿に見惚れるものが多く、ついには酔っ払いまで絡んできた。
どうやらいつものことのようで、シエラは完全に無視をしている。
「…!……!
この…俺様を無視するとはいい度胸だ!
おい!表にでろ!
この街で俺様をバカにするとどうなるか教育してやる!そこのガキも一緒にな!」
めげずに話しかけても無視され続ける状況に勝手にヒートアップした酔っ払い男がついてこいと外へ出ていく。が、シエラはそれでも反応しなかった。
少しして、顔を真っ赤にした男が戻ってきた。
周りの客の中には見せ物を見るかのように男を笑いながら酒を飲んでいる者もいる。
「お前ら…!俺様をここまでコケにしやがって!覚悟しろっ!
…なっ!?」
男が持っていた剣を抜き、勢いよく振り下ろしたがシエラは素手で掴んで止めてしまった。
そして、シエラが殺気を感じる目で睨みつけると男は酔いが吹っ飛んだのか急に大人しくなって縮こまってしまう。
少しして店員が呼んだ衛兵がやってきて男を連行していった。
「はあ…だからあまり来たくなかったのよ…
あんなんで落とせる女がいると本気で思ってるのかしら…?」
いつもこうなのだろう。
シエラはうんざりしたように愚痴をこぼす。
「まあ、シエラさんは美人だからね。あれはやりすぎにしても声をかけたくなる気持ちはわかるかな」
「え…そ、そう?
ちょうど料理も来たみたいだし食べましょうか!」
ユリスの言葉にシエラの機嫌が一気に戻ったところにちょうど料理が運ばれてくる。
どうやらタルミの名物は魚料理らしく、アオギは鯖、ギーラは鱈のような魚だった。黒チーズは見た目が真っ黒でキノコとチーズが混ざったような香りだった。
「どれも結構美味しいな」
(鯖のバター焼きなんて初めて食べた気がするけど、思ったよりいけるな。そしてこの黒チーズは香りもいいけど旨味がすごい。異世界の料理がどんな感じか不安だったけどこれでひとまず安心だな)
「そうね、この街は食材の豊富なダンジョンが近くにあるから美味しいものが多いのよね。
多分国中でこの街が1番じゃないかしら?
王都よりは確実に数段上よ。そもそも食材の種類が違うもの」
「そうなの?…なら今のうちに楽しんでおこうっと」
(マジか〜…
これは、王都で良さげな店がなかったら自分でなんとかするしかないな)
安心したのも束の間、王都ではグレードが落ちると言われてユリスは落胆するが、最悪自分でなんとかすると決意して今を楽しむ事にしたようだ。
翌日、ユリスはダンジョン産の食材が気になったのかシエラに教えてもらいながら市場を見て回っていた。
また、結局は貨幣についても教えてもらっていた。
小銅貨が10フォート、大銅貨が100フォート、小銀貨が1000フォートのようにサイズや種類で桁が変わるようだ。そして銅、銀、金、白銀、白金、神銀、神金の順に高くなる。ただし、白銀、白金は素材自体が貴重なので大きいサイズがなく、上2つに至っては伝承にあるだけで見たことがないとのこと。
そうして過ごすうちに王都へ出発する日になった。
「それじゃあ向かいましょうか」
「はーい」
馬車乗り場に到着すると、ユリスたちの他にも2組ほど乗車するようだ。
片方は少年少女のカップル、もう片方は夫婦と女の子の家族のようだった。御者も男女1人ずついるようで、計9人となる。前日までの完全予約制なのでこの人数で旅をすることになるようだ。
「みなさん!
用意ができたので、そろそろ出発しますよ!」
御者がそう声をかけてきたので、馬車に乗り込み王都への旅が始まった。
とはいうものの、近くに天然ダンジョンがあって氾濫でもしなければ魔物がいないこの世界でそうそうトラブルが起きるはずもなく。
たまに他の乗客と話をするぐらいで、他はシエラと一緒に退屈な日々を過ごすだけだった。
そんな日々の中でカップルと女の子が学園の入学試験を受けにいくという話題で盛り上がっている時があった。年齢が近いということでユリスも話に参加していたが、ユリスはその時は学園に入れるかどうか分からなかったため、自分には関係のない体で参加していた。
ちなみに収納を使うわけにもいかないので風呂もお預けである。ユリスにとっては旅の中でそれが1番キツかったようだ。
そんなこんなで森を出てから16日後、ついに王都が見えてきた。すると門に着いたところでシエラが振り返り畏まったように声をかけてくる。
「ユリスくん、ようこそ『王都ミクスペル』へ」
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