第9話 野営での一幕

シエラが出会った翌日、ユリスはもしもの時の備えとして家にある残りの食材を全て収納に入れていこうと保管庫の中身を確認する。


「思ってたよりもかなり量が多いな。これはさすがに使い切るまでに大半は劣化しそうだ。ああいや、そういえば収納のエクストラ技能は『内部時間操作』って名前だったしもしかしたら停止も出来るか?

 ん…?そういえば、この保管庫の中で食材がダメになってるの見たことないな」


(解析した事なかったが、もしかしてこの魔道具って結構ヤバいやつか?)


普段から当たり前に使用していた魔道具だったためよく考えたことはなかったが、今更ながらにかなりの性能を有していることに気づく。もちろん食材は保管庫ごと持っていくことにしたようだ。


「そういえば昨日、シエラさんがうちにある食材見たことないって言ってたな…

 もしかして、この前世で馴染み深い食材たちってこっちの世界だと認知されてないのか?」


(…緊急時以外は出さないようにしよう。さっさと自作の魔道具で劣化防止が出来るように頑張るか)


昼食の用意をしようと食材を取り出しているときに、昨日のシエラの様子を思い出す。

これらの食材は裏手にあった畑でサラが栽培していたもので、肉のほうは何処かに出かけた帰りに持ってきたものだった。

料理が得意そうだったシエラが全く見たことないとなると、要らぬ面倒ごとに発展しそうだ。


「おはよー

 ユリスくん、起きるの早いね」

「おはよう、シエラさん。

 ぐっすりだったね。もう昼前だよ?」


よっぽど疲れていたのか、ユリスが部屋の外から声をかけても起きてこなかった。

時間はあるし、部屋に入るわけにもいかなかったため起きるのを待っていたら、出発予定の昼ギリギリになってしまっていた。


「え!?もうお昼なの?

 急いで準備してくる!」


そう言って、シエラは慌てて部屋へ戻っていった。


昼食や家の中の最終確認が済み、いよいよ王都へ出発する。


「そういえば森を出てから、近くの街までってどれくらいかかるの?」

「そうねえ、徒歩だし8日ってところかしら。

 森をでた場所によってはもう少しかかるかも」

「…え、徒歩?」


ユリスはなぜか馬か何かに乗っていくと思っていたようで、徒歩と聞いて驚いている。


「ええ、森の中で何日かかるかわからなかったし、移動用の生き物に乗ってはこれなかったの。

 行きは無理言って馬車で近くまで特別に送ってもらったんだけど、流石に待っていてもらうわけにもいかないしね。野営用の荷物だけ置いて帰ってもらったの」

「そっかぁ、言われてみれば確かに。

 でもその荷物置きっぱなしってことでしょ?大丈夫なの?

 そもそも置いた場所わかる?」


ユリスは理由を聞いて納得するが、荷物については気になるようだ。


「大丈夫よ。

 ただの野営用の荷物だし、盗っていく人もそうそういないでしょ。

 場所は…一応目印はつけたけどちょっと怪しいかな?」


「近い場所に出られるといいね」


(…なんかフラグっぽいんだよなぁ)


そんな話をしていると森の終わりが見えてきた。


「んー…あの形の山があの方向にあるから…思っていたより離れてはなさそうね。こっちよ」


森に背を向けていたシエラが周囲の景色から当たりをつけて先導して行くこと十数分…


「…あれ?目印は見つかったけど…荷物どこ?」

「ああ、やっぱり…」


布が巻かれた太めの木の棒が地面に刺さっている場所に着いたが、荷物らしきものは見渡す限りどこにもない。


「周り見ても見当たらないし、仕方ないからこのまま先に進もうか。

 テントなら僕も1つ持ってきてるからそれを使えばいい」


(交代で見張りをすることを考えれば1つで何とかなるだろ)


「え、ええそうね。少し恥ずかしいけどそうしよっか。

 迷惑かけてごめんね。

 それじゃあいこっか」


顔を赤くして恥ずかしがりながら先へ進むシエラをみて、ユリスはなぜ恥ずかしがっているのかと首をかしげながらも着いて行く。

しばらく歩いたところで、細い道らしきものが見えてきた。


「あれが昔使われていた街道ね。

 ここまでくれば迷うことはないけど街はまだまだ先よ。

 それじゃあ日ももう落ちるし、野営の準備をしよっか」

「はーい、じゃあテント出すね。よいしょっと…

 あとは何が必要?」

「あとは焚火用の薪と夕飯用の食材を出してもらえる?

 あ、料理はしておくから調理器具もお願いね。

 テントの固定が終わったら休んでていいよー」

「ん、わかった。

 ならちょっと向こうで作業してるから、用があったら呼んで」


(野営とはいえ、やっぱりあれがあった方がいいし実験、実験)


そう言い残してテントの後ろで楽しそうに何か作業をし始めた。


「ユリスくーん。ご飯できたよー」

「はーい。今行くー」


戻った先に用意されていたのは野菜スープとパンといういかにも野営っぽい献立である。流石に野営で凝った料理はしないようだ。


「そういえばユリスくん、さっき何してたの?」

「ん?ちょっとお風呂の準備をね。…ご馳走様でした。

 さて、あとちょっとで終わるからもう少し待ってて」

「え!?あのお風呂も持ってきたの?

 絶対入るからね!準備できたら呼んで!」

「はいはい」



「準備できたよー」


その声を聞いて、シエラが駆け寄ってくる。


「やったー!お風呂!

 あれ?家で見たのとは違うね?

 こっちは木製だけどこれはこれでいいかも♪」

「家にあったのは色々なものを取り付けていたから使える状態のまま分解するのがめんど…時間的に厳しかったんだ」


(全部作ろうと思えば作れるし…)


「これは魔道具じゃなくて木で作った浴槽に魔力で作ったお湯を張っただけだよ」


ユリスはいつか使うかもと木工の練習と称して鋼樹製の浴槽を作っていたのだった。

家で使っていたカーテンを再利用して突貫ではあるが衝立も作成したので、外でも風呂に入る準備はバッチリなのであった。


「魔力でお湯…まあ良いわ。それで、着替えはどこですれば良いの?」

「中に箱が2つあるからそこに入れて。

 蓋をしたら濡れないようになってるから」

「了解っ♪先入ってもいい?」

「うん、どうぞ。

 じゃあ僕は焚火の方にいるから」


そう言ってユリスは焚火の方に移動する。


「やっぱ、風呂作って正解だったな。

 さて、待ち時間で何しようかな?

 …後で風呂入るし、素振りでもしてるか」


お手製の木刀を取り出し、素振りを始めるのであった。


「ユリスくん、ありがとー!

 それでね、ちょっと相談があるんだけど…

 私が着れそうな服とか大きめの布って持ってたりしない?」

「はい?」

「いつもなら気にしないんだけど、お風呂に入れたから服とか鎧の汚れが気になっちゃって。洗いたいんだけどその間に着るものが…」

「あー、その気持ちはよくわかるかも。

 うーん、ちょっと待ってて…」


(確か魔道具欲しさに師匠の衣装箪笥をそのまま持ってきてたような…)


「お、あった。

 師匠のだから何が入ってるか分からないけど、いらないって置いていった奴だしこの中に入ってるのは好きにして良いよ。身長は同じくらいだしサイズも…まあ問題ないんじゃないかな。

 それじゃあ僕は風呂に入ってくるから」


そう言って箪笥型の収納魔道具を取り出す。サイズの件でとある一点に目がいきそうになったユリスだが何とか持ち堪えたようだ。


「ほんと!?ありがとう!

 ゆっくりしてきてね」


空間収納型ではなく品質保持の魔道具なためシエラは魔道具である事に気づかなかったが、着ないはずの師匠の服を持ってくるのだから何か理由があるのだろうと考えつつも目下の悩みが直ぐに解決した事に喜んでいる。



風呂を上がり、焚火のところまで来ると薄手の色々際どいワンピース姿のシエラが見慣れない魔道具を設置していた。


「ただいまー、その魔道具って何?」


(なんでそんな服が入ってるんだ…というかなんでそれ選んだ!?)


「あ、ユリスくん。ちょうど良いところに。

 ここにタッチしてね。これはね、設定した魔力以外が一定範囲内に入ってくると音が鳴る警戒用の魔道具なんだ。今は半径1kmから近づくにつれて音が大きくなるようになってるのよ。

 これがあると見張りがいらなくなるから1人の野営が楽になるんだ」

「へー、そんな魔道具があるんだ」


(確かにこういう魔道具はあると便利だな)


そう言って魔道具にタッチするが、この時のユリスは見張りがいらないということがどういうことを意味するのか、まだわかっていなかった。



(………眠れん。

 まさか、同じテントで一緒に寝ることになるとは。

 見ないように背を向けているからか余計気になってしょうがない。

 ってか無防備過ぎないか?まあ子供だと思われてるんだろうなぁ…歳は教えたけど見た目こんなんだし)


会ったばかりの女性(しかも美女)と同じ空間で寝るという事態に、前世からあまり女性に縁がなかったユリスが熟睡できるわけもなく。

ほとんど眠れていない状態で朝を迎えるのであった。


「おはよ、ユリスくん。

 どうしたの?すごく眠そうだね?」

「んー…おはよ…」


(1時間も眠れなかった…)


「ちょっと顔洗ってくる…」


そう言って昨日風呂を置いた場所に向かう。


(このままだと歩いてる途中で寝る気がする…

 仕方ない、あれを飲むか…でも今回は半分にしよう。

 …ぐあっ、やっぱにっが!!)


ユリスが収納から取り出したものは調薬の練習で作った、強烈な眠気覚まし効果のある『眠殺(改)』と呼ばれる薬である。

初めて飲んだ時は1本飲んで三日三晩眠れなくなってしまったくらい強烈な薬で無臭だがとても苦い。


そんな朝の一幕がありながらも、足をすすめること3日目の夜。

ユリスが紋章術と合成の複合技能である《紋章合成》で手持ちの紋章を合成させては効果を鑑定して紙に書き出してを繰り返して風呂の時間を待っていた時に、ふとシエラがダンジョンの初攻略報酬に紋章らしきものを貰っていたことを思い出す。


「ねえ、シエラさん。

 そういえばダンジョンの報酬でなんか紋章を貰っていなかった?

 あれの鑑定はどうするの?今暇だし気になるし、もしよかったら鑑定しておくけど」


そう提案しているが、若干漏れた本音の通り自分が内容を知りたいだけである。


「そういえば鑑定持ってるんだっけ?

 確かにすぐに依頼できそうな知り合いはいないし、ユリスくんに頼もうかな?

 ちょっと待ってね…はい!これお願いね」

「おーけー、どれどれ」


(おっ、初めてみる紋章だな。

 なんか凄く良さそうな内容だ。これってかなりレアなやつなんじゃないか?)


ユリスは思っていた以上の内容に驚いていた。

―――

【名前】[夜魔の剣盾]の紋章球

【効果】

MPランク+3

STRランク+2

VITランク+2

〈スキル〉

『剣盾術』、『剣盾技』


〈強化〉

①アビリティ+1、『魔装』

②INT+2、『闇夜の帳』

③RES+2、『影の手』

④『吸魔の誘引』

⑤アビリティ+1、『影法師』

―――


(魔装って魔纒の装備版スキルだったはず、魔装は欲しいな)


「えっと、この紋章の名前は夜魔の剣盾って言う…「夜魔の剣盾!?」…うん、そうだけど。

 知ってるの?この紋章のこと」


(まさか、ここまで食いつくようなものだったとは)


「私がずっと探していた紋章だよ!

 …もう諦めてたのにこんなところで手に入るなんて…!

 ありがとう、ユリスくん!ユリスくんがダンジョンの奥まで連れて行ってくれたおかげだよ!」

「うん、どういたしまして?

 それでこの紋章に何かあるの?」

「この紋章はね、私が宿してる夜天の騎士と一緒に宿すと紋章効果で『夜魔人』って種族に進化できるようになるの!

 それとね、紋章効果で状態異常に完全耐性が得られるから、お母さんに会えるようになるんだよ!」

「それは…よかったね」

「うん!」


(家族に会うのに状態異常耐性が必要…結構な事情がありそうだな)


ユリスは感激のあまり抱きついてきたシエラを落ち着かせようかとも思ったが、泣きそうになっているのを見てそっとしておくことにしたのだった。


後日話を聞いてみたら、シエラのお母さんは自身が受けた状態変化を周囲と共有するユニークスキルの持ち主のようなのだが、大きなスタンピードから街を守るときに解毒薬が効かないレベルの強い毒をうけてしまったそうだ。

今では耐性スキルのおかげで本人に命に別状はないのだが、体内の毒が無くなった訳ではないのでユニークスキルの影響で周囲に毒を撒き散らしてしまう状態なのだという。

そのために状態異常完全耐性を得ることで母親に会いに行けるようになるということだった。


そして就寝時、ユリスはまたも眠れぬ夜を過ごしていた。それはなぜか…

シエラがおもむろにユリスのことを抱き枕にして寝始めてしまったからであった。


(どうしてこうなった…?

 やっと眠れるようになってきたのに…)


翌朝


「起きたいから離して貰えるかな?」

「だーめ…もうちょっとこのまま」


シエラは目が覚めたのにもかかわらずなかなかユリスを離そうとしなかった。


「ほら、離してくれたら昨日の紋章を宿してあげるから。

 それに、こうしてたらいつまでたっても王都に辿り着かないでしょ」

「むー…

 はぁ…仕方ないわね。夜まで我慢するわ」


(やっとか…というか夜まで我慢って言ったなこの人。

 もしかして夜はこれがずっと続くのか?

 悪い気はしないが眠れないのがきついな…)


ユリスは紋章の付与を条件に離すよう交渉し、なんとか脱出。

その流れでシエラに紋章[夜魔の剣盾]を宿し、街へ向けて再出発をする。

ちなみに、毎夜抱き枕にされることになったため、ユリスは慣れるまで『眠殺(改)』のお世話になるのであった。

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