第6話 再びの別れ

ヴェルサロアとのお勉強を終えてからというものの、ユリスの修行は宣言通り生産がメインとなっていた。

生産はスキルがなくても一定のものは出来るとのことでこれまでもやってはいたが、『創造』という複合型の生産スキルが手に入ったために調薬、鍛治、細工、裁縫など多岐に渡る分野でよりハイレベルな修行に移行していた。

その中でもユリスがのめり込んだのは魔道具作成だ。ちょうどサラがこの世界では最高峰の魔道具職人であったことも影響してユリスはその理解力と記憶力から知識を片っ端から吸収していく。が、そのせいで後に世界を激震させる魔道具職人として有名になろうとはこの時のユリスは知る由もない。

そもそもなぜそんなにユリスが魔道具生成にのめり込んだのか。それは…


(そんな…!この家の設備がかなり特殊で外の世界だともっと不便になるだなんて!風呂に入れないのはキツいから今のうちに作れるようにしておかないと…!他にも…)


座学でこの世界の一般的な生活水準を学んだからである。



そんな一幕がありつつも順調に修行は進み、ユリスが12歳になった頃…


「…そうですね、確かにこのままずっとってわけにもいかないし、ちょうどいい頃合いなのかもしれませんね。

 まあ、急に言ってもあの子が素直に受け入れるとは思えないから期限だけは決めておきましょうか。

 …ええ、あの子は自分では気づいていないみたいですけど、1人にされる事に対してトラウマを抱えていますからね。おそらくは前世で捨てられ続けた事が原因でしょう。今は私がずっと家にいる事が分かってるから1人で出かけても大丈夫なようですけど、私が家を出て行ったら病んでいく一方でしょうね。

 設定する期限までに何かきっかけでもあれば気持ちも定まると思うんですけどね…」


ユリスが日課のボス周回に出かけている間にサラが何やら深刻そうな面持ちで独り言をつぶやいていた。

おそらくは天界にいるヴェルサロアと何らかの方法で会話をしているのだろう。ヴェルサロアの話す内容は不明だが、サラのこぼした内容から推測するに、そう遠くないうちにこの家を出て行くつもりなのだろう。

そして残されるユリスを心配しているようだ。


「やっぱりあれが妨げになってしまったんですかね…?でもいつかはああなっていたはずですし。

 いえ、あの子が初めて死に戻りをした時に塞ぎ込んでしまったので、色々と…

 えー…詳しくですか?んー…まあ思いつく限りの手段であの子を癒してあげただけですよ。加護の関係かこっちの世界では10歳で法的には成人として扱われますしね。

 ええ、ふふふ…そのために親としては接してこなかったのですから当然でしょう?仮とはいえ母親が相手じゃ抵抗があるでしょう………―――じゃあ例の件に繋がりそうな内容はしばらく伝えないでおくという事で。はい、お願いしますね」


これといっていい案も浮かばないためかあっちこっちに話が脱線していっていたが、最終的にはなんとかまとまったようだ。



そして遂にユリスへと打ち明ける日がやってきた。

その日は朝からサラからちょっと話があると呼び出しをくらった上に、その時の表情がいつになく真剣だったためにユリスは一抹の不安を抱えながらリビングにある席へ着いた。


「さて、薄々勘付いていると思うけど、私はそう遠くないうちにこの家を出て行かなくてはいけないわ。そろそろ仕事を再開しないとね」

「そう…なんだ」

「なに今生の別れみたいな顔をしてるのよ。

 この世界で生き続けていればまた会えるんだから。なんてったって私の寿命はあなたの倍以上有るのよ?

 それに神殿とかにある世界神の立像に向かって祈ればいつでもヴェルサロア様とは話ができるんだから淋しくはならないでしょう?祝福のおかげでたまになら天界に精神を飛ばして会うこともできるし」

「…その話は初耳なんだけど?」

「えっ、そう…だっけ?

 ……まあ、12年間ずっと一緒だったしね。私も多少は淋しくなるけど、頼まれてる仕事が一段落つけばちょくちょく会えるようになるわ。ヴェルサロア様に聞けばお互いの現在地も分かるでしょうしね。

 だからあなたもお手伝い頑張りなさい。私の仕事もそれ関係だから」

「うん…」


(ヴェルめ…神託とか連絡って言ってたのはこれの事か。ちゃんと説明しておいてくれればいいものを)


サラはヴェルサロアから既に聞いていたと思っていたようで、ばつが悪そうにしながら話を進める。


「あ、立像といえばあの最深部の立像はどうなの?あそこで加護を貰ったんだし、会話は出来るのかな?」

「あー…あそこはね、加護を得る時だけあなた用に改造してあったのよ。

 だから今行っても本来の立像が立ってるだけで、世界神の立像はないわよ。仕事に必要だから持って行っちゃうし。

 基本的には街にある神殿に行かないとね」

「なるほどね、まあ…了解したよ」


(それでも1度は見に行っておこう)


「あ、そうそう、ヴェルサロア様からも言われてるかもしれないけど、私としては15歳までには王都に行くことをおすすめするわ。

 神殿であの方と話せるのもそうだし、10歳になった段階で他の神の加護を得られるようになってるからね。

 その辺の小さな町とかだと祀ってる神に偏りがあるから出来るだけ王都で選んだ方がいいわよ。

 ま、この世界で神と言われてるのは全部ヴェルサロア様に行き着くんだけどね」

「何で15歳までなの?」

「もしかしたら学園に入学出来るかもしれないからよ。まあ興味がなかったら別にいいんだけど、王都の学園では生成ダンジョンが利用できるからね。早く体感したかったら入学するのが近道なのよ」

「生成ダンジョン!」


(そっか、そういう方法もあるのか。期間限定にはなるだろうけど体験するだけならそっちの方が手早い…でも)


「でも、住民登録もしてない人が入学出来るのかな?」

「その辺は任せなさい。

 といっても、紹介状を書いてあげるくらいしか出来ないけど…それを王都にいるジルバって人に見せればどうにかしてくれるわ」


その場でさらさらと紙に文章を綴っていき、数分もしないうちに出来た紹介状をユリスに渡す。

これを王都にいるであろう人物に見せる必要があるのだが、そうそううまくいくのだろうか。受け取ったユリスの顔には疑心がありありと浮かんでいる。


「大丈夫よ。これで私も結構発言力はあるしね。

 王都で1番有名なジルバに渡せる事が出来れば必ず便宜を図ってくれるわよ。どうやって渡すかは自分でなんとかしてもらわなきゃいけないけどね」

「むむむ…1番有名か。どうしたものか…」


悩む様子を見せるユリスだが、その悩みはサラが居なくなる事から手紙を渡す方法にシフトしており、その光景を見たサラも少し安心した様子だった。


「ああ、それと、この家とか中のものだけどね?あなたがダンジョンを出てしばらくしたらダンジョンに吸収されてなくなるから、欲しいものがあったら出ていく時には忘れずに収納にでも入れていきなさい。

 ただ、世の中に出回ると騒ぎになるレベルの物も多いから取り出す時は慎重にね」


雰囲気が軽い内にといった感じで、サラが矢継ぎ早にアドバイスをしてくる。


「そうだね…とりあえずまだ時間はあるし、じっくりと考えてみよう。

 それで具体的にはいつ頃出ていくの?」

「そうねー…あと2週間ってところかしら?

 だからもう修行も好きにしてていいわよ。聞きたいことがあったら教えてあげるけど」

「はーい、それじゃあ適当に生産練習の続きでもしてようかな」


別れるだけでまた会える、捨てられた前世の時とは違う。それに神殿に行けばヴェルとは会話をしたり会ったりできるようになるんだ。そう自身に言い聞かせてユリスは心の安寧を維持するために生産へ没頭する。

現実逃避とも言うが、今後の準備も兼ねてひたすら生産に明け暮れたユリス。ではあるが、やはり言い聞かせたのは気休め程度にしかならなかったのだろう。普段は全くと言っていいほど発生しない失敗品がそこら中に散乱している。

しかし、それでも家の外に出る気はせず、別れの日まで家の中で作業をしているのであった。



そして別れの日がやってくる。


「それじゃあ、私はもう出るわね」


サラは転移装置の前まで来たところで振り返り、別れを告げる。


「うん、それじゃあまたいつか」

「ええ、もしかしたら私から会いに行って手伝いを頼む事になるかもしれないから、ちゃんと腕は磨いておきなさい。

 それと、今回の人生はちゃんと楽しみなさいよ?」


そう言い残し、装置から発せられる光が消えた時にはサラの姿は無くなっていた。


「わかってるよ。

 神様の仕事を手伝ってまでして手に入れた報酬なんだ。念願の異世界転生なんだし、今度こそ思う存分人生を満喫してやるさ」


そう呟き、ユリスは今後の目標を定めるのであった。

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