第27話 孤独

 初夏の夜風がむき出しの肌に冷たかった。川縁の土手で草むらがこすれ合って生まれる音は、笑い声に似ていた。祝福されているのか嘲笑されているのか。温もりを求めて、凛音りんねは隣に横たわる杏菜あんなに身をよせた。

 しなだれかかってきた凛音に、どうしたの、と杏菜が額にキスをする。

 夜空に星はなく、ほの暗い巨大な雲がうず巻いていた。

「打ち上げ行ったんだって?」杏菜が耳元でささやいた。「どうだった、大学生との交流は?」

 取り立てて面白いことはなかった。花鈴かりん聖歌せいかも一緒だったからほとんど日頃一緒にいるのと変わらない。たまに世話を焼いて話しかけてくる人がいるぐらいだった。花鈴は憧れの眼差しで大学生をながめていた。花鈴はうちはお金があるワケではないし大学は無理だろうなあと話していた。

 中に一人、積極的に花鈴と仲良くしようとしてくる男がいた。友達というよりは恋人として知り合いたい様子だった。これを聞いて杏菜も呆れていた。

 なんてやつだった、杏菜は聞いた。名前は知らないので外見的特徴を述べると杏菜は訳知り顔で頷いた。

「もし花鈴ちゃんと個別に連絡とかしてるようだったりしたら教えて。あいつはまあ有害なやつ」

 杏菜は凛音と目を合わせた。杏菜はアーモンド型のきれいな目をしている。

「あなた、お母さんに催眠術使ったの?」

「うん」

「あまりいい気分じゃなかったんじゃない?」

「そうだね」

 その後家に帰ると母親の表情は悪鬼のごとき様相を呈していた。


 遅いじゃない! 花鈴はどこにいるの! 


 怒られたというより、吠えかかってこられた、という言い方がふさわしい状態だった。

 とっさに凛音は催眠術を使った。家に向かう時頭の中で何度も反芻はんすうしていた設定を母親の頭に植えつけた。


『凛音と花鈴の苦労を労って、母親は遅くまでの外出を認めてくれる。焼肉を食べてくるのを認めてくれる』


「 い い わ ね 〜 」

 急転、母親は声を弾ませた。

「たまに帰りが遅いこともあるわよね。花鈴をよろしくね」

 母親は料理に戻った。

「せっかく料理作ったのに無駄になっちゃうわ」

 上機嫌な声だった。

「ごめんなさい。明日食べるから」

「そうしてちょうだ〜い」

 不思議な気分だった。

 “力”を得て自分は自由になったんだと感じた。ただ、それは後で思ったことだ。ごく簡単に催眠術にかかった母親の姿を見て何を思ったらいいのか言葉が出てこなかった。

 その後、真夜中になって急に寂しさに襲われた。

 アダムに会いたくなったが、アダムは声に応じてくれなかったので、杏菜に声をかけた。杏菜は会ってくれた。

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