第26話 無秩序(4)

 その後、凛音りんねはその場にとどまった。

 花鈴かりんがボランティアを買って出た成り行き上、凛音も手伝わざるを得なくなったためだ。幸い聖歌せいかもいるし杏菜あんなもいる。粗品配りだとかアンケートの呼びかけだとかを手伝った。それから撤収作業が終わる頃には夕方の十七時半になって、空はすっかりオレンジ色に染まっていた。

「ありがとうね、凛音ちゃん。花鈴ちゃん。今日はたくさん助けられたよ。この後の打ち上げもお招きしたかったけどね!」

 タッくんは言った。

「えーん、もうちょっと一緒にいたかったよう」と聖歌。

「私も〜! 行きたかった、焼肉〜!」と花鈴。

「すみません、うち門限が厳しいもので」

 凛音はタッくんに頭を下げた。

「いいんだ。その家の教育の方針もあるだろうし、それは僕らの口出しすることではないしね。でもこのお礼は必ずどこかでさせてもらうから」

「ぜったいお願いします! 絶対焼肉で!」と花鈴。

「もちろんだとも。特上カルビをご馳走するよ。二人ともうちに遊びに来てね。プルルも凛音ちゃんに会いたがってるよ」

「プルルって何?」

 杏菜が凛音の耳元でささやいた。

「犬」

「ああ」

「杏菜くんも帰っちゃうんだっけ? 残念だな」

 タッくんは言った。

「バイトがあるので」

「杏菜くんも次こそ参加してくれよ。それじゃ気をつけて!」

 何人かの友人らしき男たちがヒップホップアーティストがよくやるような手を内側に曲げるポーズを杏菜に向ける。彼らにはチョコレート色の中指が突き立てられた。

 杏菜は何も言わずに凛音に手を振った。ペデストリアンデッキを駅の向こうに渡っていくのを見守った。

 凛音と花鈴がバス乗り場を目指して歩き出すと、聖歌が息を切らして追いかけてきた。

「りんりん、きょうは本当にありがとう。手伝ってくれたこともだけど、そもそもここに参加したらって言ってくれたおかげだよ。参加して本当によかった」

 聖歌は凛音の手を取りぎゅっとにぎった。

「ねえねえ、本当に帰っちゃうの? 私まだりんりんと――かりんりんとも――一緒にいたいよ」

「私だってそうだよ」と花鈴。「なんとかお母さんを説得できないかなあ。たまにはいいじゃんって思う。いつもきびしいんだもん」

 正直なところ、凛音もこのまま帰るのがもったいないように感じていた。

「説得してみる」

「本当!?」

 花鈴と聖歌の顔が明るくなった。

「決めた。そうするよ。私だってみんなと焼肉が食べたい。花鈴はここで待ってて。一度家に戻ってくるよ」

 凛音は花鈴たちと十分に距離をとった後で、身体を透明化し飛行した。

 母親といちど対峙たいじしなくてはいけない。

 対象と目を合わせないことには凛音の催眠術は効かないのだ。

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