第24話 無秩序(2)
事件は午後に起きた。
PARCOのファミリーレストランで昼食を取った。
食後に『いたがき』のフルーツタルトが食べたいなと言った
母親とは別行動をとり、花鈴とイービーンズの二階で洋服を見た。店舗先のマネキンが着ていたTシャツとショートパンツのシンプルなコーディネートに見とれていたら、花鈴からはお姉ちゃんには似合わないんじゃないと言われた。
嫌いじゃない、というと、こんなに脚出してたらお母さん腰ぬかすよと笑った。
あんたはこれでも買ったら、とビニール製のツヤツヤした赤いミニスカートを勧めたら花鈴はケタケタと笑った。
店内にはマネキンと似たような雰囲気の女の子たちがたくさんいた。その中にコイコとキネタとミオコがいるように思ったけど気のせいだった。
彼女たちは岩手にいる。
花鈴とふたりでウィンドーショッピングをした。店頭の麦わら帽子をかぶってみたりサングラスをかけてみたりした。抜群に似合ってるわけではなかったが、絶望的に似合っていないわけでもなかった。
花鈴は上の階のアニメイトに行くと言ってエスカレーターに乗っていった。
本当は上階にあるステージで定期ライブをしているローカル・アイドルを見にいったのを凛音は知っていた。花鈴はアイドルに憧れている。ともすれば、今日買い物に出たいと提案したのは花鈴だったのかもしれない。
一階で家電製品を見ていた母と合流した。
しばらく時間をつぶすという花鈴を置いて、凛音と母親は仙台朝市を超えて奥手にある、古くからの洋裁店に向かった。
駅前に戻る途中、立体駐車場の歩道に大きな人だかりができていた。群衆の向こうにスーツ姿の女の人が倒れているのが見えた。左足が逆方向に折れ曲がっていた。顔はアスファルトの地面にのめり込みつぶれて赤い液体をあふれさせていた。
見ないで、と母親が叫んだが遅かった。母親は一度凛音をぎゅっと抱きしめると、死体の方へ向かった。群衆がスマートフォンのカメラを向ける死体の方へ。
凛音たちはしばらくそこにいた。サイレンを鳴らして救急車が、続いてパトカーがやってきた。人だかりはその数を増していった。
隣から声をかけられた。視線を向けると、人混みにまじって派手な格好の女がいた。赤黒いサマーセーターに赤黒いコーデュロイジーンズ。その唇もその爪も赤黒くぬられていた。
「よう、元気か」
場違いな明るい声だった。
「その上着、さすがに趣味悪くね? ヒョウ柄とか」
「飛び降り自殺みたいだよ」
私は立体駐車場の上を指差し、その真下を指差した。
「知ってる」
「そうなんだ」
「アタシが
凛音の表情を見て、黒江は苦笑いを送った。
「そんな顔すんなって。これがわたしの仕事なんだよ」
飛び降りた女はオレンジ・カラーの救急隊員にストレッチャーに乗せられていた。その上から
「アダムの命令?」
「違う。アダムとは別だ。これは対価として金の支払いがあって実行したこと。要は仕事」
女の人が長い髪だったことは覚えている。でも、どんな服を着ていたかはすぐに忘れた。
「かわいそうじゃない?」
「まあな」と黒江。心なし声のトーンがひとつ落ちた。「ただ、同情できない面もある。愛人のヤクザの金を別の男と盗んで逃げようとしていたらしい。そのヤクザ、この女に相当入れ込んでたから怒りもひとしおだったみたいだぜ」
それより、と黒江は言った。
「アンタに伝えなきゃいけないことがある。別の使徒が迫ってる」
「別の使徒って?」
「アダムとは別の化身がいて、その使徒がアタシたちの命を狙っている。あいつら縄張りに侵入してきたあたしたちにムカついているみたいなんだ。不意打ち食らわねえように気をつけろよ。なんかあったらアタシに頼ってくれ。常に“場所”を張っておけ。“場所”って分かるよな?」
「分かるよ。向こうはどれくらいいるの?」
「規模までは分からん。一人かなりの使い手がいる。確かレイコって名乗ってた。アタシたちを根絶やしにするのが目的ならアンタが一番危ない。ピカピカの新人だしな。アダムも気にかけておくと言ってたが」
「アダムが?」
「影で見守ってくれるだろう」
安堵と興奮が胸に渦巻く。
「うれしい」
母親が引き返してきた。何やら深刻な表情を浮かべている。
「大変なことになっちゃったわ。せっかくの親子でのお出かけだというのに」
話しながら、母親は黒江に目をとめた。母親の生きる世界には黒江の外見はいささか異質に過ぎたのだろう。その頭のてっぺんから足の先まで視線を走らせた。
「どーも」と黒江。
母親は凛音に耳打ちした。「お友達?」。眉根をよせたその表情は、自身の質問を凛音が否定することを望んでいるかのようだった。
「そうだよ」
母親は苦虫を食ったような顔を隠さない。そんな母親の姿を黒江はねっとりとしたまなざしで見つめている。どうやら黒江の恋愛の対象年齢はことのほか広いらしい。まあ、母親は美人だし。
「凛音とは先輩後輩って感じの間柄ですかね」母親を見つめたまま、黒江は言った。「そちら看護師さんですよね」
「知り合いだったかしら」
母親は目を見開いた。
「一方的ですが存じ上げています。病院にはよく用事で行きますし」
黒江は凛音に片目でウインクした。
「そうだったの。気付かずにごめんなさい」
それでも母親の両目からは警戒の色は消えていない。
「じゃあ行くわ。凛音、お母さんとごゆっくり。お母さん、病院で会ったらよろしく」
「最近友達が増えたわね、凛音。あの子はどういう仲なの? あなたの上級生かOBにあんな子いたかしら」
「いい人なんだよね」
少なくとも凛音に対してはそうだ。
被害者は救急車で連れて行かれ、警察が現場検証を進めている。人だかりは来た時よりもまばらになっていた。
凛音に花鈴から電話がかかってきた。
「誰?」
「
電話に出た。
『お姉ちゃん、誰に会ったと思う?』凛音の声は弾んでいた。『
聖歌はタッくんの大学のアクティビティに参加すると言っていたが、ごく近くで活動をしているとは思わなかった。
『りんりん!』通話口から聖歌の声が聞こえた。『会いたいよ。今すぐ来て来て! いまね、タッくんとタッくんのお友達とアンケートしてるの。りんりんも参加しに来てよ』
電話を切ったあと、母親に顔を向けた。
「花鈴が聖歌とバッタリ会ったみたい。三人で遊んできていいかな。暗くならないうちに帰るから」
「でもあなた、今日はあんなものを見ちゃったのに」
――そう言うと思った。
「私は大丈夫」
嘘はない。飛び降り事件に衝撃を受けたのは事実だけど、かといってベッドで三日三晩寝込まなければいけないほどのものではなかった。
「いつもと違う態度をとったら花鈴まで落ち込ませちゃう。私は普段通りに接する」
この話は母の気に入ったようだった。
「気をつけて行って来なさい」
群衆から離れた。道すがら、花鈴はなぜ聖歌にあんなに懐いているのかを考えた。
きっと聖歌が美人で、化粧も派手だからだろう。高校に入れば、花鈴は聖歌のコピーと化すかもしれない。影響を受けるのは構わないが、どうか香水のふり方だけは真似しないでほしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます