第21話 ブラックナイト(2)

 路地裏の細い小道の暗がりで三人の男が一列に並んでいる。年齢も服装もそれぞれ違う。共通しているのは皆こころここにあらずといった表情を浮かべていることだ。

 三人の前には女が立っていた。女は薄ら笑いを浮かべて男たちに相対していた。さながら、にわか男性コーラス隊とその指揮者といったていだ。

「じゃあ三人とも、あたしが言ったことおさらいしてみようか。まず山嶺やまみね、あたしの名前は?」

しゅう黒江くろえ

「いいね。あたしは何者、磯早いそはや?」

「悪魔の化身の使徒」

「あんたたちのあたしに関する記憶はどうなるんだっけ、村木」

「五分後に消える」

 黒江は拍手した。

「その通り。次は山嶺のレザーの話だ。これはどうなったんだっけ?」

「そんなものはない」と山嶺。

「その通り。レザーなんかそもそも存在しなかったんだよ。じゃあ次はパジャマの女の話。彼女は存在するんだっけ?」

「存在しない」と山嶺。

「上出来。じゃあ帰っていいよ。みんなどこに帰るの?」

「家」

「ホテル」

「社員寮」

「そうかい。もう夜更けだ。ゆっくり休むことだね」

 黒江は一人の男をじっと見つめる。穴が開くほど強く。

「村木さ、あたしになにか言いたいことがあるのかい? さっきからなんか不貞腐ふてくされたツラしてるじゃん」

 村木は誰が見ても無表情にたたずんでいる。黒江が見ているのはその魂の色なのだ。

「お前なんぞに話すことはない」

 村木は言った。

「ふうん、そんな口調で話せるんだ。女言葉よりそっちの方が男らしくていいんじゃないの。そのままでいろよ。男が女言葉使うのなんかムカつくし」

「男らしさの押しつけなどうんざりするだけだ。吐き気がする。お前と話すのはうんざりだ」

「あたしもレズビアンだからね、そういうことには思うところがないではないな。悪かったよ村木」

「お前がどう考えようとどうでもよいわ」

「はいはいごめんね村木。あんたたち、もう帰っていいよ」

 それからめいめい楽譜にしたがう演奏者のごとき忠実さで宣言した通りの場所へと散って行った。

 三人の足音は闇の向こうに飲み込まれて聞こえなくなった。

 路地に沈黙が広がる。

 ――後輩の尻ぬぐいをするなんてあたしも結構いいやつじゃないか。

 唇にはさんだタバコに火を灯そうとしたその時だった。

 呼び声が聞こえた。

 空の上からだ。暗雲渦巻く夜空の向こうから黒江を呼んでいる。

 黒江の“場所”に干渉しようとしている。

 敵意が感じられない。十中八九同じ使徒のうちの誰かだ。

 黒江は声を受け入れた。

 その刹那せつな、手ぜまな壁をスクリーン代わりにして二人のシルエットを浮かび上がった。

「黒江!」

 杏菜とアダムだった。杏菜は眉根をよせ歯を食いしばっている。一方でアダムは涼しげな表情。杏菜はジャックナイフの長さに爪を伸ばしていた。

「なんだ、取り込み中みたいだな」

「襲われている、すぐ加勢に来て。場所は分かるだろ」

「相手は誰だ」

 黒江はもう走り始めていた。ここから遠くはない。数ブロック先の高層ビルの上だ。

「使徒だよ。私達以外の」

「とうとうおいでなすったか」

「ああ、向こうの親玉も一緒だ」

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