第16話 欲望(1)

「メガネさんったらスゴいんだよ! オレのことお姫様抱っこして、病院のなかにけこんで行ったんだ! 『医者を出して! アタシは院長の孫だよ』なんて叫んで」

 全身で身ぶり手ぶりをまじえながら熱弁をふるうキネタ。

 放課後の教室でギャル軍団がだべっていた。きのうと違うのはその輪の中に凛音りんね聖歌せいかがいることだ。

「そしたらその医者血相変えて、『拙者せっしゃ直ちにドクターをお呼びしてはせ参じます』なんて言っちゃってさ、あの顔なんてみんなに見せたかったよなあ」

「拙者って時代劇かよ、ウケる」

「ったく、茶々ちゃちゃいれるなよ、コイコ」

 救助中、キネタは完全に意識を失っていると思っていたのだが、どうやら見当違いだったようだ。凛音の治癒ちゆは思っていたよりも効果があったらしい。

 回復していたキネタは、凛音が空中を運んでいる間、覚醒かくせいしたり気を失ったりを繰り返していたのだ。つまり自分に起きたことを中途半端に覚えていたというわけだ。

「こンときメガネさんこそスーパーヒーローだと思ったね。マジでカッコよかったよ」

 キネタの送るウインクに対して、凛音は苦り切った笑顔を返す。

「なんだあ、メガネさん照れてンのか?」

 キネタの記憶を操作しておくべきだった、凛音は思った。

 キネタはおしゃべりだし話に尾ヒレ背ヒレをマシマシでつけるタイプだ。このまま放っておくと話を盛られて、いつの日かワンダーウーマンみたいに讃えられかねない。さすがに生身で銃弾を弾き返すような真似ができるのか自信がない。

「あのー、だいぶ話が変わってない⁉︎ キネタさんを運んでたのは助けてくれたドライバーさんだよ」

 凛音は嘘をついた。

「あれ、そうだっけ?」

「例のトニー・レオンおじさんか。全然違うじゃん、ウケる」

「でもさでもさ、ヘリコプターに乗ってる時からメガネさんの腕の中にいたような気がするんだよね」

「どっからヘリコプターが出てきたの!? キネタちゃんは自動車で運ばれてたんだよね、りんりん?」

「そうだよ」

 凛音はドキドキして答えた。

「ウケる。てかやっぱりキネタは頭も打ってるんじゃね。車で運ばれてきたって凛音が説明してんじゃん。何度も」

「確かに」キネタはポリポリと頭の後ろをかく。「でもなぜかどうしても空飛んでたっていう記憶がしっかり残ってるンだわ。何故か」

「夢のなかで飛んでたんじゃない。私もよく見るよ、空飛ぶ夢。大抵はタッくんと一緒にランデブーしてるの」

「夢ね。夢かあ。そうかもなあ」

 キネタは腕を組む。納得はしていない面持ちだ。キネタは頑固なところがある。これ以上考えさせて、万が一真相に行き着いたら面倒臭いことになる。

「あの、さっきの話で私が院長さんのお孫さんということになっていなかった? これも違うからね」

 凛音は別の話題を持ち出した。こっちはこっちで誤解を解いておきたいトピックだった。

「違うの?」

「違うよ」

「あの後院長さんの孫って人がきて俺らにアイサツしていっただろ。それも忘れたのか? メガネさんのマブダチなんだよな、確か」

「りんりんにそういうお友達がいるって知らなかったからびっくりしたよね」と聖歌。「でもそれはキネタちゃんは知らなかったかも。ちょうどあの時キネタちゃんのご両親が来てたから」

「ああ、あン時か。母ちゃんからめちゃくちゃ怒られたなあ」

 談話室に集まっていた時、キネタの母親――うり二つの母親だった――は姿を現すなりキネタの前に飛び込んできてそのままハグするのかと思いきや、ビンタで引っ叩いた。『何してるの、大したケガもしてないのに病院や学校に迷惑かけて!』などといかにも日本人的な説教をした。

「あの子、あざれちゃんっていうんだっけ。メチャクチャ美人だよね」と聖歌。

「タレントかモデルかと思ったよな。背はスラーっとしてて、髪はサラーッとしてて。まじかわいかった」とコイコ。

 あざれはあの場に姿を現した。

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