第15話 ギフト(7)

 やがて、コイコと聖歌せいかが病院のロビーに姿を現した。

 コイコはベンチの上の凛音りんねの姿を見とめると、足早に近づいてきてハイタッチしてきた。

「イエーイ! やるじゃん、メガネさん!」

 などと場違いの元気さを発揮する。

「りんりん!」

 すかさず聖歌が凛音に抱きついてきた。強いピーチの香り。

 後ろから体育教師の青山が姿を現した。彼の運転でここまで来たようだ。

杵田キネタのことなら安心していいぞ」

 青山が言った。

「病院もさあ、その場にいるメガネさんに言ってもいいとも思うんだけどね。個人情報のなんとかがあるのかな。まあまあ非効率でウケるよね」

「どういうこと?」

「説明しよう」

 青山によると、病院から学校に直接連絡があったようだ。キネタは意識があり(これは凛音も確認済み)、足首を軽く捻挫ねんざしてはいるものの目立った外傷もなく(青山 いわく『服が破れて血の跡があったのは不思議だが』)、脳のMRI画像にも異常はなく、意識障害も認められない。退院。

「というわけで迎えに来たんだ、お前と杵田を」

「あたしたちは付き添いね」とコイコ。

「本来認められないが、見上とキネタが安心するかと思って無理言って特別に連れてきたんだ。特別なんだぞ」

 体育教師の言い草は自分に言い聞かせるかのごとくだった。

 キネタが無事と聞いて凛音はひと心地ついた。

「それで見上、俺から聞きたいことがあるが、いいか」

「はい」

「たくさんあるんだかいいか?」

「はい」

 それから青山から矢継ぎ早に質問が飛んできた。

「お前たちを送ってくれた人は誰だったんだ? 学校としては感謝を申し上げなきゃいけない。名刺めいしなどはもらっているのか? 車のナンバーを覚えているのか? 車種は? 県内、県外ナンバーのどっちだった? 男だった? 女だった? 年はいくつぐらいだった?」

 などと警察官のような詰問きつもんを連発してくる。この質問に答えるには、少々頭をひねる必要があった。

「名前はお聞きしませんでした。車は確か、黒のセダンだったと思います。ナンバーは県内じゃなかったのは確かですね。関東のどこかだったかなあ。紺色のスーツを着て、暗めの赤いネクタイを締めていました。顔はなんていうか俳優のトニー・レオンにそっくりでした。行き先などは聞いていませんでした」

 などと架空の状況と人物を作り上げる。これ以上の追加の質問をされるとボロが出ること必至で胸がドキドキする。嘘をつくのは前から苦手だ。もちろん催眠術で強引に納得させるという手段もオプションとして持ってはいる。

「あまり手がかりがないのだな」

 青山は困り顔だ。これから学校は、存在しないトニー・レオン似の中年紳士を追い求めることになる。少し気の毒に思わないでもない。

「あたしトニー・レオン好き。イケおじだよね」

 聖歌は言った。

「すみません、私も気が動転していたのであまりよく覚えていなくて」

「いいんだ。お前はよくやってくれた。友達を助けたんだぞ」

「そうそう、メガネさんのおかげだよ。あたしパニくってたのにさ、ここぞというところでしっかりヤッてくれてたんだね」

 コイコはその手は青山の野太い右腕にしがみついた。

「病院でそういうことは止めなさい」

 青山は顔を赤らめ、コイコの腕を振りほどいた。咳払いをひとつ。

 病院じゃなかったらいいのかな、ウケる。凛音は思った。

「で、ここからは内緒の話なんだが」

 ひそめた声。

「なになに、もったいぶらないで早く言ってよ」

「お前たちサボってタバコ吸ってたか?」

 コイコと凛音と聖歌は凍りつく。

「何の話!? ウケるんだけど」

 コイコの口調は、油をさし忘れられて百年経ったブリキのオモチャよりもぎこちなかった。

里川サトカワが言ってたぞ。サボってタバコ吸ってコーラ飲んでたらキネタが崖から落ちたってな。これ本当か?」

「サトが。ああサトが。うん、確かに」

 観念したのか、コイコは眉尻を下げた。

「サトに正直に言えって言ったのはあたしか。そうだよ。認めるよ。サボってたよ。まあ、タバコなんて吸うのはサトとキネタとアイナぐらいで、あとはジュース飲んでたんだけど」

「ったく、お前らというやつは」

 青山は手のひらで眉間を押さえた。

「ああ、でもでも、聖歌とメガネさんは許してやってくれよ。今回はあたしらが一方的に巻きこんじまったんだ」

「バレたら停学じゃすまないぞ」

「ごめんて」

「二度としないか?」

「二度としませんて」

「……見上みかみと野中は?」

「私も二度としません」

「だから、メガネさんたちは関係ないって!」

「あるよ。あるんだよ、コイコちゃん」凛音は言った。「私だって自分の意思でサボって、自分の意思でコーラ飲んじゃったんだから。私にも責任があるんだよ」

「メガネさん……」

「私もです。ごめんなさいでした」

 聖歌も頭を下げた。

 青山は野太い腕を組み、ゴーヤとチンゲンサイの濃縮液を一気飲みしたような顔を作った

「今回は目をつぶっておいてやる。だが、次はないぞ。いいな」

「わかりました」

 凛音とコイコと聖歌は声をそろえた。

「反省の色があるようでなによりだ。それにしてもお前ら早まりすぎだよ。今日はゴール地点に飲み物用意してたんだぞ。俺の自費で。レッドブル」

「え、レッドブル? 嘘だろ? ズルいって!」

「ズルしたのはお前らだろうに。講師のとぼしい給料で二クラス分頑張って出したのになあ。お前らにも飲ませたかったよ。残念だなあ」

「えーもう残ってないの?」

「バ〜カ、残して冷やしておいてるよ。あとでキネタたちと飲むがいいさ」

「なんだ、イジワルかよ。ウケる。あんがと、青山くん」

 コイコは青山の太い首に両手を回した。コイコに笑顔の花が咲いた。その光景に聖歌が口元をほころばせた。

 ――サボって飲むコーラの味も特別なものがあったが。

 凛音は思う。

 ――きっとクラスのみんなと飲むレッドブルの味も特別な感じがしたのだろう。

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