第13話 ギフト(5)

 坂を登り切り、雑木林の横を道なりに走っていたときだった。

「二人ともストップ。聖歌せいかもメガネさんも」

「どうしたの、コイコちゃん?」

 聖歌は止まった時に勢いを殺しきれず前につんのめりそうになる。背中を引いて支えてやる。

「ちょっと休んでいこうぜ」

 コイコが親指の先で指したのは、木々が鬱蒼うっそうと生いしげる一角だった。

「えー、ちょっと何考えてるの? こんなところ虫だらけでしょ」

 聖歌は眉をひそめた。

「足を止めたりしたら先生達にバレたりしないかな?」

 凛音りんねの視線はトウヒの伸びすぎた枝に隠された看板をめざとく発見していた。『この先私有地につき無断侵入禁止』とある。

「この先に絶好のサボり場があるんだよ。一度も見つかったことないしへーきだよ。みんなジュース用意して待ってるって」

「さっきからスマホいじってるなと思ったらギャル軍団と連絡取ってたんだ」と聖歌。

「そういうこと」。コイコはウインクする。「もちろん二人の分もあるからね」

 ギャル軍団は通称だと思っていたけど、自称でもあると分かったのが凛音にとって新たな発見であった。

「さあダッシュだ!」

 コイコは左に聖歌、右に凛音の手を取ってヨーロッパトウヒの林の中をかき分けていく。

 私有地に立ち入ることに多少後ろめたいものもあったが、古びているから看板の注意書きも過去の話なのかもしれない。

 木々を抜けると林道が現れた。地面には古びた茶色い石のタイルがしかれていた。昔は普通に道路として使われていたのであろうことがしのばれた。

 コイコの言ってた通り、行く先ではギャル軍団が待っているようだ。二十歩ほど進むと、凛音の発達した聴覚が人の話し声をとらえた。四人、いや五人いる。嗅覚きゅうかくはある匂いをとらえた。前に黒江くろえかもしだしたのと同じ匂いだ。バレたら怒られるだけじゃすまない。凛音は覚悟した。

 ほどなく、開けた場所にたどり着いた。何度か見かけたことのあるギャル軍団のメンツがいた。凛音の頭一つ分高い女子と、頭一つ分低い女子がコンビニ袋からコーラの缶を取り出して凛音たちに手渡した。

「こっちの背の低い子はキネタ、こっちの背の高いのはミオコって呼ばれてる。キネタは同じクラスだから知ってるよね」

「やあメガネさん。ギャル軍団のサボり場にようこそ」

 キネタは言った。体格こそ小さいが声はとてつもなく大きい。耳がキンキンするような高音をはり上げた。キネタは元気の塊だ。クラス内でにぎやかな声が上がると、そこには高確率でキネタの姿があった。勉強は苦手なようだが、メダカのえさやりをしっかりやることを凛音は知っていた。

「歓迎するよ。ゆっくりしていけよな」

「ゆっくりしたらサボるのばれんじゃん、ウケる」

「それもそうか」

 キネタは快活に笑った。

「あなたのことは何度か見かけてるよ。よろしくね、見上みかみさん」

 ミオコという背の高い女子は言った。手足が長く、体育着姿でも様になっていた。落ち着きがあって、このグループにあって最も常識的な人という印象だ。根っこの方までしっかり染めた金髪を肩まで伸ばしていた。ギャル軍団は総じて肌を黒く焼いていたがミオコは対照的に白かった。

「もしかして見上さんもギャル軍団入り? それならもうちょい制服を着くずした方がいいかもね。まずスカート縮めてみようか」

 ミオコははにかんで言った。

「何なに、メガネさんをコーデするの?」

 コイコはコカコーラのプルタブを開けた。甘くさわやかな匂いがあたりに広がった。コイコは喉を鳴らして飲みはじめた。聖歌も飲みはじめたので、凛音もあとに続いた。授業をサボって飲むコーラはいつもとは違う味がした。

「髪は短くして金髪、肌は黒くする感じでどうだ」とキネタ。

「自分のクローン作る気かよ、ウケる」コイコは笑った。

「どっちも却下だよ」と聖歌。「りんりんのお母さん、メチャクチャ厳しいんだから。そういうギャルコーデは全部ナシだよ」

「ふーん。そうなんだ。金髪ガングロ似合うと思うけどな」

「メガネさんはどーなの?」

 コイコがたずねた。

「どうって?」

「ギャルメイクとかギャルコーデとかしてみたかったりする?」

「考えたことない」

「りんりんにはりんりんの好きな格好があるんだよ」と聖歌。

「好きなもんがあるならそれを貫けばいいと思うよ」とミオコ。「でもさ、親の言うこと、教師の言うことに縛られてるんだとしたららツマラナイじゃん。もし興味あるならいつでもいってちょうだい。アタシらいつでも協力するからさ」

「ありがとう」

 凛音は言った。

 振動音が聞こえた。誰かの短パンのポケットの中で、誰かのスマートフォンが鳴っている。

「もしもし、お兄ちゃん?」

 ミオコだった。みんなに背を向け、声をひそめて何やら話しはじめる。――昨日はどこに行ってたの? 今どこ? ちょっと待ってそれ本当!?

 何か慌てている。アダムからもらった“力”を使えば通話の内容を聞き取ることもできたのだが、それではマナーに反する。凛音は意識を向けるのをやめた。

「またお兄ちゃんだよ。ミオコはあれでいてブラコンなんだよね。ウケる」

「あれ、キネタちゃんは?」

 聖歌は言った。いつの間にかキネタと姿を消していた。

「ヤニじゃね」

 コイコは言った。

 耳をそばだてる。灌木かんぼくの茂みの向こうからキネタの話し声が聞こえてきた。キネタは二、三人で車座くるまざを組んで座っている。例のクサい臭いが凛音の鼻腔びこうをさいなむ。

「悪いけど、あたし帰るね」とミオコ。「ちょっとお兄ちゃんが調子悪いみたいなんだ」

「調子悪いって? あいつが? どうせ酒かっ食らって裸で寝てたとかだろ」

「今回は違う。なんだか病院にいるみたい。あたし、行かないと。みんな後でね」

 ミオコはみんなに背を向け、トウヒの木々の向こうに消えていった。

「お兄ちゃん思いだよねえ。私のタッくんへの愛と同じくらい熱いものがあるよ」と聖歌。

「病院ってなんだろうな。やつはケンカするようなタマじゃないしな」

 コイコはぶつぶつ言った。

「ねえ、時間だよ。そろそろ行かないとヤバくない?」

 聖歌の右手のミッキーマウス型の腕時計はいい時間を指していた。なおこれはタッくんとおそろいらしい聖歌の愛用品だ。

「そーだな。先生の見回りもありそうだし、あんまりチンタラしてるとバレちゃうな」

 コイコは灌木の茂みの向こうに「おーい」と呼びかける。

「そろそろ行こうぜ」

「あいよーっ!」

 威勢のいい返事が返ってきた。

 その直後のことだった。

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