第12話 ギフト(4)

 体育はいつも二、三クラス合同で行われるのだが、この日もそうだった。およそ六十人ほどが校庭に集まり、最初は女子が、時間をおいて男子が、各陸上部員に率いられる形で町内のランニングコースを走る。

 体育教師の青山が群青色の青空に向けて競技用ピストルを撃つ(パーン!)。女子生徒達はのらりくらりと歩きはじめた。ピストルに驚いたのか校庭裏の雑木林からカラスが一羽飛び立っていった。

 コイコが体育教師に小さく手を振ると、体育教師は小さく手を振りかえした。大学卒業二年目のこのイケメン非常勤講師とコイコの仲は女子達の噂の的だ。明るみに出たら問題になるだろうが、お互い隠す気がないのか、ことあるごとにサインを交わしあっている。

 学校の校門の前の大通りを生徒達は群れをなして走る。体力に自信のないこの三人組がいるのは群れのだいぶ後ろの方だ。これから坂を登り雑木林の前を通り、学校の裏手に到達する頃には、いつものように後ろから走ってきた足の速い男子達に追い抜かれるのだろう。

 普段は凛音りんね聖歌せいかと二人でタラタラ走っているのだが、この日は成り行き上コイコが一緒だった。

「もう疲れたよ」

「わたしも足腰ヤバい。ウケる」

 坂にさしかかったあたり。ここで生徒たちはふるいにかけられる。体力のあるものは難なく登っていくが、体力のないものは走るスピードを著しく落とす。ここは心臓破りの急坂だ。

 陸上部グループが坂道の上まで到達するのが目にはいった。

「体力の差に絶望するよな」とコイコは笑った。

「もうマラソンやだぁ! 汗びしょびしょだよぉ」

 聖歌が悲鳴を上げた。言葉通り体育着のシャツはところどころ水がたまっている。頭のデカリボンは右曲がりに傾いてきている。

「こんな姿タッくんがみたら百年の恋も覚めるっしょ。化粧も落ちてきてるし」

「こんな顔ぜったい見せらないし、見せないもん!」

「メガネさん、全然息切れしてないじゃん。つえーな」

「本当だ。すごい、りんりん」

「そうかな? すっごい、今さ、きついんだけど〜?」

「本当かよ。表情涼し過ぎてウケるんだけど」

 コイコの指摘は的中していた。凛音は全く疲れなかった。それどころかもっと早く走ってもいいくらいだった。その気になれば陸上部グループだって追い越せるのではないだろうか。ちんたら歩くのにもどかしさすら感じていた。

 これもきっとアダムから賦与ふよされた“力”の恩恵なのだろう。凛音は今やオリンピック級のアスリート並の体力になっているのだ。町内を軽く走る程度ではへばりようもない。思えば昨夜は空を飛び回っていたにも関わらずなんの疲れもなかった。

「はぁはぁ、つらいけど一生懸命走ろうね」

 息切れに嘘くささが出ないように気をつけながら、凛音は足にかかる力をゆるめた。

「なんかメガネさん、スポ根的なこと言っててウケる」

 アスリート級の力があれば、スポーツ界の人気者にだってなれる。もしかしたら人気者としてもてはやされることはとても面白いことなのかもしれない。

 世界中の人から拍手を、熱視線を送られるのを想像する。たくさんのカメラやマイクがむけられるのを想像する。

 ――“力”を使えばそれを現実化できるのだ。

 とはいえ、気になることがある。

 他のみんな――つまりあざれや黒江くろえ杏菜あんなのことだが――はどうして自分たちの“力”を名声を得るために使わないのだろう?

 簡単に得られるのなら、簡単に飛びついてもいいはずではないだろうか。

 性分だから、彼女たちのキャラじゃないからなどと言ってしまえばそれまでだ。

 変に目立つとアダムとの距離が開く結果になってしまうからだろうか?

 そうだとしたら納得。合宿だ遠征だと上京したり渡航したりして、アダムと会えなくなってしまったらたまらない。彼女たち――凛音も含めて――はアダムのために生きているのだ。

 つまるところ、自分の欲望に従った結果、名声や名誉を選ばなかった、というところだろう。

 凛音としては今は悪目立ちしないようにしておこう。本当の自分の欲望というものが分かるようになるまでは。

 とりあえず、これだけは確実に言える。スポーツ界の『期待の星』みたいな感じで新聞やテレビで祭り上げられるのだけは好きじゃない。

 その点では、凛音は自分の性分をよく理解していた。

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