第11話 ギフト(3)
「ねえ聞いてよ、りんりん!」
教室に着くなり
「あのね、タッくんがね、私に意地悪するの!」
非日常から日常に帰ってくると、アダムにまつわるあれこれがすべて嘘だったように思える。
「ふぅん、どんなイジワル」
「ひどいんだよ、週末会ってくれないっていうの。土曜日も日曜日もだよ⁉︎ ひどくない⁉︎」
やっぱりしょうもない。
二日男に会えないからなんだと言うのだ。
「どうしてタッくんは会ってくれないの?」
凛音はたずねた。ダサくておっさんくさいと評判の通学用バッグからペンケースや教科書やノートを取り出す。時間割を見る。数学の授業がある。確率の課題はやってこなかったけどなんとかなるか。
「大学のサークル活動があるんだって。普通彼女よりそっちを優先する?」
「大学生なんだし、そっちを優先したくなることもあるでしょ」
英語の授業もある。面倒臭い。
「今週末はディズニーシーで過ごしたいと思って電話したらこの話されたの。あんまりだと思わない⁉︎」
「ディズニーシーは聖歌の予定にあっただけで、タッくんの予定にはなかったわけでしょ?」
「うん」
「それならタッくんだって先に予約した方を優先すると思うよ」
聖歌はまたほほをふくらませると、凛音に涙目を向けてきた。
「もう、りんりんったらどっちの味方なの⁉︎ さっきから正しいことばかり言って!」
「今はタッくん側かな」
「もう、りんりんは恋をしたことがないからそういう正論ばかり言うんだよ」
「そーかな」
「そーだよ」
恋愛経験らしいものならなくはない。昨晩始まって今朝方終わったものを数に入れてもいいのならだけど。
「そりゃまあ、聖歌ちゃんには経験では負けるけど、これだけは分かるよ。向こうの気持ちもわかってあげなくちゃ。こっちが大人にならなきゃあっちに見放されちゃうよ」
「でも……一緒に過ごしたいんだもん」
「だったら、タッくんのサークル活動に参加してきたら。前にも参加してきたことあるって言ってたでしょ」
「あるけど……サークルにいるときのタッくんなんか難しい話ばっかりしてていつものタッくんらしくなくて嫌なんだもん」
聖歌は背もたれにのせた両腕に自分の顔を埋めるようにした。
「たしか、タッくんがいるのは『広告宣伝文化研究』サークルってとこだっけ?」
「そう、広告なんとか文化サークル」
どうやら聖歌は『文化サークル』とやらに気後れを感じているようだ。二人でいるときとは違うタッくんの様子に戸惑ってしまっているのだろう。以前参加した後はずい分大人しくなって帰ってきた。
「一緒にいたいならサークルに参加しに行くべきだよ。タッくんの別の面を知るのもいい機会なんじゃないかな。好きな人のことはいろんな面を知りたくなるものでしょ」
聖歌は顔を上げ、ウォータープルーフのマスカラに彩られた大きな瞳をパチクリとさせた。そのとーりかも、と聖歌は小さな声でつぶやいた。
「なんか、りんりん変わったね」
「そうかな?」
「変わったよ。前は自分の意見なんて全然言わなかったのに、ちゃんといいレスくれるようになったよ」
こめかみのあたりをポリポリとかく。うれしいような恥ずかしいような友人の言葉。
「ふたりとも朝からマジ語りしてんの、ウケる」
「コイコちゃん」
コイコはギャル軍団の一員で、その肌もそのシャギーがかったロングヘアもブラウンカラーで、唇だけが
「ふたりとも急いだ方がよくない? 一時限目の校庭集合。もうみんな移動しているよ」
凛音と聖歌は教室後方の用具棚に走った。棚の中をひっくり返すようにして体育着入れのきんちゃく袋を探した。
「メガネさんまで忘れてたんだ。ウケる」
「もう、コイコちゃん、『りんりん』って呼んであげてよ。『メガネさん』じゃかわいくないじゃん」
聖歌は言った。
「そう? でもメガネさんがしっくりくるんだよなぁ」
「私はどっちでもいいけど。とにかく知らせてくれてありがとうね、コイコさん」
コイコは目を丸くし、それから細めた。感謝の言葉をもらえるとは予想していなかった様子だ。
「いいってことよ。あたし達クラスメイトだし友達だろ? コイコでいいよ。それよか朝から町内ランニングだってさ。ウケない?」
「えっマジで? 朝から汗ダクダクじゃん? サイアク!」
聖歌はお弁当にピーマンが入っていたときのような顔つきをした。
「マジもマジ。先生そう言ってたんだぁ、まじウケる」
能力を得ようが町内ランニングが辛いのは間違いないな、凛音は今日何度目かになるため息をついた。
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