第2話
ロンドンの春は薄曇りだ。そもそも、一年を通して晴れる日のほうが珍しい。僕は電車に揺られながら、ぼんやりと昔のことを考えていた。とりとめのない過去がゆらりと浮かんできては、去っていく。僕の心象風景はセピア色をしている。アンドロイドの無機質な手つきが、僕の心を形作っている。
毎日生きるので精一杯だ。唯一の楽しみが、家の近くの画廊に立ち寄った後、その隣のパブで一杯ひっかけることだった。家に帰ってからは、一人眠りが訪れるまで小説を読む。決して裕福ではないが、この習慣が僕を生かしていた。アンドロイドから逃れるように一人暮らしを始めて正解だった。何も気がかりなことはなく、仕事は楽しい。これでよかった。これ以上のことは望む必要はなかった。電話がかかってくる。僕は携帯を耳に当てた。
「はい、スミスです」
「スミス? 俺だ、アンディ・ケストナーだ。市内で例の“ナタの男”によると思われる事件が起きたらしい。気をつけて帰れよ。いつもみたいに画廊に寄らずに、真っ直ぐな」
「先輩って過保護ですよね」
「お前とこれからも仕事がしたいからだよ。それと、耳寄りな情報だ。血痕のついたナタが発見されたらしい。指紋がとれたら犯人を特定できるってよ。明日書く記事はこれっきゃない」
「分かりました。先輩も気をつけて帰ってくださいね。夜遅くまで飲み歩いちゃだめですよ」
「わぁってる」
電話が切れた。と言いつつ、飲み歩くのだろう。先輩ほどお酒が好きな人には会ったことがない。
ロンドンの町並みが過ぎ去っていく。陰鬱な表情を見せるロンドンも嫌いではない。心の内の暗がりが癒やされる気がする。一度、そうケストナーさんに言うと「根暗だな〜」と笑われた。からりと笑ってくれる彼のことが結構好きだ。それまでの人生ではいなかったような人だ。
一夜が開けて、朝、また先輩から電話がかかってきた。マリアが行方不明だという報だった。
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