第1話
「おい、エディ。久しぶりだな」
恰幅のいい人が僕に向かって笑いかけた。僕は手を振る。
「やぁ、ビリー。元気にしてた?」
ビリーは僕の勤めている新聞社に、飲み物を持ってくる業者さんだ。つやつやの頬に満面の笑みが特徴だ。僕は新聞社で一番若いから、よく話しかけてくれる。
「ああ、お陰様でね。珈琲もよく売れてるし」
サムズアップするので、僕も同じサインを返しておく。隣で上司が僕に、
「おしゃべりはいいが原稿書けてんのか」
とせっついてくる。
「あとちょっとです」
と返すと、「ほんとかよ」と寝不足ぎみの隈のある顔でぼやいた。上司はアンディ・ケストナー。3つ上の先輩で、入ったばかりの頃はよく知らないことを教えてくれた。言葉は粗っぽいけど、情の厚い人だ。
「しっかし、今回担当する事件、気味悪ぃな」
「“ナタの男”ですか?」
「ああ。殺した人間の髪をきれいに整えるなんて、正気の沙汰じゃねぇよ」
「どういう心理なんですかね」
「作品とでも思ってんじゃねぇか? あるいは髪フェチ。あぁ、でもそれじゃ切り取るなりするか」
「どうなんでしょうね。強迫観念からかも」
「“髪は綺麗にするものだ”みたいな? 病的な執着心を感じるな」
「どの場合にせよ、犯人が何かに囚われていることは間違いなさそうですね」
「友達にはなれなさそうだな」
「人殺してる時点で無理ですよ」
「まあな。しかし不思議なのは、犯行手口は同じなのに、髪を整えた被害者とそうでない被害者がいるところだな。どういう違いなんだ?」
アンディは鉛筆を鼻の下に挟んだまま、椅子の背にもたれかかった。
「気に入ったか、気に入ってないかとか?」
「そのどちらかしか殺さない、というわけじゃないのがおかしい。やっぱり犯人、別の奴なんじゃないか?」
「でも、どちらの犯罪現場にも、『完了』のメッセージカードが落ちている。筆跡は同一人物だと鑑定結果が出ていて、手口もナタによる殺傷で同じ」
「あ〜、訳分かんねぇ。犯人の心境が理解できねぇ」
「できないのが普通ですよ。僕らは警察の情報を記事にすればいいんです」
「犯人と思われる人物に独自取材とかしたいじゃねぇか」
「それは確かに、売れるでしょうけど……」
アンディは足で稼ぐタイプだから、受け身的な僕とは考え方が違う。
「ねぇ、そこうるさいんだけど」
向かいに座るマリア・エバンズが怒りを顕にした声をあげる。
「ごめんな、マリア」
「気安く呼ばないで」
棘々しい声に、アンディが肩をすくめ、僕にだけ見えるように舌を出した。思わず笑ってしまう。ギロリとエバンズににらまれて、僕は首をすくめた。
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