第11話

 武井はその日の夜、いろいろと考え込んでしまった。そして一つの可能性に気づいた。それは事務所の監視カメラ。昨日も胸元にスマホを移動させて不振な動きをしていた位だ。そもそも専務が人から何か言い含められたとしても、人の言う事を百パーセント鵜呑みにしてあのように二ヶ月もの間怒り続ける事は考えづらい。言われただけならばきっと「武さん、こんな話聞いたんだけど覚えあるか?」と言ってくるはずだ。少なからず、人から聞いた話しを百%信じる事は稀な事だろう。その話が真実かどうか確かめる行動はとるのではないだろうか。ただし事務所の監視カメラの映像と音声ならば武井に聞く必要は無い。現場を押さえた様なものだ。しかし会社批判と言うのがピンとこない。

 改めて考え続けた。そしてふと思いついた事がある。映像の加工。可能性の話になるが、考えられることがある。例えばの話。

 ある日、営業部のマネージャーとの会話。武井は会社の自分の机から携帯で話していた。

「久しぶり。マネージャーになったんだって、偉くなっちゃったね。おめでとう。」

「いやいや、武井さんのおかげですよ。それより、実は葬祭も受けたんですよ。」

「ほう、更に儲けちゃうか?」

「全然、たった四パーセントですよ。」

「四パーセント?なんでそんな仕事請けたの。一千万円の売り上げで四十万円しか入らないんじゃ人件費にもならないじゃん。」

「仕方ないんですよ。誰も請けないから。」

「会社も凄いなぁ、もうちょっと出してやれば良いのになぁ。」

 ザックリと前半はこんな会話だが、ここまでの録画を見せたら正に会社批判で専務は怒るだろう。しかしこの後に更に会話は続く。

「でもさぁマネージャー。施行後の営業権利が受け会社にはあるらしいじゃん。」

「ありますよ。でも契約にならなかったらただ働きの奉仕ですよ。」

「でも仮に十件の施行で七割獲得したら百万円位の売上げになるから美味しいんじゃない?」

「それは獲れればですよ。」

「この会社はな、頑張って成果が出たらいくらでも儲けさせてくれるけど、成果が出ないと冷たいの、よく考えてるよな。だからデカくなるんだわ。ついでにな、保険も延長線で獲ったらもっと儲かるだろう。」

 後半はザックリとこんな会話だった。

 武井は長年営業を生業にしてきた人間なので、先に先方に同調するような話し方をしてから「でもね」とこちらの意図を話す事が多い。この件とは限らないが、もし悪意を持って録画を編集したのなら、いくらでも会社批判の映像は作れるだろう。そう、人の会話を編集したらいくらでも違った意味合いの会話に見せる事ができる。芸能界とか政界なんかでもたまに問題になるのを見た事がある。しかしあくまでも想像の域である。


 武井は数日後、やはり専務に一番近い総括部長のところに行ってみた。

部長は携帯で電話中だったが、武井の姿を見て立ち上がった。会話を続けながらも会議室に誘導する仕草で歩き始めた。武井も後に続いた。電話を切るといきなり本題に入った。

「武さん分かったよ。専務が怒ってる理由。武さんが保険商品を批判して歩いているって。営業部長が自分の商品批判しているようじゃ成績下がるの当たり前だって怒ってた。なにか覚えある?」

 武井は驚いた。いきなり頭を殴られたような思いだった。全く覚えが無い。しかし、そのように受け取られるような発言は無かったか?誤解されるような発言は無かったか?考えたが思い浮かばない。総括部長は流石にこの件は友達ではなく、真剣に武井の目を見ているのを感じた。考えろ、指摘されるような可能性があるとすれば何だろう。もしかして、思い当たるとすれば。

「部長、商品の批判と言うのは思い当たらないですけど、一つ、特殊な保険契約に対してですね。社長から前回はこんな書類を添付して出しなさいと指示されたものが、次回それでは駄目だと言われて修正したけどまた次の時には更に変わってしまって部下がその特殊な契約を獲るのが怖いと言い出しています。一度言った事が変わるのが日常的でそんな社長の指示に対して批判的な発言はあります。社長の指示が変わるのはみんな分かっているんですけど、またかみたいな雰囲気で、でも契約ですからね。ルールが変わってお客様に叱られるのは営業マンなので困っています。」

 部長は聞き終わると腕組みをしたまま、天井を見つめていた。武井の言い分と専務から聞いた言い分を考えているのだろう。

 武井は別の事を考えていた。社長が専務に言い含めた事はどうでも良いように思えてきた。それを聞いた専務が一方的に社長の言い分を全面的に信用して武井の言い分を聞くことも無く激怒している事が不思議に思えてならなかった。信用が無いと言うことだ。四十年間勤めた自分が、グループ会社の実質トップの専務から信用されていないことに愕然とした。武井は壮年期の現場社員としては生き残りのような立場であることは自覚している。しかしグループに来て十年にも満たない社長の進言を鵜呑みにしている専務に違和感を感じた。

 しかし、このストーリーには独特な理由があった。保険部門の社長は専務が連れてきた人材だったのだ。専務が外部の信頼できる人から紹介されてグループの保険部門の建て直しの為に社長として任命したのである。絶対勝てない。いや、勝とうなどとは思ってもいなかった。ただ転籍を希望しただけだ。この人から離れて仕事をしたかった。それだけなのだ。部長の役職が無くなっても、給与が四割ダウンになっても、それでも職場を変えたいと思っただけなのに。とんでもないブラック評価を押し付けられたものだ。今の保険部門の業績低迷は全て営業部長の武井の責任と言う事になっているのかも知れない。

 その夜、武井は今日の部長との会話を思い出していた。「保険商品を批判。」何か誤解されるような会話はなかったか。

 一つ可能性のある出来事を思い出した。数か月前。ある五十代の営業マンが会社の医療保険に入ろうかと思ったのだが掛け金が高くて入れないと言う。確かにこの人物は話していて楽しいのだが営業成績が今一で借金もあるようだ。将来的に掛け金が上がるタイプは不安で入れないと言っていた。色々話したがやはり入れないと言う。そこで他社の保険で当社の半額の保険料で将来も保険料が変動しないタイプの保険を教えてあげた。補償額が小さくても何も入らないでいるよりいいんじゃないかと教えた事がある。この内容を人伝えに尾ひれがついて専務の耳に入ったとしたら会社批判になるかも知れない。専務にしてみれば武井にその内容を話せば即、誰から聞いた話かが知れてしまう。だから武井には何も聞かずにクビ。

 ちょっと考えづらいが事実だとすれば酷過ぎる。

 ところで九月・十月の特別キャンペーンはどうなっているのか。なんと前月の倍以上の成績を残す事ができた。しかし目標は二ヶ月で三百件。一ヶ月で百件では全く足りない。一ヶ月で百件の成績は何年ぶり?武井が赴任してきた当時でも良くて八十件。数年ぶりの業績ではある。しかし武井は思っていた。これはキャンペーン効果で根本的な建て直しには程遠い。残り一ヶ月。


 数日後、元役員が本社の近くまで来ると聞いた。昔から元役員には可愛がられていた。会社の中で判断に困ったときに「大人のアドバイスをお願いします。」などと言って何度か相談して助けられていた。そもそも営業出身の方なので年齢など関係なく仕事の話では馬が合う。武井は、駅の改札で待っていた。新幹線の改札から懐かしい姿が現れた。そこから喫茶店まで歩きながら事の次第を簡潔に話した。

「武さんは本当に立ち回りがヘタなんだよな。武さんらしいんだけど、動く前に相談したら良かったのにな。」

「すいません。本体から離れた役員とはなかなか会う機会も無くてちょっと話しづらくて、こんなことになってから話すのも申し訳ありません。」

「まぁ、総括部長からは少し聞いていたよ。」

 総括部長が営業本部長の時に、その上司が元役員でお二人は大変コンビネーション良く、組織を纏めていた。今は立場が変わったがお友達のようで連絡を取り合っているのだろう。

 喫茶店でコーヒーを飲みながら。

「先日な、保険部門の扱いについて少し専務と話す機会があってな、もう少しグループとして保険部門に力を入れたほうが良いのではって話したばかりなんだよ。グループとしてここ二年間保険部門をないがしろにしているからな、当然会社の事情も分かった上でどうにかできないもんかって話したばかりなんだ。」

「会社の事情は自分も分かっているつもりです。勤めが長い分、そのあたりの事情は理解できています。ですからグループの方針に意を唱える気は全くありません。」

「それで専務とは直接話せないのか?」

「全く聞く耳も無くて電話も切られてしまいました。」

「専務もそうなるとなかなか難しいなぁ。武さんとしては今後どうするつもりなの。」

「まぁ、退職するしかないかなぁと思っています。」

「まったく勿体ないなぁ、うちの会社に来ないか?歓迎するぞ。」

「専務に対して元役員の立場が悪くなりますよ。」

「今まで何人面倒見てきたと思う、一人や二人じゃないぞ。」

「そうでしたね、僕も一時期傘下に入ってかばってもらっていた時期がありましたよね。お世話になりました。」

「懐かしいな。」

 その後営業マンの考え方とか育成について話が盛り上がった。とても懐かしい時間を過ごした。この日はほんの四十分程度の会話だがなんとなく武井の心はもっと自分を大切にしても良いのではと思い始めた。一線を離れた元役員が今でもお元気に仕事の一角に携わっている。それは誰にも自分の仕事をじゃまされないで自分の経験とキャリアで今でも前を向いている姿を見たような気がしたからだ。武井にとって自分らしい仕事ってどこでどんな仕事をしている姿なのだろう。元役員は「昔の武さんは輝いていたな。」と懐かしそうにありがたい言葉を残していった。


 武井は、新人の企画部長とは更に仲良くなり、頻繁に昼食に出ていた。いよいよ会社を立ち上げたらしい。現状は兼務で仕事をしている。グループの専務がその会社の役員に名を連ねていると聞いて驚いた。更に。

「武井部長、私昨日役員室で専務と打ち合わせをしていたんですね。打ち合わせが終わって雑談になっていきなり部長の話題になったんですよ。」

「僕の話題?なんて。」

「武さんの事どうしようかって。私に言われてもねぇ。なんか突然言い出したんですよ。」

「こうして一緒にお昼に出ているのを見ていたのかもね。」

「専務が言っていましたよ。武さんは昔、グループでベスト3に入る優秀なマネージャーだったんだけど、なんせ野党だからなぁって。」

「何それ野党って。そんなに反対意見ばかり言ってないよ。」

「専務にはそう見えたんじゃないですか。でも何とかしてあげなきゃなって言ってましたよ。」

「まぁ原因が分からないけど、とにかく誤解が解けなきゃね。今更無理か。」

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