第5話
それから二ヵ月後、社長の知人でとても優秀な人が入社してきた。入社当日まで武井は知らなかったが、お局さんだけはその人の入社を聞いていたらしい。その人は以前、傾いた企業の建て直しなども手掛けていた優秀な人だ。病気で療養していたが、社会復帰するタイミングで社長に声を掛けられたらしい。企画部長と言う肩書きで入社した。
武井はどう言う訳かその人とは気軽に何でも話せた。しょっちゅう二人で昼食に出た。当然、最初は社長の人となりの話題を避けていたが、少しづつ触れてみたら以外にもその人も似たような感想をもっていた。そして半年程度で辞めるか、嘱託契約にしてもらい、別の仕事を考えているらしい。
「社長に誘われて入社したのに、社長のお友達じゃないの?」
「全然、友達なんかじゃないですよ。」
「昔からの付き合いだって聞いたけど。」
「仕事の関係で知り合ったのは十年位前になりますけど、仕事上だけですよ。」
「正直言って、営業部長の後任かと思っていましたよ。」
「いやいや、私は営業部長なんてやりませんよ、それに武井部長がいるじゃないですか。私は会社を立ち上げる予定があるので。ここには永くいられないんですよ。グループの専務も承知していますよ。」
グループの専務も承知していると言う事に武井は驚いた。
この企画部長の入社に対し、武井の居残りは社長の思惑に微妙なズレを起こしていると思うが、更に企画部長の退社計画は更に社長の思惑にズレが生じるのかも知れない。
武井は社長から提案された代理店の開拓にチャレンジする事にした。まずは、総合保険販売会社を訪問してみたがことごとく断られた。説明も聞いてもらえない。事務所に戻って社長に報告したら当たり前だと言われた。そもそも販売手数料が一桁違うらしい。それではどこに行こうかと悩んでいたら、葬儀会社を廻ってみたらどうかと助言をもらった。社長も昔、葬儀会社への営業を経験しているらしい。
武井は早速、県内の葬儀会社をネットで検索して名簿を作成した。そして葬儀会館を所有している会社に絞り込み、地域別に一覧表を作成した。それでも想像以上に葬儀会社は多い。そして訪問した際に必要な会社概要と提案書を作成した。葬儀会社が保険を販売するメリット。保険の販売手数料などより、葬儀会社のメリットを説明し、お客様の囲い込みツールとなる商品であると説明する内容である。また、オーナーが留守の場合を想定し、伝言書類も用意した。件数が多いので県内全てを廻るのには相当な時間を要するだろう。
翌日からは通常業務の合間を縫っては葬儀会社を訪問した。数日の間に他社に先を越されている事に気づいた。一~二年前にことごとく訪問している保険会社があったのだ。それでも犬も歩けばではないが訪問を続けた。
そうしているうちに、ある葬儀会社の支店長さんがとても前向きに検討して頂ける事になった。その葬儀会社は数ヶ月前に都内の大手葬儀会社にM&Aで吸収されたばかりだった。何度か訪問し、都内の本部に話しを上げていただける事になった。やっと成果が出そうな雰囲気。社長には既に途中経過は報告してある。しかし、いよいよ本部へのアプローチが必要なタイミングで社長からストップがかかった。武井には理由がよくわからなかった。その会社の本部の都合のような言い方をしていた。再び支店長さんに会いに行ってみた。何か聞き出せるかも知れないと思ったからだ。
「支店長、突然の訪問で申し訳ありません。今、大丈夫ですか?」
「どうも武井さん。いらっしゃいませ。ちょっとこちらでお待ち下さい。」
やはり業務が入っていたようだ。突然で申し訳ないが事前に電話で話すより、どうしても直接顔を見て話したかった。お客様を接客中のようだが、すぐにお客様は帰られた。
「お待たせしました。」
「すいません。連絡もしないで。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。私も武井さんとお話がしたかったんですよ。」
「あっ、何か進展がありましたか?」
「先日、本部で支店長会議がありまして、本部長から御社の保険販売について検討中だと言う説明があったんですよ。」
「えっ。当社の保険に間違いないですか?」
「そうです。間違いないですよ。」
「その本部長さんはどこからその話を持ってきたんでしょう。」
「さぁ、わからないです。私もこちらでこの話しがあるとは言わないでおきましたから。武井さんが本部に話されたのではなかったのですか?」
「私は今始めて聞いた状態です。」
「そうですか。ところで、本部が保険販売の契約をした場合はこちらでも販売はできるのですか?」
「本部と支店長さんに雇用契約はありますか?委託契約の場合と雇用契約の場合は条件が違ってきますので。」
「はい、雇用契約になっています。」
「それならば大丈夫です。契約代理店の従業員様であれば資格さえ取得すれば販売できます。」
「あぁ良かった。そうしたら、いろいろと武井さんに手伝って頂けるんでしょうか?」
「もちろんそうなれば、研修とか内覧会のお手伝いもさせていただきます。」
「よかった、そう言うのが聞きたかったんですよ。」
「しかし、驚きました。既に本部長さんが同じ話しを持っていたとは偶然ですね。」
「私は武井さんから話が上がっているのかと思って何も聞かなかったんですよ。」
この日の情報は武井にとって、ある疑問を抱く事になった。いよいよ支店長さんが本部に話しを上げようかと言うタイミングで、社長からストップが掛かった。武井は念のため支店長さんに話を聞きに来たわけだが、もしかして既に本部には社長がアプローチを掛けていたのではないだろうか。そうでなければ武井にストップを掛けたタイミングと今日の話がかみ合い過ぎている。会社に戻って、社長に口頭で今日の報告をしてみた。
「その支店長さんの立場の為にも現場からその話は持っていかないほうがいいぞ。」
「それでは、もう訪問しないほうがいいですか?」
「ん、行かないほうがいいな。」
なんとなく武井にとっては釈然としない理由だが、行くのを止める事にした。それ以来訪問はしていない。
しかしその後、更に別の葬儀会社でもおかしな事が起きた。
ある駅前の葬儀会社。数ヶ月前に会社の代表が他界して親友の会社社長さんが会社ごと引き受けた葬儀会社である。そこの専務さんが前向きに検討して頂けると言う事で何度か訪問していた。しかし、業績そのものが芳しくないようで、新しいオーナーにはなかなか話しづらいらしい。そこで武井は、思い切って業務提携の提案をしてみた。すると、保険の販売よりも興味を持ってもらえた。早速オーナーに話してみるとおっしゃった。当グループとの業務提携となれば一石二鳥かもしれない。
武井は会社に戻り、この内容を社長に報告した。しかし翌日。
「昨日の話は上に任せることになったから、もう武さんは本業に専念しなさい。」
「社長、先方の専務さんとの話で、まだ新しいオーナーさんまで伝わっていない状況ですけど、大丈夫ですか。」
「大丈夫だ、業務提携より保険の成績の事を考えてくれ。そっちが本業だろう。」
「わかりました。」
しかし、翌日グループ本体の業務副部長から武井の携帯に電話があった。
「武さん、駅前の葬儀会社と、業務提携できるんだって?」
「えっ?いや、まだオーナーさんとの話しまで行ってないですよ。専務さんが乗り気ではありますけど。」
「そうなんだ、うちの部長が保険部門の社長から業務提携できそうないい話があるから行くように言われたらしくてさぁ。」
「ちょっと先走り過ぎですよ。これから先方の専務さんが新しいオーナーに話を持っていくところでどんな話しになるかまだ静観の段階ですよ。」
「なんだ、もう契約の具体的な話に行こうかって言い方だったよ。」
「うちの社長が業務部長にどんな言い方をしたか知らないですけど、まだちょっと待っていたほうがいいですよ。」
「なんだそうなの?」
その後先方の執行役員さんが当社グループ本部に尋ねてきて、常務と話し合いをしていたらしいが内容はわからない。
いずれの場合も武井は釈然としないまま仕事を途中で引くことにした。明確な理由を聞けないまま。それ以来、葬儀会社の訪問はやめてしまった。
グループから年末イベントの通達が廻ってきた。コロナ過で売り上げが激減し、多少の売り上げを確保する為におせちの販売ノルマが全グループに来た。おおよそ一人5セット以上。事務所で四十セットを売らないとノルマはクリアできない。安い品ではない。
「社長、中には売れない職員もいるでしょうから厳しいので、取引している業者さんにも少し協力していただきましょうか?」
「そんなグループ本社がやってるような業者いじめは私はやらないんだ。」
「わかりました。」
次の日にある業者から武井のところに質問の電話がきた。おせちの件である。余計な事を言わずに「よろしくお願いします。」と言い電話を切った。皆の前でカッコいい事言っていたけどまただ。自分たちで努力しなさいと言う考え方であると言う事にしておこう。
その業者さんは年末のお歳暮をおせちに変更したのだろうか。二十セット以上のおせちの注文を頂いた。その成績の販売担当者名が社長になっていれば何の問題も無いのだが、業務の次長とお局さんと社長の三人の担当者名になっていた。全て武井が管理しているので内容は見え見え。余計な事を言わないでいたが、皆にはバレバレだ。特に可哀相だと思ったのは業務にはもう一人新人の女性がいる。その子には一件の成績も付けていない。武井たち営業は自分たちで何とか頑張ればいいと思っていたので文句は無いが、なんでその子だけ成績を付けてあげないのか。社長も次長もお局さんもノルマを余裕でクリアになっている。
お蔭様で部門のノルマはクリアできたが業務の女の子は一人成績ゼロである。
そして達成のお礼として、本社からクオカードが配布された。社長の分は「皆で分けなさい」と気前よく言ってくれたのは良いのだが、余計な一言を言った。
「成績ゼロの人間には渡さなくていいからな。」
ちょっと驚いた。自分達は業者の販売成績を三人で割り振っていたのに、その言い方はないだろう。要はその事務員は、社長があまり好んでいない人材、と言う事だろうか。
その後武井の部下が一人退職する事になった。武井から見ても陰日なたのある営業で、仕事の内容にも問題がある。先月叱りつけたばかりだ。ただし、退職となれば話は別である。今後はお客様であり、どこでどんな縁があるかわからないのでお別れは丁寧にしておきたいと思う。退職した後の悪口は論外である。どんな風に本人の耳に入るか分からない。
しかし、皆の前で社長が一言。
「年間三百万円の人件費が削れた分、広告費に廻せるんで良かった。」
なんと、社長が皆の前で言ってしまった。営業のスタッフがこそっと武井に言った。
「社長は怖い人、私が辞めたら後で何を言われるかわからないわ。」
社長は学校の勉強は優秀だったのだろうが人としては・・・。しかし他人事ではない。後で武井にも火の粉は飛んでくる。
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