第3話 島渡り


 何度もライカは意識を失いそうになっていた。空中に首だけ宙ぶらりんというのは非常につらいものだ。クレナイに懇願して無知性竜種の背に乗せてもらったのは三度目の島渡りの時だった。


「ぜぇ……はぁ……」

「根性無しめ」

「うる……さい……鬼族と一緒にするな」

「鬼でもありゃ無理だ」


 おい、と口に出さなかったのは疲れているからか、はたまた、首輪の効力か、ライカには判断がつかなかった。見渡す限りの青空を前に、ライカは少し怖気づく。下を見やれば一面の水面、いや海面、海景色だ。魚がたまに跳ねては波に飲まれていく。


「どうしたんだい?」

「……なんでもない」

「う、海に見惚れていた」


 なんだそんなことか、とクレナイは興味を無くしたように無知性竜種の背の上で立ち上がる、風を目一杯に受け彼女の紅白の羽衣がはためく、その様はまるで幻想のようで、今にも消えてしまいそうだった。


「クレナイ……?」

「どうしたライカ」

「いや……今、お前が消えそうに、見えて」

「ふぅん、まあそういうこともあるさね」


 然して気にした風でもなく、流れる空気を浴び続けるクレナイ、その寂し気な後ろ姿がどうしても放っておけなくて思わずライカは隣に立った。


「どうだい、風が気持ちいいだろう?」

「ああ、そうだな」

「カカッ、やっと素直になった」

「コレのせいだ」


 ライカは首輪を指さしてそう言う。クレナイはそれに微笑みで返した。力でも、そして心でも勝てない、そう悟ったのは四つ目の島に降りてからだ。


「さて今日はもう遅い、この島で一泊しよう」

「まだ夕暮れじゃないか」

「ばかたれ、夜には巨竜が出る」

「巨竜?」


 初めて聞いた単語だった。少なくともライカにとっては。クレナイは愕然とすると仕方なく不承不承と講釈をたれ始めた。


「いいかい? いくら無知性と呼ばれていたって竜種は竜種、行動が一定であるがゆえに厄介な事もある、それが夜行性の『巨竜』だ。その大きさはオレらを百人集めてもまだまだ足りないくらいだ。その狂暴性も、だ。仮に鬼族の猛者が挑んでも一人じゃ勝てない。高位の竜種一人と考えた方が早いくらいだ」


 高位の竜種、人間のライカからしたら七天蓋の大魔道士の様な存在に思われたが、しかしそれは同時に彼とっては雲を掴むような話でもあった。だから直球に聞いた。


「大魔道士とどっちが強い?」

「……あのなライカ、大魔道士って言ったら人間の頂点だろうが、仮にも一番長い棒をものさしに持ってくるんじゃないよ、計りにならないだろう」

「はぁ……?」


 そういうものだろうか、とライカにはいまいち分からない話だった。七天蓋も巨竜も、まるでおとぎ話のような存在でしかなく、実際に見ないと納得出来ない。少年はそうクレナイに告げた。すると彼女は口角を吊り上げて。


「つまり、巨竜が見たいと、直に見たいと申すのだな?」

「クレナイって喋り方、安定しないよな」

「るっさい、そんなに見たいなら見せてやる、夜、飛ぶぞ、いいな?」


 その「いいな?」には絶対服従の呪いはかかっていなかった。しかしライカは首を縦に振る、肯定の意、彼はただ好奇心だけで動いていた。

 日は暮れ、夜になる。飼い慣らした無知性竜種を起こし、その羽根を広げさせ、背に乗る。


「こいつだってこんなに大きいのに」


 人間種が十人は乗れそうな大きさをしている。二人では持て余すくらいだ。しかし、巨竜というのはもっと大きいらしい。ライカはそのクレナイの言葉に少しワクワクしていた。


「子供だねぇ……今から命はるってのに」

「命ならもうはった後だ。後悔はない」

「……へぇ、言う様になったじゃないか」

「別に、僕は何も変わってない、少し、そうだな、少し状況に慣れただけだ」


 奴隷のような扱いを受けているが、その分、不自由もしていない。憎しみが無いと言えばそれはライカにとって嘘になるが、こうして要望を叶えてくれることに大なり小なり感謝している節もある。

 上空にたどり着く、星一つ見えない、おかしい、まるで空になにか幕がかかっているようだ。


「これが巨竜の腹だ」

「は?」


 よく目を凝らすとそこには確かに鱗が見えた。天を覆う鱗の列、それしか見えない。


「これが巨竜……?」

「どうじゃ? 驚いたか?」

「どこまで腹なんだ……? 先が見えないじゃないか……」

「先には行かん、視覚に入るからな」


 確かに、こんな大きさの生物に襲われたら誰も勝てる気がしない、高位の竜種、と同等の強さを持つ人型種。さらにそれより強い人間の頂点、大魔道士。そして七天蓋。


「クレナイ、戻ろう」

「どうした、怖気づいたか?」


 無言で首肯する。するとクレナイは無知性竜種を前に飛ばす。


「おい……やめ……!?」

「お前にいいものを見せてやる」


 眼前に迫るのは巨竜のかおだ。歯一本取っても、その大きさはライカが五人いても余りある。そんなものが何本も並んでいる。そして、に入る。視覚内に入り込む。巨竜が吠えた。


「亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜ァァァァ!!!」


 轟音が鳴り響き、思わずライカは耳を塞ぐ、するとクレナイが何かを呟いている。ライカには聞こえない。


 ――捧げし魂は矛神へと、我らが矛に力を与え給え――


「唸れ、絶炎葬ぜつえんそう、我が敵を葬り消し去れぇ!」


 極光が迸る、それが炎だと認識することをライカは出来なかった、直視すれば目が焼かれてしまうから。耳も塞ぎ、目を閉じ、彼は自分の脈動と外からの炎熱と瞼を貫通する明るさだけを認識していた。次に目を開けた時に広がっていたのは巨竜の焼け焦げた死骸が海に落ちる様だった。そして――


「クレナイ?」


 彼女の姿が見えない、首輪の鎖を手繰ってみるとクレナイは無知性竜種の背に寝転がっていた。


「はぁ……燃費が悪いからあんまり使いたくないんだ、コレ」

「……帰ろうか」


 手を振って無言で肯定の意を示すクレナイを見て無知性竜種の手綱を手繰る。クレナイの見様見真似で操作して元の島へと帰って行く。その内、何匹も巨竜の腹を通り過ぎた。視覚に入らないかずっと冷や冷やしていたライカだったが、同時に己の境遇に感謝をしていた。


 ――先生ごめん、僕、少し楽しいって思ってる。


 憎らしい相手なのに、街の仇なのに、胸のドキドキが止まらない。こんなにもワクワクした体験はライカにとって生まれて初めてだった。

 クレナイへの憎悪は、薄まりつつあった。きっと首輪のせいだと彼は自分に言い聞かせて元の島に辿り着くのだった。


※人間種と七天蓋

 高度な知性をもった生命体としての種族を総じて人間種と呼びます。それには鬼族などの亜人も含まれます。ややこしくてすみません。そしてこの世界には七つの種族がおり、それぞれの頂点を「七天蓋」と呼びます。

 七天蓋はそれぞれ

・人間 大魔道士

・鬼族 童子

・エルフ レジェンド

・ドワーフ 大業物

・獣人 霊獣

・竜種 エンシェント

・精霊 パラドキシカル

 が存在しています。

 なお、その命が終わり空席が出た場合は次点の実力者がその座を継ぐ事になっています。

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