第2話 僕、奴隷です。


 揺れる馬車の荷台の中、ライカが目を覚ます。


「こ……ここは?」

「鬼のよ」

「鬼……そうだ! 先生ッ!? ガッ!?」


 ライカはを引っ張られつんのめる。

 その鎖の先には白髪はくはつに真っ赤な瞳孔の少女クレナイが居た。


「よお小僧、いい夢見れたか?」

「お前、お前……!」

「ハハハッ、無理無理、この首輪はのう、絶対服従なんじゃ、ほれお手」


 すると勝手にライカの腕がクレナイの片手に伸びる。


「よお出来ましたっと」

「お前、そんな事して楽しいのか」

「楽しいよ? 小僧はワシのだし?」


 馬鹿にされている、瞬間にそう思った。

 今の服装だってそうだ、盾教会の正装も汚れたボロ雑巾のようになっており、片や宿敵たる鬼族の娘は小奇麗な竜種の羽衣を纏っている。


「この羽衣か? 無知性竜種じゃないぞ? 本物の竜種の羽根を毟って作ったのよ」

「悪趣味だ」

「そうかい? それは無知性竜種を選ばなかったからか?」

「それ以外に何がある」


 すると呵々大笑にクレナイは笑う。


「知性の有無で種族を差別する小僧のがワシには悪趣味に見える」

「なにをッ!」

「まあまあそう、いいか? ワシらは力だけが全てじゃ、それ以外で人を判断せん、全て平等じゃ」

「僕達には力が無かった言いたいのかよ」

「よくできました」


 絶対服従の首輪の魔力で強制的に冷静にさせられる。憎らしい気持ちは変わらないというのに。


「なんで僕達の街を襲ったんだ」

「今、言うたやろ? 鬼は力で全てを判断する、通り道に街があれば、力でねじ伏せる、それだけのことよ」


 通り道にあったから、ただそれだけの理由で僕の街は襲われた。綺麗な白亜の街並みは失われ、ライカはもうその跡地に戻る事も出来ない。全ては目の前の女のせいだ。ライカは目つきを鋭くして視線を向ける。しかしどこまでも飄々としたクレナイは。


「そうや小僧、名前を聞いてなかったね、


 首輪の強制力、有無を言わさない。


「ら、ライカ」

「へぇ! 来火ライカ! クレナイ来火ライカ……いい語呂合わせじゃないか」

「これ、外せよ」

「いやだね、あんたはワシのもんだ、もう唾も付けた」


 ライカは思わず赤面し唇を押さえる、温い感触と共に指に紅が付く。その様子を見てクレナイは大いに笑う。


「ハハハッ、生娘みたいな反応じゃないか! ちゃんとついてるかいあんた?」

「うるせぇ! そっちこそ生えてんじゃねぇのか!」


 そんなことをガヤガヤ言い合っていると馬車の足が止まる。


「さて、と」

「なんだ、また別の街を襲う気か」

「いんや、だ」


 無知性竜種の鳴き声が轟いた。打ち寄せる波の音、一日馬車を走らせただけで少年は故郷では見れなかったまで来てしまっていた。

 もう戻れない、ここから先は少年も知らない世界が広がっている。


 ――不思議だ。


 そう彼は今ほんの一瞬だけ憎しみから解放され期待に胸を膨らませていた。


 ――これから何が待っているのだろう。


 そんな気持ちに揺り動かされ、彼は自分の意思で馬車の荷台から降りた、クレナイが慌てて続く。

 果てしない青が広がる蒼穹に目を奪われ少年は太陽に手をかざす。あの白亜の街では見られなかったものが此処からならば見られるかもしれない。

 そんな欲望がライカの胸中を駆け巡る。

 クレナイはただ一言。


「行くよライカ、あんた空を飛んだ事はあるかい?」


 そう言って近づいてきた無知性竜種の足を掴んで行ってしまった。もちろん、クレナイとライカは首輪で繋がっているわけで。


「ちょっと待っ、首!?」


 ライカは半分首絞め刑みたいな恰好で人生初の空中旅行を体験する羽目になるのだった。クレナイはもちろん笑っていた。


※無知性竜種と竜種

 読んで字の如くなのですが、この『矛盾世界』には二種類の『竜種』がいます。

 一つは霊長としての竜種、人型の「最強種」です。

 もう一つは巨大な体躯を持った空飛ぶ「家畜」もしくは「野生生物」です。

 無知性とは言われていますが全く知性が無いわけではなく、縄張り意識や危険判断などの行動は取ります、しかし、その行動性があまりにパターン化され過ぎていて「無知性」と呼ばれるまでに至ってしまいました。

 普通の竜種の知性がどの種族に比べても秀でている事もその要因の一つとなっています。

 なるべく作中で説明したいのですが、作者の技量不足により、おそらく度々こういった注釈が入る事をご容赦下さい。

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