矛盾世界のパラドックス

亜未田久志

第1話 戦火に燃える故郷


 ライカは十六歳になった。盾神じゅんしんきょうの小国に産まれた人間種の彼に親は無く、教会で育った、子供の頃から盾神魔法を教えられ、大地となった盾神を信仰し育った。少年は白亜の街が好きだった。自分も街で育ち、教会に恩を返し、この街に骨を埋めるのだと思っていた。あの日までは――


「先生! 先生!」

「こっちに来るな! 早く町の外へ!」


 火の手が少年と先生と呼ばれている男性との距離を物理的に引き離す。暴れているのは鬼族だ。好戦的で他大陸を侵略する種族だ。少年は誰かに手を引かれ、その場を離れる、それが誰か確認もしないまま、先生の行く末だけを見つめていた。しばらくして気づく。自分が手を引かれていたのは、羽衣を纏った鬼族の少女だった。


「お前……!」

「お前じゃねぇ、クレナイだ! 覚えとけ!」


 真っ赤な瞳孔に見据えられ、怖気づくライカ、するとクレナイは真白の髪をかきあげて告げる。


「よお小僧、お前、俺の物にならないか?」

「ふ、」

 

 ふざけるな、僕の、自分の故郷をこんな風にしたやつらの物になどなるものか! その一声が出せず、ライカは藻掻いた。その様子を滑稽に思ったのかクレナイは笑う。


「試してやる、俺の物になるか相応しいかどうか」


 ――捧魂矛神――


矛神むしんの詠唱!?」


 矛神魔法、それはいわゆる攻勢の魔法、他者を害する事に特化した盾神を信じる者からすると「呪害魔法」とまで言われる魔法だ。しかし、こうして使う者も少なくないとは聞いていた。

 ならば――ライカは手を抜かない。


 ――サンクトゥム・プラエシディウム――


「ハッ! 『劣等魔法』か!」


 盾神魔法の事を劣等と揶揄する者もまた少なくない、それは盾神魔法が使う者の魔力に比例して効果が変わるからである。それゆえに絶対の効果を発揮出来るとは言えず、時や場合に左右されない矛神魔法と比べて劣っているとする者も多い。しかしライカのソレは違った、光の盾、まさしく盾の神を象徴する輝き。


「炎禍席巻!」


 クレナイが炎を撒き散らす、しかし、その業火と呼ぶべき炎の全てをライカはその盾で防いでみせた。


「な――」

「どうだクレナイ! 鬼族の娘よ! これが僕の……いや、この街の力だ!」


 するとクレナイは犬歯を見せて獰猛に笑う、その額から赤い輝きを纏った角が生える、光触覚こうしょっかくと呼ばれる、鬼族の魔力探知器官である。それを見せたという事は。


「こっから本気だ、小僧、


 ――捧げし魂は矛神へと、我らが矛に力を与え給え――


「完全詠唱……」


 辺りの炎がクレナイに集中する、白亜の街を赤く焼いて照らしていた炎が全て、だ。その炎は色を変え、紫になっていく。辺りの水分が蒸発する。ライカもまた光の盾が無ければ死んでいたかもしれない。いや、まだだ。


紫炎仇華しえんあだばな、今、此処に咲きほこれ」


 轟ッ!!


 先ほどとは比べ物にならない熱量が迫りくる。ライカは光の盾に魔力を込める。自分を覆うように広がる盾、しかし、それじゃダメだ、ライカはそう判断して盾を斜めに構えて炎に向かって突進した。目の前の敵は、クレナイは、殺す気で来いと言った。ならば自分は守りではなく、攻撃に出るべきだ。圧倒的熱量の塊を盾でいなすとそのままクレナイへと突進する。そのまま盾の側面を鋭い刃として突きつける。狙うは喉元、ライカは確かに殺す気だった。憎悪が勝り、それ以外、頭になかった。


「それでいい、だが一手足りない」


 懐からいつの間にか――おそらくライカが炎をいなした一瞬――短刀を握っていたクレナイはそれで光の盾を跳ね返すと、そのままライカの腹部に蹴りを入れる。少年は一気に息を吐き出し、そのまま脱力する。


「竜種には劣るが、これでも鬼族の端くれだ、膂力で負けてんだよ人間」


 ライカは薄れゆく意識の中でこちらに近づくクレナイの小さな足先だけを見つめていた。

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