終末世界の歩き方〜故郷が消えてなくなったのでのんびり旅人をしています〜

夕季

序 崩壊世界の歩き方

 数百年も昔の話。世界は今よりずっと栄えていて、それは街の歴史家たちが讃えるような繁栄ぶりだったらしい。

 もっとも――そんな『繁栄』など、今や見る影もない。

 今から数百年も前の話。かつて最も栄えた国と呼ばれたところの、とある都市でそれは始まったらしい。

 始まりは小さな民家だったのか、あるいは誰もが目にするような商業施設であったのか、はたまた空を狭めてしまうような高層マンションであったのかは、今は知る術もない。わかっているのは、それが静かに始まり、そして世界で一番栄えている都市とされた場所を、ものの一年もたたずに飲み込んでしまった、というだけ。

 さわさわと穏やかな風が青年の髪を揺らしている。色素の薄い髪は、肩につかない程度にざっくりと切られている。特段手入れもしていないものだから、少しだけ野暮ったい印象を受けるだろうか。

 青年は小さく息を吐いてから、好き好んでじっくりと見るような景色ではないな、と肩にかけた鞄を抱え直す。

 灰色の世界は別に危険ではないが、かといって長居するのもよろしくない。次の《街》はもうすぐだったはず、と青年は灰色の目を進行方向に向けて、瓦礫の上に左足を置く。けほっ、と小さく咳をしてから、埃っぽいな、と内心で文句を吐いた。

 その現象を、当時の学者たちは《崩壊》現象と名前をつけた。曰く、エネルギーの使いすぎが原因で起きる物質の寿命が引き起こしたものだとか。

 なお、現在でも《崩壊》に関して詳しいことはさっぱりわかっていない。そもそも、ひとたび《崩壊》が起きればあらゆる建物は崩れ落ちる運命にあるし、最終的には人間はおろか、植物でさえ生きていけなくなってしまうというのだから、研究しようがないともいえる。

 とはいえ、行き過ぎた繁栄がもたらした副作用――という考え方自体はあながち的外れではないのだろう。その証拠とでもいわんばかりに、《崩壊》は世界的にも有名な都市から観測されていったのだ。

 もちろん、かつて栄えた都市も一応残ってはいる。そこまで数はないものの、《街》としてまだその名残を残しているらしい。

 青年はいったことがないから分からないが、かつて大都市だった《街》には学者先生も一定数残っているそうだ。

 この灰色の世界の浸食が止まる日が来るのだろうか、とふと考える。少しだけ、そんな希望は悪くないな、と口元が緩んだ。そんなことは決して起こりえないのだろうけれど。

「行き過ぎた繁栄の代償――か。別に、俺たちが繁栄を求めたわけじゃないんだけどなあ……」

 理不尽だと思う。そう思っても、どうしようもないのもまた事実。なら諦めて思考を止めてしまうのが得策というものだろう。

 どうしようもない。先人の犯した失敗の尻拭いはもうできない。このまま繁栄を求めれば無残な《崩壊》が待ち受けている。ああ、ならば、とかつて人々は諦めた。

 そう、諦めたのだ。

 人類は、繁栄を手放した。

 選択したのは、緩やかな破滅。いずれやってくる《崩壊》の日まで、せめて穏やかに生きていたいという願望を優先させた。

 灰色の埃が、分厚い雲に遮られてなお到達する太陽光に当たって白く舞っている。ぼんやりと思考しながら進んでいれば、見飽きた景色も多少は気にならなくなった。

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